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日本の民主主義はなぜ世界一長く続いているのか
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政治・社会
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第六章 イギリスの保守主義とは

『日本の民主主義はなぜ世界一長く続いているのか』
[著]竹田恒泰 [発行]PHP研究所


読了目安時間:15分
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「君臨すれども統治せず」。君と民の力が「均衡」するイギリスならではの政体を指す言葉です。前章では、もともとこれは「外来の王」であるウィリアム一世(ノルマンディー公ギヨーム二世)の政治姿勢に端を発するのではないか、と述べました。


 フランス貴族のウィリアム一世が海を渡り、当時のイングランドを征服した際(一〇六六年)、従来の伝統や慣習、権益を尊重する方針を掲げたのは賢明でした。また、互いに言葉すら通じない「緊張」関係にあったことで、両者のあいだに適度な「均衡」が生まれ、被征服民もひとまず抵抗せず、統治に服することになりました。


 イギリスには伝統的に、専制政治を行なう王が現れて君民の「均衡」が崩れると、ウィリアム一世のような統治者が現れ、揺り戻しが起きて元の状態に戻る、という「法則」があることが分かります。


 さらに時代を下ると、この統治の「均衡」を調整する役割を議会が担うようになります。


 たとえばウィリアム一世の曾孫、ヘンリー二世の五男である国王ジョン(在位一一九九~一二一六)は、父親から領地を相続しなかったことから、「欠地王」と呼ばれた人物です。ジョンはフランス国王フィリップ二世との戦争中、戦費を(まかな)うために臨時課税を繰り返しました。挙げ句の果てに、大陸のイギリス領土をほとんど失うという失態を犯しました。


 諸侯はジョンを今度は「腰抜け王」と()(べつ)し、イギリスは内乱状態に陥ります。そこで自らの不利を悟ったジョンは、諸侯に(はか)らずに王が従来の慣習を破ることを禁じた「大憲章」(マグナ・カルタ)への署名に同意します。さらに課税にあたっては、諸侯や中小領主(騎士)だけでなく、都市の代表からも広く意見を集めることが要請されました。


 この「大憲章」は、一から新たな法律を制定したのではなく、君民の「均衡」が保たれた時代を顧みて、過去に戻ろうとする精神から成立したものです。イギリスには、フランス革命のように旧体制を完全に破壊せず、社会が混乱に陥ったときこそ、古きよき時代に還ろうとする「保守の精神」があります。


 ところが、国王ジョンは「大憲章」をすぐに破棄してしまいます。そして()りずに専制を再び強め、内乱が勃発しました。このような所業からイギリス史上最低の王とも評されるジョンですが、彼は内乱中、あっけなく病死してしまいました。


 幼くして父の王位を継いだヘンリー三世(在位一二一六~七二年)は、諸侯との会議(諸侯大会議)を重大政策の決定機関として位置付けました。これこそ、今日まで八百年にわたって続くイギリスの議会政治の始まりを示すものです。

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