『未来世療法 運命は変えられる』
[著]ブライアン・L・ワイス
[訳]山川紘矢
[訳] 山川亜希子
[発行]PHP研究所
怒りの克服、健康、共感、思いやり、忍耐と理解、非暴力、人間関係、安全と安心、運命と自由意志、黙想と瞑想、霊性。これらは全部、永遠の命へのステップです。このすべてを今、または将来、私たちは大いなる魂へ向かう旅の途上でマスターしなければなりません。そしてこのどれもが、最も大きな徳、つまり愛の一面なのです。
愛は究極のレッスンです。もし愛していたら、あなたは怒りを持ち続けられますか? 思いやりも共感も持たずにいられますか? 正しい人間関係を持たずにいられますか? 他人に暴力を使えますか? 環境を汚せますか? 隣人と戦争できますか? 他人の視点、違うライフスタイルを認める余地を心の中に持たずにいられるでしょうか?
それはできません。
患者が過去世退行や未来世療法を行ない、恐怖症やトラウマを克服した時、彼らが理解するものは愛です。多くの人々はこのメッセージを、自分の人生で主要な役割を演じる人々からもらいます。しかし、向こう側の世界からメッセージをもらう人も沢山います。すでに亡くなった親、妻や夫、子供などからのメッセージです。「私は元気にしています」とメッセージは伝えます。
「私は大丈夫。愛しています。私のために悲しむ必要はありません。こちら側にあるのは、闇ではなくて光です。私は愛の中にいて、愛は光だからです」
こうしたメッセージは、喪失の苦痛を和らげるための願望実現や空想かもしれませんが、私はそうは思いません。私はこうしたメッセージを多くの人々からあまりにも多く、聞いているからです。愛は私たちが人生から人生へと、持ち運ぶものです。でも、ある人生では、私たちは愛に気がつかなかったり、またはそれを誤って使うこともあります。しかし、究極的には、愛こそ私たちを進化させ続けるものなのです。
たとえば、ジェニファーは三番目の子供を産んだばかりですが、初めて赤ちゃんを抱いた時、その子供が誰か、すぐにわかりました。エネルギーと目の表情、そして親近感からです。「またあなたなのね」と彼女は言いました。「また、一緒になったわね」。その赤ちゃんは過去世でジェニファーの祖母でした。二人はその過去世でずっと、激しく争っていましたが、それでもお互いに愛していました。でも、その愛は表現されないままでした。今こそ、修復するチャンスであることを、彼女は悟ったのです。
もちろん、あらゆる種類の愛があります。ロマンティックな愛。子供の親に対する愛と親の子供に対する愛。自然への愛。音楽、詩、そして地上と天上のすべてのものへの愛。愛は向こう側でも続き、魂によってこちらに持ち帰られます。愛はあらゆる神秘への答えなのです。私にとって、それは究極の宗教です。もし、私たちがみな、自分のやり方で愛することができ、もし、「私の道が正しいもので、その他の道はどれも偽物です」と宣言する儀式を捨てることができれば、もし、私たちが特定の神の名において、人々に加える暴力や争いや苦痛を永久に捨てることができれば、天国に達するために、私たちは数え切れないほどの転生をくり返す必要はないでしょう。神はその定義において普遍であり、神は愛なのです。
クリスティーナは、とてもアメリカ人の女性には真似のできないファッションで装っていました。フラメンコを連想させる床まで届くスカートに派手な赤、青、紫、黄色の柄のブラウス。豊かな黒髪はきつく後ろに引っつめて、不思議な色のリボンで留められていました。初めて彼女が私に会いに来た時、私は彼女の派手さ加減にびっくりしましたが、彼女の来訪が度重なるにつれ、派手な色彩は彼女の暗い気分と、それにも増して暗い考え方を補うものであることに、気がつきました。彼女は自分の輝きを取り戻すために戦っている女性でした。家族がそれを潰そうとしていたのです。彼女の目の下には黒いくまがあり、手は少し震えていました。疲労のせいだろう、と私は思いました。彼女には喘息があり、ストレスがあるとそれは呼吸に表れました。しかし、私の助けを求める決心を彼女にさせたのは、心理的な問題でした。
豊満でもほっそりとした彼女は、セクシーな中にも強さを秘め、曖昧な印象をにじませていました。そして最初から、私とほとんど敵対するようにまっすぐ向かい合うかと思えば、貴族的な育ちであることを示すラテン的な慎み深さで目をそらし、それをくり返していました。私は彼女を二十代後半かと思ったのですが、それより十歳も上であることがわかりました。彼女は左手のくすり指に指輪をはめていました。それは大きなルビーで、彼女の服装のけばけばしさとよくマッチしていました。これは単なる飾りなのか、それとも既婚であることを宣言しているのか、どちらなのだろう、と私は思いました。
「離婚しました」。私の視線に気がついて、彼女は言いました。「子供は二人います。これをはめているのは、きれいだし、男たちを寄せつけないためです」
彼女の英語は優雅で完璧でしたが、それでもほんの少し、なまりが感じ取れました。
「あなたはマイアミの方ではありませんね」と私は言いました。質問ではなく断定でした。
「サンパウロ、ブラジル出身です」
「ああ。で、いつここへ?」
「三年前です。離婚後、父のところに来ました」
「お父さんと一緒に住んでいるのですか?」
「いいえ。父は母と一緒にバルハーバーに住んでいます。私は二、三マイル離れたところです」
「お子さんと一緒に?」
「ええ、娘たちと。ロザーナは七歳で、レジーナは五歳です。二人ともとてもかわいいですよ」
「そうすると、あなたがお父さんのところに来たと言ったのは──」
「父と仕事をするためです。彼のビジネスを一緒にするためです」
「それはどんな?」
「あらまあ、御存じありませんか? 離婚したあと、私は実家の姓に戻りました。先生はおわかりかと思っていました」
何と私はうっかりしていたのでしょうか! すぐに推察すべきでした。彼女の父親は高級婦人服専門の会社の会長でした。この二年間、その会社は若い人向けの価格の安いスポーツウェア業界に進出していました。妻のキャロルがあとで話してくれたところによると、昔は、ティーンエイジャーだったら誰もがこれを着る、というほどの人気だったそうです。