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京女の嘘
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京都弁の女たち

『京女の嘘』
[著]井上章一 [発行]PHP研究所


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 京都は観光の街である。全国から、毎年おおぜいの人がやってくる。


 京都の何かにあこがれての、訪問ではあろう。他地方の人びとをひきつけるものが、この街にはあるのだと思う。


 私見だが、京都のはなつ()(りよく)は、なにほどか女たちによりささえられている。男どもにそそられて、この街へ気持ちをよせる人は、あまりいないだろう。どちらかと言えば、京都は男より女でもっていると考える。


 二十年ほど前に、(きよう)(おんな)の力を痛感させられたことがある。勤め先で(そう)(ぐう)したある出来事により、私はそれを思い知らされた。そのいきさつにふれることから、この文章ははじめたい。


「かんにん」は男をまいあがらせる



 私の職場は、大学の研究所である。いわゆる共同利用機関で、全国からおおぜいの研究者がつどってくる。専任の研究職員に、京都出身者はほとんどいない。海外からきた者もふくめ、他府県の人びとが、大半をしめている。まあ、事務方には地元そだちも、すくなくないのだが。


 これから(しよう)(かい)するのは、東京出身の(ぼう)研究者にまつわるエピソードである。名前などは、公表をひかえさせていただく。


 どういう(けい)()があったのかは、もうおぼえていない。だが、とにかく彼は、ある事務手続きのちょっとしたミスで、(とう)(わく)させられることになる。事務補助の若い女性が、そのことで彼に(しやく)(めい)する光景を、私はたまたま(もく)(げき)した。


 そう深刻な事態でもなかったせいだろう。彼女の説明にも、どこか(した)しげな(ひび)きがあった。そして、京都のお(じよう)さんでもあったくだんの女性は、こう言いはなったのである。

「センセ、今回のことは、かんにんね」

「かんにん」は、なれなれしすぎるんじゃあないか。横で聞きながら、聞き耳をたてていたわけでもないが、私はそう思った。


 おそらく、「かんにん」ですむていどのミスだったのだろう。彼女の(もの)()いを(えん)(りよ)がなさすぎると感じた私も、口ははさまなかった。「君、もうすこし言葉に気をつけたまえ」、などということは言っていない。()()(ごと)だとうけとめ、聞きながしたことをおぼえている。


 また、「かんにん」と言われた先生のほうにも、(おこ)っている気配はうかがえなかった。見れば、笑みすらうかべている。私がとやかく言うようなことでは、まったくなかったのである。


 私はこの出来事を、だからすぐわすれた。職場で日々くりかえされるあれやこれやのひとつとして、(ぼう)(きやく)するにいたっている。いつまでも、心にとどめていたわけでは、けっしてない。


 だが、その後しばらくして、この光景をいやおうなく(おも)いかえさせられることになる。くだんの先生が(しゆ)(さい)をする研究会の場で、私はふたたび「かんにん」を(のう)()へよぎらせた。


 先生の研究会にも、他県から研究者があつまってくる。東京からやってくる研究仲間も、いなくはない。そういう気がおけない友人たちの前で、先生はうれしそうにこう言っていた。

「このあいださ、京都の(むすめ)さんから『かんにん』って言われちゃったんだよ。ほんと、こまっちゃうよね。もう、かえす言葉がなくなったよ。なんてったって、『かんにん』だからね……」


 自分は、京都の女性に、「かんにん」とあやまられた。京女に、「かんにん」と言わせた。先生はそれを、東京の友人たちに、()(まん)していたのである。


 彼は、「かんにん」を「ごめん」の同義語だと、単純にはとらえない。いや、そこはわきまえていたのかもしれないが、どこかで(もう)(そう)をふくらませている。たとえば、こういうふうに。

──お武家様、かんにん、かんにんしとくれやす。

──よいではないか、よいではないか。

──いや、あかん、あかんのどす、かんにん、かんにん……。


 京都の女が、自分に「かんにん」と言った。そのことを、どこかセクシュアルな(ふく)みとともに、うけとってしまったのではないか。だからこそ、男としてのうぬぼれ気分も、かきたてられたのだろう。東京の友人たちに、ほこらしくつたえたくなったのも、そのせいだと思う。


 私は京都の(きん)(こう)で生まれそだった。だから、「かんにん」という言葉を耳にしても、性的なニュアンスは感じない。「ごめん」の京都(なまり)として、うけとめるだけである。まあ、声の響きしだいでは、(あま)えをかぎとることもありうるが。


 いずれにせよ、先生は京女の「かんにん」で、少々まいあがっていたようである。「かんにん」と言われ、とまどった。そうことごとしく語っている東京出身の先生をながめ、私はあわれに思ったものである。あほなおっさんやなあ、と。


 研究者としては、うやまってもいた。そこを見くびるつもりは、さらさらない。しかし、大人の男としては、どうしてもあなどる気分がわいてくる。


 そのいっぽうで、女の語る京都弁を、あらためて見なおした。なるほど、これには力がある。他県の男たちをうきたたせる効果が、彼女らの方言にはひそんでいる、と。そして、男の京都弁が無力であるとかみしめさせられたある()()(ごと)へ、想いをはせた。


男の「好きや」ははねつけられる



 私が大学を卒業したころ、今から四十年ほど前のことである。友人のひとりが、東京の会社へ就職することになった。東京弁のとびかう首都でくらす(かく)()をきめた彼は、われわれに言っていたものである。


 (おれ)は東京弁になんか、そまらへん。むこうへいっても関西弁でおしとおす。関西人の(たましい)は、なくさへん……。


 だが、数年後に首都で見かけた彼は、かろやかに東京弁をあやつっていた。中央のビジネスマンに、なりおおせていたのである。


 お前、あの(ちか)いは、どないなったんや。東京ぐらしも関西弁でのりきるて、言うてたやないか。あれは、噓やったんやな。そうなじる私に、彼はこうこたえたのである。


 東京である女を好きになった。むこうも、自分のことがきらいではないらしい。よし、今日の晩が勝負だと思い、夜のデートにさそいだした。ここぞというタイミングで、彼女の耳元に自分はささやきかけている。

「好きや」、と。思いきり感情をこめて。甘く、せつなく、そしてすこし声をかすれさせながら。


 だが、彼女はこれをうけいれてくれなかった。「その言い方は、かんべんしてほしい」と、そうかえされたのである。


 ふだんは、自分の関西訛をうけいれてもいた。関西風のしゃべり方を、たずねてくれることさえある。だけど、告白のクライマックスに、関西弁は聞きたくないという。お笑いの芸人から、(じよう)(だん)半分でくどかれているような気がすると、彼女は言っていた。


 関西弁は、座持ちがいい。社交の(じゆん)(かつ)()になることもある。だけど、本気の恋愛ではつかえない。そのことを思い知ってから、俺は関西弁をすてる気になったんだ。


 そう聞かされ、私は彼をなじれなくなった。やむをえないな。私だって、同じような目にあえば、似たような判断を下しただろう。彼にも、昔の約束にこだわって問いただしたことを、あやまったしだいである。


 その、おそらく二十年ぐらいあとになってからであった。私が、京都女性の「かんにん」で有頂天になっている東京者と、であったのは。


 男の口にする「好きや」は、東京の女からはねつけられる。だが、京都の女がもらす「かんにん」は、東京の男をよろこばす。京都風のしゃべり方は、男の値打ちをあげないが、女のそれをかがやかせる。女にたいしてだけは、上げ底効果を発揮するのである。


 京都の女が、首都東京で、「うち、あんたのこと好きえ」とささやけば、どうなるか。おそらく、男の大半は好き心をたぎらせるだろう。たとえ、彼女をそれほど気に入っていなくても、心はくすぐられるにちがいない。


京都弁は女の値打ちを上げる



 最近、首都(けん)のオフィスではたらく京都出身の若いOLから、気になる話を聞かされた。彼女は、自分の職場で、いっさい京都弁をつかわないようにしているらしい。京都弁が上げ底効果をもつことには、気づいている。だけど自分は、いやだからこそ自分はしゃべらないというのである。


 思わず、京都風な物言をしてしまうと、上司の男たちに()え心がめばえかねない。目にハートマークがともるようになるのは、こまる。(どう)(りよう)たちから、非難されることとなる。あなたはずるい、京都弁で上司にとりいるつもりなのか、と。


 なるほど、不自由なものだなと、この点はあらためて考えさせられた。


 東京にいると、時おり京都弁であいそよく道をたずねている()()(じん)に、でくわす。たとえば、新宿駅の構内で、JRの職員に道案内をこう中年女性などが、散見される。


 あれなどは、女の値打ちを上げる京都弁に、利用価値を見いだしているほうなのだろう。旅行者と地元民の出会いは、一時的である。京都弁の()(きゆう)効果が、後になって当人へ(るい)をおよぼすことは、ありえない。道案内をたのんでしまった男の萌え心に、なやまされることもないだろう。もちろん、その場で彼女をずるいと感じた人びとの目に、気をつかいつづける必要もない。


 安心して、京都弁の上げ底効果をたのしめるということか。

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