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わらべ歌に隠された古代史の闇
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歴史
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『わらべ歌に隠された古代史の闇』
[著]関裕二 [発行]PHP研究所


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 テレビやラジオ、新聞がない時代、いったいどうやってカゴメ歌は、全国に伝わっていったのだろう。


 もし、人から人に口づてに伝わっていったのなら、これほど見事に「コピー」されていくものなのだろうか。多少の異動はあったにしても、各地のカゴメ歌の歌詞が、ほとんど「テーマ」からそれていないのは、かえって不審である。そうなると、「伝道師」の存在を想定したくなるのである。


 古代から中世、近世にかけて、日本中にくまなく情報を伝達できた者、そして、歴史を残していきたいと願った者たちがいたのではあるまいか。


 ここで脚光を浴びるのが、(しゆ)(げん)(じや)たちである。


 修験道は、七世紀末から八世紀にかけて、ヤマトの周辺の山で発生した。


 七世紀末から八世紀といえば、「蘇我」や「物部」が没落した時代であり、また、持統や藤原不比等が、古い歴史書をかき集め、歴史改竄に励んでいた時代である。その頃、なぜヤマト周辺の山々に、新たな信仰が、芽生えつつあったのだろう。


 それは、簡単なことなのだ。ヤマト建国後継承された「ヤマトの宗教観」は、いったん七世紀末の藤原氏の台頭とともに、途切れてしまったのだ。本来なら神聖な立場にいた、物部や蘇我ら、「モノの一族」は、「鬼」のレッテルを貼られ、辺境へと追いやられ、零落していったのである。


 問題は、こののち「都の貴族たち(具体的には藤原である)」が、それまでに潰してきた政敵の亡霊にあえぎ、祟りに怯えていくこと、そして、「わたしどもが、鬼を退治してさし上げよう」と、手をさしのべた者たちがいたことだ。それが、ヤマトの山の修験者である。鬼となった彼らは、都の鬼を退治することで、政権を裏側から操る隠然たる力を獲得していくのである。


 やがて貴族社会が没落すると、修験道的な鎌倉仏教が、火を吹くように広まっていくのである。また、この結果、日本全国を結ぶネットワークが、修験者によって構築され、多くの情報と文物が、彼らの手で運ばれていったのである。


 修験者たちは、「モノの恨み」「トヨの悲劇」を語り継ぐ者たちでもあった。そう考えると、「カゴメ歌」が三世紀の悲劇を今に語り継いでいたとしても、なんの不思議もないように思えてくるのである。


 なお、今回の執筆にあたっては、PHP研究所の前原真由美氏、アイブックコミュニケーションズ代表取締役の的場康樹氏、歴史作家の梅澤恵美子氏のみなさまにお世話になりました。改めてお礼申し上げます。

合掌

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