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京都の通りを歩いて愉しむ <通>が愛する美味・路地・古刹まで
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旅行
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丸太町通

『京都の通りを歩いて愉しむ <通>が愛する美味・路地・古刹まで』
[著]柏井壽 [発行]PHP研究所


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 最初は丸太町通です。丸太というくらいですから、当然のように木材と深いつながりがあるのですが、その名の由来には、どうやらふたつの説があるようです。


 ひとつは、〈洛中洛外図〉にも描かれているように、かつて堀川丸太町の近くにあった丸太業者の集落から、その名が付いたという説。江戸時代の地図には丸田町と記されているものもあるようです。おそらくは京都御所に近いせいもあって、この通りの近辺にはお屋敷が建ち並び、木材の需要が多い地域だったのでしょう。


 丸太町通の南の筋は竹屋町通です。すなわち竹屋が多く集まっていたから付いた名でしょうから、しごく分かりやすいですね。竹材も屋敷には欠かせない建築材料ですから。


 もうひとつの説は、鴨川に架かる橋を架けかえるときに、周辺に住む人々が丸太を寄進し、それによってできた橋のある町だから丸太町、という話です。


 どちらが正しいのかは分かりませんが、京都の通りや町の名に、同業者が集まることから名付けた例が多いところをみると、前者が正しいような気がします。


 その丸太町通は、平安京が定められたときには春日小路と呼ばれていました。


 余談になりますが、僕が小学二年生まで通っていたのは〈春日小学校〉でした。河原町丸太町の西北角にあったのですが、今は廃校になっています。入学式のときに、校長先生が、なぜ春日の名が付いているかをお話しされました。ですから春日小路という名前は小学生のころから知っていました。


 東の起点は東山のふもとにある南北の通り鹿ヶ谷通。西の終点は嵐山の嵯峨小学校辺りになります。直線距離にして、おおよそ一一キロほどもあるでしょうか。


 端から端まで歩き通すとなると三時間以上は掛かりますから、一度に歩き通すには、それなりの覚悟が必要ですね。三分割して歩くのがいいかもしれませんし、最初に書いたように、途中で止めてもいいでしょう。


 東の端から歩いてみましょうか。この近くには『哲学の道』や(めい)(さつ)『南禅寺』などもありますから、寄り道には事欠きません。

岡崎から京都御苑へ


 鹿ヶ谷通から歩きはじめ、天王町までくると、ここからはずっと広い通りになるので、北側と南側をうまく歩き分ける必要があります。


 北側には『岡崎神社』『岡崎別院』、その北奥には『金戒光明寺』、更には『真如堂』へと見どころの多い寺社がたくさん建ち並んでいます。


 いっぽうで南側は『平安神宮』の裏側と接していて、こちらも見るべきものは少なくありません。この辺りだけで半日ほど掛かりそうですね。


 更に西へ進むとやがて東大路通と交わり、その北西角には『熊野神社』があります。そしてここに至る(かい)(わい)は聖護院と呼ばれていて、もちろんそれは丸太町通よりも少しだけ北に建つ『聖護院門跡』に由来しています。そしてその聖護院の名を広く知らしめているのが、京土産の王者として長く君臨している和菓子、八ッ橋です。


 修学旅行生が必ず京土産にするといわれている八ッ橋は、独特の形状をした焼菓子ですが、いつのころからか、焼く前の生八ッ橋が人気となり、あんこを包んだお菓子のほうが目立つようになりました。


 焼いたほうも、バリエーション豊富な生のほうも、ニッキの香りだけは今も昔も変わっていません。ただ、近年その発祥を巡ってお店どうしでいさかいが起こっているのは、残念なことです。


 東大路丸太町の交差点近辺には何軒もの八ッ橋屋さんがあります。お好みによって選び分けてください。


 この近辺での美味しいお店を二軒ご紹介しましょう。


 一軒は東大路丸太町の交差点からひと筋北に上がった、東南角にある『はふう聖護院』です。京都御苑の近くに本店がありますが、美味しいお肉が食べられる店として知られています。夜ならワインと一緒にコース料理を、お昼は手軽なランチがお値打ち価格で食べられます。


 もう一軒は東大路丸太町の交差点から南へ下がり、ひと筋越えた辺りの東側にある『聖護院(らん)まる』。こちらは夜だけの営業ですが、居酒屋以上、(かっ)(ぽう)未満といった感じのお店です。お魚、お肉、京野菜などの食材も揃い、和洋中様々な料理法で美味しい料理とお酒がリーズナブルな価格で愉しめます。なかでもお魚は、釣り好きの店主が自ら釣り上げたものが料理されますので、新鮮でバラエティ豊かな海鮮料理が味わえます。


 東大路通から西へ向かって五〇〇mほど歩くと鴨川が見えてきます。


 通り名の由来となったとも言われる丸太町橋を渡ると、すぐ河原町通と交わります。更に西へ歩くと右手、北側に木々の緑が見えてきます。これが『京都御苑』の外周です。


 京都人が(つど)う、もしくはそぞろ歩く場所は大きくふたつに分かれます。ひとつは鴨川。もうひとつがこの『京都御苑』。多くの京都人は親しみを込めて〈御所〉と呼びます。


 京都の地図を開くと長方形の緑が真ん中にあるので、場所はすぐ分かりますね。その南側の横辺が丸太町通なのです。


 堺町御門から『京都御苑』に入ってみましょう。


 入ってすぐ左、西側へ続く細道をたどると、池が見えてきます。ここが九條池。九條家のお屋敷があったところです。池の中州には『厳島神社』の鳥居が建っていて、御苑のなかとは思えない景色を見せてくれます。


 この辺りは多くお公家さんのお屋敷が建ち並んでいたようで、その名残を見ることができます。(かん)(いん)(のみや)邸跡、花山院邸跡などに立ち寄ってから丸太町通に戻りましょう。


 烏丸丸太町の角からも見えますが、少し北に上がった西側に古い洋館が建っています。通称〈大丸ヴィラ〉と呼ばれるレンガ建ての洋館は「大丸」創始者の下村さんのお屋敷跡です。


 丸太町通を更に西へ進むと〈府庁前〉の交差点に出ます。この少し北に『京都府庁』があるのです。


 丸太町通から突き当たりの『京都府庁』へと続く道は、京都でも異色の眺めを作っています。釜座通と呼ばれていますが、ふた筋の街路樹が車道を三つに分けていて、どこかしら異国の風景のようにも見えます。パリによく似ているという声をしばしば聞きますが、たしかにそんなハイカラな感じがします。


 ここから西はあまり見どころがありません。一気に千本通まで行きます。

大極殿の跡から嵯峨へ


 千本丸太町の西北角近くにある『恵明』という中華料理屋さんでランチは如何でしょう。長く京都のホテルで腕を振るって来た料理人が近年新しく開いたお店です。リーズナブルな価格で、ホテル仕込みの本格中華料理が食べられます。


 その前にひとつだけ旧跡を見ておきましょう。平安京の中心となった〈大極殿〉の跡地です。


 千本丸太町の西北角からすぐ、北へと辿る細道の突き当たりに公園があります。石碑や看板が立っているだけですが、この辺りがかつての〈大極殿〉だったことを看板のイラストが教えてくれます。京の都の中心はこの界隈だった、ということに思いを馳せてみましょう。


 西大路丸太町の交差点は昔から(えん)(まち)と呼ばれています。(まる)い町だから穏やかな場所なのかと思えば、まったく話は逆です。


 大内裏からもそう遠く離れていないこの辺りには囚獄がありました。罪人を閉じこめておくところですね。古くそういう場所を〈円土〉と呼んだことから、ここを円町と呼ぶようになったそうです。


 そんなことも頭に置きつつ西へと進みますと、ここから先、(ならび)()(おか)あたりまではJRの山陰本線と丸太町通が並行して走ります。

『妙心寺』『法金剛院』など名だたる名刹が点在していますので、歩き甲斐のある界隈です。


 丸太町通もそろそろ西の端に近づく辺りは嵯峨と呼ばれる地域です。JRの山陰本線に嵯峨嵐山という駅があるくらいですから、嵯峨と嵐山はほぼ一体化しています。京都を代表する観光地のひとつですから、丸太町通にこだわることなく、北に南にと道を外れて寄り道するほうが愉しいでしょう。お寺を訪ね、和菓子屋さんで甘味をつまみ、雑貨屋さんでお土産を買う。通り歩きの醍醐味ですね。

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