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(2021/11/26 追記)

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[新版]かしこい女は、かわいく生きる。
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生き方・教養
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第5章 もう一人のあなたの演出

『[新版]かしこい女は、かわいく生きる。』
[著]佐藤綾子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:44分
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 つい先日、ある高名な華道家の文を読んでいた時のことです。

「結婚後の私は大きく変りました。華道のことでスランプに陥って苦しんでいた時に、高慢な心を捨ててもう一度虚心に花を見なさい、と言ったのも主人でした。主人からすべてを教わりながら今まで進んできたのです」


 というもう高齢なその女性の言葉に、私の目は釘づけになってしまったのです。

「ホウッ」


 と小さく溜め息をつきながら、彼女の経歴のいくつかを思い出しました。学生時代の政治活動と、その中での同志との結婚。離婚。そして現在のご主人との恋愛と再婚。それらが、早送りの画像のようになって心に押しよせて、しばらく私は身動きができませんでした。

〈いいな。素晴らしいな〉


 と、胸がいっぱいになったからです。


 もしあなたが、その文を読んでいたとしたら、きっと私の熱い想いを分っていただけるに違いない、と思います。


 もっと率直に申し上げましょう。日頃から私には大好きな女性像というものがいくつかあるのですが、その第一番目が「愛によって開花した女たち」。愛する人から何かを学びとり、その出会いによって自分を大きく育ててゆく女性たち、なのです。最愛の人との絆が女性としての自分に大輪の花を咲かせること。それは、女性としての最高の幸せだ、と私は信じているのです。


 こう申し上げると、

「具体的にはどんな人が?」


 とあなたはおたずねになるかもしれませんね。まずここでは、一人大正時代の伝説的女優として、芸術関係者には周知の大女優松井須磨子(一八八六〜一九一九)をあげましょう。須磨子が長野県の松代町(現在の長野市)という小さな城下町の出身であり、私もまた同じ県の松本市という城下町の女、ということもあって、長い間須磨子についてはたくさんの資料を集めてきました。その中で浮かび上がってくる彼女の魅力。それは、一にも二にも島村抱月との出会いと恋なくしては語れないものです。


 夫のもとを去って女優への道を(ばく)(しん)した彼女は、もとはと言えばとりたてて美人でもなく、才媛でもないただの負けず嫌いの女、でした。「めいせんのよごれた着物に細い帯をしめて、女書生という感じだった」と、当時の仲間が書き残しているくらいです。


 ところが、抱月との出会いが、彼女を変えました。抱月は英国留学の経験もある、当時としてはエリート中のエリートです。翻訳などお手のものですから、イプセンの『人形の家』やトルストイの『復活』も、彼の訳で彼女が演じたものです。一方の須磨子の方はといえば、「最初は横文字の本を逆さまに持っていた」という話が言い伝えられているほどですから、どう見てもその点では背伸びをしないと抱月に追いつきません。もちろん、もともと努力家でもあったのですが、

「まったく、馬のように努力する人だった」


 と、まわりもあきれる熱心な稽古と勉強に、須磨子は自分をかりたてて行ったのです。

〈抱月先生を愛し、愛されて見守られている〉


 という想いが彼女の全身を火の玉にしていたに違いない、と彼女の心情は時代をこえて私の胸を激しく打ちます。そんな愛の炎と努力の結果というものは、不思議なほどの自信と力を女性に与えるものですし、ハタから見た時に、

「彼女は今輝いている!」


 という強い光のようなものを発散させずにはおかないのです。その一つの表れが、抱月訳『復活』の中で、中山晋平が作曲して須磨子が歌った劇中歌「カチューシャの歌」の空前絶後の大ヒットだったのだと私は見ています。訳とはいえ、当時ロシア文学『復活』をまじめに読破するのは大変だった人でも、噂に高い抱月と須磨子の恋のことを思い浮かべながら、日本女性向けの歌詞にアレンジされた歌の方ならよく分ったはずです。レコードも、飛ぶように売れたそうです。


 そして、抱月の病死の数カ月後、須磨子は赤い腰ひもを天井から下げて、抱月のもとへと旅立っていったのです。

〈抱月がいなかったら、あの須磨子の花は開いただろうか?〉


 と、私はいつも考えます。答は「ノー」。抱月あっての須磨子の存在価値だった、と私は断言してもいいと思います。彼との出会い前にも、もちろん彼女はこの世に生きていたのですし、行動もし、悩みもし、野心を抱いて故郷を出るという勇気のある決意も実行しています。けれど、その半生と抱月あっての後半の生を比べてみた時に、何と出会い後の彼女は強烈な光を発していることでしょうか。

「妻子ある男性との不倫の恋」だったということを特記するとしてもそれでもなお、愛の力によって開花した彼女の生の充実が、たくさんの人々を感動させたことは、歴史に残る事実なのです。抱月なしに女優須磨子はなかったし、女性としての須磨子の幸せもこれほどはっきりとした刻印を私たちの胸に刻みつけるものではありえなかったでしょう。


 現代版では、歌手であり女優としても有名になり、今なお「ねむの木学園」の経営者であり、理事長、校長、園長先生でもある宮城まり子さんがそっくりなのではないでしょうか。妻のある人とはいえ、作家の吉行淳之介さんとの愛なしに、彼女の今の活動はあり得なかったのですから。


 さてここで不思議なことがあるのです。須磨子について「馬のように努力する人」と言った人がいるのとまったく同じように、まり子さんの活動についてもまた「馬のように努力した」という言葉が当てはまるからです。過労で何度倒れても、まり子先生は「ねむの木学園」をやり直しています。


 そこに、再び愛の力をジャンプ台にして大きく育とうとした女が一人いることに、私たちは気づくではありませんか。


 女性が、自分を磨きあげ、大きく育ててより魅力的に輝いてゆくかげには、さまざまな動機があります。貧しかった少女が「金持ちになりたい」と夢見て努力するのも一つのきっかけ。しいたげられた昔の自分の悔しさを踏み台にして、「今に偉くなって見返してやるわよ」と頑張る気持も、決しておかしくはありません。


 単純に周囲の誰かの栄光にあこがれて、「あの人みたいになりたいわ」というものでさえ、やはり自由です。OLのあなたが毎日の会社勤めに嫌気がさして気分一新のために自分を変えようとしたり、主婦のあなたが「毎日同じような家の中ではつまらない」と倦怠のあまり外に飛び出して新しい自分を発見するのも、いいでしょう。


 けれど、どんな外敵が攻めてこようが、どんな悪条件下におちようが、腹の底からこみあげる情熱を叩きつけてすべてのことに向かってゆける力は、やはり愛からなのです。愛する人をさがし、その人に愛されて、胸いっぱいの大気を自分の中に取りこんで、それを燃やしながら自分を変えてゆく女性。そんな女性の一人でありたいと願うのは、決して私一人ではありませんね。


 そう思って身のまわりの男性たちを見つめ直した時、当然ながらあなたの「男性を見る目」も変ってくるはずです。ただいっしょにいて面白いからとか、同じスポーツをやれるから、という理由だけ、あるいはもっとひどいのになると「他に適当な相手がいないから」という間に合わせ主義で男性と向きあっていては、何回デートを重ねようが恋愛めいたことをしようが、あるいは結婚したところで同じこと。共にいる時間がただ過去へと流れてゆくだけで、あなた自身には何の成長もないでしょう。


 ここでもう一度、「本当に私が思いきり愛を傾けて悔いない相手、彼との出会いで自分が大きく開花する相手は誰なのだろうか」という視点からまわりの男性たちを見つめ直してみませんか? 愛は、今までと違うもう一人のあなたを育てる最大のチャンスです。





 同窓会の名簿などを見ていて、

「○○さんてどんな人?」


 と話題になった時に、

「さてどんな人だっけ……」


 と、皆が首を(かし)げてしまう場合があります。逆に、

「○○さん? ああ、あの人ね」


 と、すぐに誰もがその人のことを鮮明に頭に想い描ける人、というのがありますね。前者を「印象が薄い人」、そして後者を「印象的な人」とよく私たちが言うあのタイプです。

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