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決定版 冠婚葬祭入門 基本マナーと最新情報を網羅!
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生き方・教養
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はじめに

『決定版 冠婚葬祭入門 基本マナーと最新情報を網羅!』
[著]一条真也 [発行]PHP研究所


読了目安時間:6分
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 新しい元号が決まり、新しい天皇陛下が即位され、すべての日本人が大きな節目を迎えることになりました。改元に際して、新天皇が誕生する秘儀である「大嘗祭」をはじめ、多くの儀式が執り行われます。改めて日本は、儀式にあふれている国であることを実感しています。


 ときには人間に恵みをもたらし、ときには人間の生命をも奪う自然というものに対して畏敬の念をもちながら、神事などのセレモニーを大切にしてきた日本人、それが「冠婚葬祭」になったのではないでしょうか。


 一方、日本では四季がはっきりしているがゆえに「年中行事」が発達・普及したように思います。


 新元号のもと、東京でオリンピック・パラリンピックが開催され、大阪では万国博覧会が開かれます。それらのビッグイベントが開催されるニュースを聞いたとき、わたしはかつての日本の歴史と重なりました。一九六四年の東京オリンピック、そして一九七〇年の大阪万国博覧会です。


 じつは同時期の日本で、歴史的ベストセラーが生まれています。一九七〇年一月三十日発行の塩月弥栄子氏が書かれた『冠婚葬祭入門』(光文社)です。五か月間で百版を超す大ベストセラーとなり、総発行部数は三百万部を超え、その記録は現在に至るまで破られていません。


 日本という敗戦国が、五輪と万博という二大国際イベントによって国際社会に本格的デビューを果たしたとき、「国際化はしたけれども、日本の文化は大丈夫か」といった不安感が当時の日本人の心の中に湧き上がったのではないでしょうか。そうした不安が具体的には核家族というライフスタイルが確立される中、古い世間との付き合い方(冠婚葬祭)への戸惑いとして、入門書を手に取らせたのではないでしょうか。「そのやり方で大丈夫」という冠婚葬祭との付き合い方にお墨付きと安心を与えてくれたのが、塩月弥栄子版『冠婚葬祭入門』だったのかもしれません。


 この度の改元に際し、わたしは同じような空気感を感じています。世界はインターネットで瞬時につながり、「日本」という国家、「日本人」という国民性、「日本的」という文化の輪郭のようなものが、それぞれ不明瞭になっているように思えてなりません。ゆえに、わたしたちは「日本」そのものの存続に不安を感じているのかもしれません。そこで、日本人の「こころ」を「かたち」にした冠婚葬祭の存在が非常に重要になってくると考えます。


 そもそも、冠婚葬祭とは何でしょうか。「冠婚+葬祭」として、結婚式と葬儀のことだと思っている人も多いようです。たしかに婚礼と葬礼は人生の二大儀礼ではありますが、「冠婚葬祭」のすべてではありません。「冠婚+葬祭」ではなく、あくまで「冠+婚+葬+祭」なのです。

「冠」はもともと元服のことで、一五歳前後で行われる男子の成人の式の際、貴族は冠を、武家は()()()を被ることに由来します。現在では、誕生から成人までのさまざまな成長行事を「冠」とします。「祭」は先祖の祭祀です。三回忌などの追善供養、春と秋の彼岸や盆、さらには正月、節句、中元、歳暮など、日本の季節行事の多くは先祖を偲び、神を祀る日でした。現在では、法事などの先祖祭祀の他にも、正月から大晦日までの年中行事を「祭」とします。


 そして、「婚」と「葬」。結婚式ならびに葬儀の形式は、国や民族によって、きわめて著しく差異があります。これは世界各国の儀式には、その国の長年培われた宗教的伝統あるいは民族的慣習といったものが反映し、人々の心の支えとなる「民族的よりどころ」となっているからです。


 現在の日本社会は「無縁社会」などと呼ばれます。しかし、この世に無縁の人などいません。どんな人にだって、必ず血縁や地縁があります。そして、多くの人は学校や職場や趣味などでその他にもさまざまな縁を得ていきます。この世には、最初から多くの「縁」で満ちているのです。ただ、それに多くの人々は気づかないだけなのです。わたしは、「縁」という目に見えないものを実体化して見えるようにするものこそ冠婚葬祭であると思います。結婚式や葬儀、七五三や成人式や法事・法要のときほど、縁というものが強く意識されることはありません。冠婚葬祭が行われるとき、「縁」という抽象的概念が実体化され、可視化されるのではないでしょうか。そもそも人間とは哲学者のウィトゲンシュタインが言うように「儀式的動物」であると思います人間は儀式を行うことによって不安定な「こころ」を安定させ、幸せになれます。その意味で、儀式とは、幸福になるためのテクノロジーです。


 さらに、儀式の果たす主な役割について考えてみましょう。それは、まず「時間を生み出すこと」にあります。日本における儀式あるいは儀礼は、「人生儀礼」(冠婚葬)と「年中行事」(祭)の二種類に大別できますが、これらの儀式は「時間を生み出す」役割を持っていました。わたしは、「時間を生み出す」という儀式の役割は「時間を楽しむ」に通じるのではないかと思います。「時間を愛でる」と言ってもいいでしょう。日本には「春夏秋冬」の四季があります。わたしは、儀式というものは「人生の季節」のようなものだと思います。七五三や成人式、長寿祝いといった人生儀礼とは人生の季節、人生の駅なのです。わたしたちは、季語のある俳句という文化のように、儀式によって人生という時間を愛でているのかもしれません。それはそのまま、人生を肯定することにつながります。


 そう、冠婚葬祭とは人生を肯定することなのです。人間の「こころ」は、どこの国でも、いつの時代でも不安定です。だから、安定するための「かたち」すなわち儀式が必要なのです。そこで大切なことは先に「かたち」があって、そこに後から「こころ」が入るということ。逆ではダメです。「かたち」があるから、そこに「こころ」が収まるのです。


 人間の「こころ」が不安に揺れ動く時とはいつかを考えてみると、子供が生まれたとき、子どもが成長するとき、子どもが大人になるとき、結婚するとき、老いてゆくとき、そして死ぬとき、愛する人を亡くすときなどがあります。その不安を安定させるために、初宮祝、七五三、成人式、長寿祝い、葬儀といった一連の人生儀礼があるのです。

「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助翁は、「竹に節(フシ)がなければ、ズンベラボーでとりとめがなくて風雪に耐えるあの強さも生まれてこないであろう。竹にはやはり節がいるのである。同様に、流れる歳月にもやはり節がいる」との名言を残しています。冠婚葬祭という人生儀礼こそは、人間が生きていく上で流れる歳月の節にほかなりません。冠婚葬祭という節が人間を強くし、さらには人生を豊かにするのではないでしょうか。その意味で、本書は「人生の節」のガイドブックなのです。


 本書を読まれた方々が、新しい時代の訪れとともに冠婚葬祭の重要性を知り、人生の節をきちんと修められることによって揺れ動く「こころ」が安定され、幸福になられることを願います。


一条真也

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