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幕末・長州に吹いた風
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ルポ・エッセイ
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9 史実と虚構

『幕末・長州に吹いた風』
[著]古川薫 [発行]PHP研究所


読了目安時間:21分
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歴史と偶然について


「小説をおもしろくする要素のひとつは“偶然”の活用である」といった人がいる。


 小説における偶然とは、多くのばあい、特定の人物同士が、特定の場所で、出会うことを内容としている。


 たとえば、偶然の出会いで結ばれた男女が、愛しあいながらも、ある事情で別れわかれになっていたところ、偶然再会する。再会の場面が、危機とか極限情況であれば、読者の興味は倍増するのだ。出会いの偶然を逆用したスレチガイ物語もある。


 いずれも古い手法といわれながら、とくに中間小説などでは、いぜんとしてエンターテインメントの主流をなしている。


 読者は、そんなつごうのよい偶然があるものかと反発しながらも、その偶然の不可能性を論証できない限り、容認せざるを得ない。あるいは、主人公の動きに対する読者の願望のありようによって、虚構の偶然を喜んだり悲しんだりするということだろう。


 小説でなく、実生活においても、偶然は、大げさにいえば人生を展開させる重要な契機をはらんでいるのかもしれない。私たちの深層心理には、この偶然を、期待し、恐怖する気持がつねにひそんでいるといってよい。偶然が、まったく予期しない未来を招くことがあり得ると考えているからである。


 ある因果系列に、別の因果系列が関わってくるばあい、この“偶然の干渉”が人間の出会いでもあるのだが、それは小説のようにドラマティックでないにしても、個人生活にとっては、恋愛とか結婚とか、その他さまざまなアクシデントとして、未来の展開に作用してくる。


 これが、歴史に登場する人物の出会いとなると、情況はそれこそ歴史的舞台として拡大されるのである。


 出会いを主題とした歴史の名場面は、古来から多く語り伝えられてきた。こうしたところから、人間の出会いが歴史を創るという概念をさえ生もうとするのだ。出会いが、偶然によって現象するものなら、歴史が偶然に作用されて屈折することもあり得るという判断が成り立つのだろうか。


 さいきん「出会い」ということばが、一種の流行語のようにささやかれているのだが、それはどうかすると感傷的なひびきをもっているようだ。


 出会いが、情況にある影響を及ぼすことはあっても、それをもって出会いの偶然性に深刻な意味を付与するのは、いわゆる“偶然の虚偽”にはまりこんだ宿命論をおかすことにもなりかねない。


 実は、私が過去に書いた歴史小説の二、三を読みなおしてみて、自分の作品に、まったくといってよいほど“偶然”が扱われていないことに、今さら気づいたのである。私の小説がおもしろくないといわれる理由のひとつかもしれない。


 歴史小説の立場は、偶然性を極力排除して行くことでなければならず、歴史的情況とは、因果系列の必然をつらぬくことでなければならぬと考えてきたからである。ところが、必然性というものは、純粋にそれとしてあるのではなく、偶然性とからみあっていることも否定できないのではないかという方向に今は少しずつ変化してきている。


 たとえば勝海舟と西郷吉之助の江戸開城談判の周囲は、多様な情況にとりまかれているのであり、その決定は必ずしも二人だけの意思によるものではなかったことが史実によって明らかにされている。しかし、勝と西郷と、この両雄の出会いに、偶然の要素がなかったとはいえないだろうし、会談が他の人物だったばあい、同じ結果が出たとは断定できないだろう。そのように思いはじめたのである。


 だが、出会いの様相によって局面がどのように変化したにせよ、幕末維新史が塗りかえられることは、とうていあり得ないのだ。つまり偶然の干渉とは、その程度に認識しておいてよいのではないか。


 私たちの生活とか人生とかいったものもこうした必然と偶然の結合によって、次々と新しいモメントをつくりだしているわけで、事象の生成変化を、徹頭徹尾単一な因果関係のみでとらえようとすれば、機械論的であまりにも人生は味気ない。

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