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「民族」を知れば、世界史の流れが見通せる
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歴史
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総論 まえがきに代えて

『「民族」を知れば、世界史の流れが見通せる』
[著]関眞興 [発行]PHP研究所


読了目安時間:6分
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 個人的な経験を書かせていただきます。初めて「世界史」という教科になじんだのは、半世紀以上も前、高校2年生のときでした。刺激的な世界であったのですが、記憶しなければならない歴史用語の多さに圧倒されました。そして、イギリスやアメリカなど、国名は知っていても、その国の歴史などまったく知らなかったことにも(がく)(ぜん)としました。


 しかしながら、そのようなものを全部詰め込んでも歴史の理解が進むわけではありません。何をどのように整理・系統立てていったらいいのか、まったくわからないままに、ひたすら歴史用語や人名を暗記し続けたことを思い出します。F=ベーコンの「知は力なり」という言葉は、奥深いものがあるのでしょうが、私にとっては、暗記量・知識量が条件反射的にこの言葉を連想させてくれ、何となく歴史の世界にひかれていく力になってくれました。


 私は大学卒業後に、予備校に勤めたので、入試問題は嫌というほど見てきました。なかには、数は多くありませんでしたが、論述問題もありました。仕事柄、弱音は吐けませんが、正直なところ、限られた時間と字数で一つのテーマをまとめ上げるのは楽しい仕事とはいえませんでした。なんといっても世界史は無限ともいえる広がりがあり、多少は専門的な分野をかじってきたとはいえ、専門外の問題では何が問われているのかよくわからないことがほとんどでした。


 しかし、なかには思わず、入試問題ってこんなに格調高いものなのかと(うな)ってしまうものもありました。今も忘れられない問題の一つが「10世紀の東アジア」を考えさせるものでした。設問に与えてあった用語ははっきりとは覚えていないのですが、10世紀というのは、中国では唐末から宋の時代、日本や朝鮮、北アジアやヴェトナムがどのような歴史を展開させたか、そして、まとめとして10世紀の東アジアはどんな時代であったのかということを評価させる問題でした。


 それと(あわ)せて、イスラム勢力がヨーロッパをつくったという趣旨の、いわゆる「ピレンヌ=テーゼ」にも衝撃を受けました。といいますと、お前は馬鹿かといわれるかもしれません。今でこそ、ピレンヌの説を肯定的に評価する研究者はいませんが、歴史用語の暗記に熱中していた人間にとって、歴史をこのような視点で見ることもできるのかと教えられたのは、衝撃という言葉以上のものがありました。10世紀の東アジアもそうですが、「歴史はそれなりの時間をかけて変わっていく」ものだという当たり前のことをあらためて認識するようになりました。さらに当たり前のことですが、「変化というのは人々の動きによって生じるものである」という気づきです。まとめると、「歴史は、人々の動きのなかで、長い時間をかけて(ときに急激に)変わっていくものである」ということになります。ピレンヌ=テーゼは、その当否はともかくとして、一つの典型なのです。



 そのような「人々の動き」に注目してみますと、興味深いことがたくさん出てきます。今日、世界の各地で生まれている「難民」問題ですが、これはかつてのゲルマン「人」の大移動と関連付けられなくもありません。スターリン時代の「民族」強制移動もしばしば問題になりますが、これを、約2600年前に新バビロニアが行なった「ユダヤ『人』のバビロン()(しゅう)」と重ねてみるのはやりすぎでしょうか。


 さて、ここで、意識して「難民」「ゲルマン人」「民族」「ユダヤ人」という言葉を並べたことに注目していただけたでしょうか。とくにゲルマン人ですが、これは「ゲルマン民族」で記憶されてきた方々が多いはずです。最近の教科書ではゲルマン人になっています(ドイツでは「民族」にあたるVolkを使い、ゲルマン民族の呼称が生きています)。その理由は「民族」という言葉をどう定義するかということにあります。それは簡単ではないのですが、宗教や言語などの共通性でまとめられる集団として規定できるかどうかということです。英語ではnationになり、民族・国民・国家などと訳され、対象とする時代などで意味は大きく異なってきます。


 最近はnationとは別にethnicという言葉もよく使われるようになっています。国家のなかで、少数の、異なった文化的伝統をもつ集団を指すときに使われることが多いのですが、その人口が増えてくると問題は単純でなくなってきます。さらに、「人種」という言葉もまだ使われ続けています。これは、人間の皮膚の色や頭髪など形態的特徴から区分するものです。人間の本質とは関係ないのですが、しばしば差別的な使われ方をします。



 民族や国民を強く意識するようになったのは19世紀以降の国家建設で、キリスト教に代わるアイデンティティーが求められるようになってからのことです。そのキリスト教も、新教と旧教に分かれ対立が続くようになっていますし、言語や宗教、歴史的な習慣などが集団形成の核になるのは極めて当然のことなのですが、それが強調されるとほかの集団との対立が避けられなくなります。


 人間の移住や移動に関連しては、「する」側と「される」側の間で対立や差別感情など(みにく)い事態が出てくるのは避けられません。しかし、長い時間のなかで、異民族間で同化が進み、それらが解消されてきた歴史もたくさんあります。そもそも、人間は世代にして5代もさかのぼると、32人もの異なった祖先の血を受け継いできています。さらにもう一言付け加えれば、多くの人間にとって、祖父の顔は思い出せても、曾祖父になるとよほどの歴史好きか名門の家系でもない限り、興味すらもたないのが一般的ではないでしょうか。


 一昔前、遺伝的に考えて「アフリカのイヴ」といわれる女性が今日の人類の共通の祖先という説が出てきて評判になりました。これが正しいとすれば、「世界人類みな兄弟姉妹(きょうだい)」というのもまんざら(うそ)ではなくなってきます。また、科学的にはどうかと思われますが『旧約聖書』の「創世記」や「ノアの(はこ)(ぶね)」のお話を素直に信じると、人類の先祖はアダムとイヴになります。



 現実に起きている問題を一挙に解決するのは不可能です。しかし、人間の歴史を振り返って、そこから学べるものもたくさんあります。その何万分の1でも学んで、世界から紛争を少しでもなくしていく(すべ)は考えられないだろうかということを思いながら、本書でいくつかの民族に関する事例を紹介してみる気になりました。読者の皆様に、「人類とはこんなにもさまざまな移動・融和・同化をくり返しながら、今日に至っているのか」ということを認識していただければ幸いです。



 2019年2月

関 眞興 

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