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未来世療法 運命は変えられる
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生き方・教養
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第四章 共感は世界を癒す

『未来世療法 運命は変えられる』
[著]ブライアン・L・ワイス [訳]山川紘矢 [訳] 山川亜希子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:34分
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 この章を書き始める数日前、妻のキャロルの伯父がマイアミの病院でガンのために亡くなりました。キャロルとその伯父はとても仲が良く、彼の死は彼女にとってつらい出来事でした。私も彼とは親しかったのですが、キャロルほどではありませんでした。ですから彼の病室に見舞いに行った時、私は彼よりもキャロルや、ベッドのまわりに集まっている伯父の子供たちに注目していました(伯父の妻はずっと前に亡くなっています)


 私は彼らの悲しみと苦痛と嘆きを感じることができました。これは私の共感、つまり、年を取るにつれて育った感情です。共感できる度合は、自分自身の人生で同じような状況を経験しているかどうかに影響を受けるからです。私は子供と父を失っているので、愛する人の死に直面する苦痛を知っています。その部屋にいる人々の気持ちを体験するのは、私にとって難しくはありませんでした。悲しみはどのように感じられるか、私は知っています。そして、子供たちにはほんの二、三回しか会ったことがないのに、私は彼ら全員に強いつながりを感じました。私は彼らに手を差しのべ、彼らは私の慰めの言葉が心からのものであることをわかって、受け取ってくれました。子供たちも私に共感してくれたのです。


 それと同じ頃、イランでは地震で四万人もの人々が亡くなり、何十万もの人々が怪我をし、家族と引きさかれ、家を失いました。テレビには、怪我人や遺体を掘り出す人々の映像が映し出されました。私は血が凍る思いでそれを見ました。この時、違う種類の共感が働いていました。もっと地球的で、たぶん、病室で感じた思いほどは苦痛ではない共感です。もし、地震による悲劇の映像がなかったならば、私はほとんど何も感じなかったかもしれません。この時の共感をこれほど苦痛なものにしたのは、悲劇が個々の人に起こっていることと、すぐにその情景をテレビを通して見たからでした。


 私は犠牲者に対するのと同じように、救助する人々にも共感しました。そして、この世界は何と困難に満ちた場所だろうかと思いました。病気、地震、台風、洪水など、あらゆる天災があります。その上さらに、私たちは戦争と暴力と殺人なども日々、目にしています。他の国と同様に、アメリカはすぐに食料や医薬品や人など、救援資材を送り込みました。それでも、イランは「悪の枢軸」の一部であり、その指導者たちを憎むのは正しいことだと、私たち国民は確信しています。彼らが私たちにとって脅威であるとされれば、私たちは戦争へと向かうのです。


 何かが狂っています!!



 共感とは、自分を誰か他の人の立場に置ける能力のことです。彼らの気持ちを感じ、彼らの状況に身を置き、彼らの目線で物を見ることができる能力なのです。もし共感することができれば、私たちは苦しんでいる人々とつながり、他の人々の愛を共に喜び、誰かの成功に喜びを感じ、友人の怒りや知らない人の悲しみを理解することができます。これはきちんと習得して正しく使えば、私たちを未来へとさらに推し進めてくれる特質です。共感する能力に欠ける人々は、霊的に成長することはできません。


 共感の基礎にある一番大切な原則は、私たちはみなつながっている、というものです。私がこのことを理解し始めたのは、東西冷戦の()(なか)、ロシア人兵士に関する映画を見た時でした。私は彼を憎むべきだということは知っていました。しかし、ひげをそり、朝食を食べ、訓練に出かけるといった、日常的な行為を彼が行なう様子を見ているうちに、「この兵士は私よりほんの少し年上なだけだ。彼には、彼を愛している妻と子供たちがいるのかもしれない。たぶん彼は、自分はそれに反対なのに国の指導者の政治思想のために、無理矢理戦わされているのだろう。彼はお前の敵だ、と私は教えられてきた。でも、もし彼の目を見つめたならば、私は自分自身をそこに見るのではないだろうか? 自分自身を憎めと、私は教えられているのだろうか?」と思ったのです。


 昨日のそのロシア兵も今日のアラブ兵も、みんなあなたと同じ人間です。両方とも魂を持ち、あなたも魂を持っていて、しかもすべての魂は同じ一つのものです。過去世で、私たちは人種、性、経済状況、生活条件、宗教などを次々と変えています。そしてこれからも変え続けていくのです。だから、私たちが憎み、殺し、戦う時、私たちは自分自身を憎み、殺し、自分自身と戦っているのです。


 共感はこのことを学ぶレッスンです。そして、私たちがこの地球上で学ばなければならない感情の一つであり、不死への準備に欠くことのできない重要な側面です。これは難しい学びです。心だけでなく、自分の肉体でも体験しなければならないからです。心と身体の両方に、私たちは苦痛、暗い感情、困難な人間関係、敵、喪失、悲しみなどを持っています。そのために、私たちはつい他の人々のことを忘れて、自分に没頭してしまうのです。しかし、一方、私たちには、愛、美、音楽、芸術、ダンス、自然、空気などもあり、それを人々と分かち合いたいと望んでいます。共感なしには、否定的なものを肯定的なものに変えることはできません。そして、今生で、過去世で、未来世で経験しない限り、私たちは真に共感を理解できないのです。


 サマンサはそれを体験しました。そのことによって、彼女は永久に変わったのです。



 彼女は弱々しい感じの四十五キロもない、か細い少女でした。二月のある朝、私のオフィスで彼女は肩を落とし、まるで痛みを抱えているかのように胃の上でしっかり両手を組んで、すわっていました。ジーンズにセーター、それに脚首までのソックスにスニーカーという質素な服装で、アクセサリーは腕時計一つ付けていませんでした。高校に入ったばかりだろうと私は思いました。しかし、私の最初の質問に対して、実は十九歳で大学一年生であると、彼女はほとんど聞こえないほど小さな声で答えました。娘が深刻な不安症と軽いうつに苦しんでいるのを見て、両親が私のところによこしたのでした。

眠れないのです」と彼女は私が耳をすまさなければ聞けないほど、か細い声で言いました。

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