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一億総他責社会
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生き方・教養
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第三章 過度に要求されるコミュニケーション能力

『一億総他責社会』
[著]片田珠美 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:31分
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鬱憤をぶつけられるサービス業


 サービス業の現場で悪質クレームが(まん)(えん)している。たとえば、日本最大の産業別労働組合であるUAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)が、二〇一八年二~五月に実施した悪質クレーム(迷惑行為)に関するアンケート調査では、回答した組合員三万人余りのうち約七五%に当たる二万二四四〇人が、「業務中に悪質クレーム(迷惑行為)に遭遇したことがある」と回答した。しかも、そのうち九割以上が「ストレスを感じた」と答えている。


 この調査は、外食、タクシー、ホテル、病院・介護などサービス業の現場で働く組合員を対象に行われた。多かったのは、暴言や権威的態度による脅迫である。「レジ打ちを間違えたら、一五分くらい暴言を言われた」「『殺すぞ、子どもが泣いているのに景品をくれないのか』とクレームを受けた」「『今日は予約が入っていない』旨を伝えると、受付二人に向かって『馬鹿面さげて何やってんだ』と暴言を吐かれた」「『俺は○○(親会社)の社長と知り合いでお前なんかすぐクビにできる』と言われた」といった回答が寄せられている。


 こうした悪質クレームに悩んで心身に支障をきたした患者を私も数多く診察してきた。そういう患者に聞くと、ちょっとした対応のまずさを執拗に指摘して罵倒したり、かないそうにない法外な要求を延々と繰り返したり、「責任者を呼べ」「社長を出せ」「一筆入れろ」などと叫んだりする客への対応で疲れ果てるそうだ。


 こうなると、度を越したクレーマーと呼ぶべきだが、中には常習犯と考えられるクレーマーもいる。たとえば、二〇一五年九月、当時四五歳の無職の女が洋菓子店やパン屋に「ショートケーキに髪の毛が入っていた」「クリームパンの中に髪の毛が入っていた」などと偽りのクレームを入れ、商品代金や代替品をだまし取ったとして詐欺容疑で兵庫県警に逮捕された。


 一連の報道によると、この女の携帯電話の総発信記録は、八カ月(同年二~九月)で実に三万件にも上っていた。そのうち、四二都道府県の洋菓子店やパン屋など約三二〇〇店にかけた電話が計約一万二〇〇〇回あったということで、手当たり次第に電話をかけ、やみくもにクレームをつけていた様子がうかがえる。


 実際、この女は「これまで五〇〇回くらい成功した。現金や商品六〇万円以上をだまし取った」と供述した。また、二〇一三年秋に大阪市内のケーキ店で商品を購入した際、髪の毛が入っているとクレームをつけたら、レシートや現物を見せることなくおわびの商品をもらえたことがきっかけだったという趣旨の供述をしており、このときの成功体験が一連の犯行に駆り立てたと考えられる。


 これだけ執拗だと、金銭をだまし取ることだけが目的とは思えない。この女は、長年生活保護を受けながら高齢の母親と二人で暮らしていたが、二〇一五年初旬から母親が介護施設に入ったのを機に一人暮らしを始めたらしいので、こうした境遇から推測すると、強い欲求不満を抱き、孤独感にさいなまれていた可能性が高い。うまくいかない人生に怒りと復讐願望を募らせ、もんもんとしていたはずだ。


 この女が常習クレーマーになったのは、怒りのはけ口がなく、その矛先を「置き換え」によって店員に向けるしかなかったからだろう。二〇一三年の最初の成功体験で、クレームをつければ店員が丁寧に対応してくれるので優越感を味わえるし、同時に鬱憤も晴らせることを学習したのではないか。


 もちろん、これは極端なケースだ。だが、劣等感や欲求不満を抱えた人が、怒りを「置き換え」によってサービス業の従業員に向け変え、日常のストレスを発散しようとすることは少なくない。こうした傾向がとくに強く認められるのは、格差社会の中で自分が「下流」に属している「負け組」と感じている人である。


 この手の客は言いがかりに近いクレームをつけたり、大声で怒鳴ったりする。だから、こういう客に対応しなければならないサービス業の従業員には、かなり高度なコミュニケーション能力が要求される。


悪質クレームが増える理由


 この女のように、理不尽な要求でも店側が受け入れてくれた成功体験に味をしめ、クレーマーが常習化するケースは珍しくない。中には、企業が目指す「顧客満足」を逆手に取って、やりたい放題のクレーマーもいる。そのため、悪質クレームを消費者による嫌がらせ、つまり「カスタマーハラスメント」とみなして対応しようとする企業も最近は登場した(『対面・電話・メールまで クレーム対応「完全撃退」マニュアル:100業種・5000件を解決したプロが明かす23の技術』)。

「カスタマーハラスメント」と考えられるケースには、店や企業が()(ぜん)とした態度で厳格に対応すればよさそうなものだが、実際にはそうはいかない場合が多い。これは、次の四つの理由によると考えられる。


)顧客第一主義の呪縛

)ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)による不祥事の拡散

)シルバーモンスターの増加

)グレーゾーンの拡大



 まず、「お客様は神様」という顧客第一主義がサービス業の現場に浸透している。そのため、上司から指示されなくても従業員が無言の圧力を感じるのか、消費者の理不尽なクレームや不当な要求にも無理して対応し、必要以上に責任を果たそうとする。


 その背景には、クレームは消費者の意見を察知するアンテナであり、サービスを向上させるための有益な情報になりうるという考え方が根強いことがある。このような考え方自体を否定するつもりはないが、それに縛られて理不尽なクレームに対しても誠意ある対応をしようとすると、悪質なクレーマーにつけ込まれやすい。

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