読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1280094
0
昭和天皇とその時代 新版 昭和天皇
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第六章 停戦、そして泰平の世へ

『昭和天皇とその時代 新版 昭和天皇』
[著]小堀桂一郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:49分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

1 マッカーサーとの御会見

固く守られた約束


 九月二日の停戦協定文書、米国側で言ふところの降伏文書の調印がすむと間もなく、同月十七日には連合国総司令部(GHQ)は横浜のニューグランドホテルを出て東京に移り、日比谷濠を距てて皇居と対峙する様な位置にある第一生命ビルに入つた。占領政策の実行が始まつた。実質上の無条件降伏状況の実現を企む占領軍の指令が次々と日本国政府に向けて発せられた。


 占領は連合軍の名儀によるとしつつも米軍の単独占領であり、軍政ではなく、間接統治と称すべき方式が採用された。従つて行政の実施は日本政府の権限によつてなされてはゐたが、何しろバーンズ回答に基いて作成された降伏文書で、天皇及び日本国政府の権限は連合国最高司令官に「従属」すると約定されてあつた。簡単に言へばマッカーサー将軍が天皇を上廻る至上の権力を帯びて日本国に「君臨」した形である。


 九月二十七日に天皇はアメリカ大使館にマッカーサーを訪問された。史上有名になつたこの会見が、何方の発意によつて実現したのか、天皇の御意向であつたか、マッカーサーの側から呼びつけたとは言はぬまでも、来訪を促す暗示くらゐは発したのであつたか、種々の観察と推測がなされてゐて多少謎めいたところはある。だがどうやら天皇御自身の発意であり、マッカーサーの側ではそれを待つてゐたとばかりに歓迎したといふのが実相だつた様である。この会見の無事の実現のためには、九月十七日に重光葵と交替したばかりの新任の外相吉田茂と、(ふぢ)()(ひさ)(のり)侍従長とによる、俗に謂ふ根回しの動きも慎重に行なはれてゐたらしい。


 真に謎めいたものとなつたのは米大使館御訪問の発案者よりもその会見の内容である。当事者といへば、天皇とマッカーサーと、臨時式部職御用掛として通訳の任に当つた外務省の奥村勝藏といふ吏員と、この三人以外にない。


 天皇はマッカーサーとの間で、この会見の内容は互ひに秘密にしておくとの約束を交してをられた由で、その約束を固く守られ、遂にこの会見で交された会話の中味を生涯口外してをられない。昭和五十二年夏の那須での記者会見の席上、天皇は〈男子の一言〉といふ表現を以てマッカーサーとの約束を守る所以を宣明せられた。マッカーサーの方は後に『回想記』を著し、その中で約一ページを費してこの時の天皇のお言葉を中心に印象記と感想とを記してゐる。


 天皇は個人としての道徳の格率に従つて最後まで約束を守られた。それは洵に御立派なことである。それと対照して考へる時、マッカーサーの「違約」は結局はその字の通りの約束違反であつたと思はれることを避け難い。ただ彼は所詮政治的人間であつた。天皇との約束にも守るべき年月上の限度の如きものがあつて、それを過ぎた時には約に背いてでもあの歴史的会談の一端を後世のために打明けておく方がよい、との政治的判断が働いたとしても(あなが)ちに非難はできない。天皇の厚い信義が立派であることは論を俟たないが、それの陰画としてのマッカーサーがそれ故に直ちに信義に欠ける、けしからぬ男といふ評価を下す必要もない。両者の現に奉じてゐる、且つ奉ずべき格率は同じではないからである。


 昭和三十年の夏、鳩山一郎内閣の外務大臣を務めてゐた重光葵は日米会談といふ公務を帯びて米国に渡り、その際天皇陛下からの御挨拶の伝言を携へてマッカーサーを訪問する。そしてそれより十年前のことになる昭和二十年九月二十七日の天皇とマッカーサーとの会談の内容を具さに語り聞かされるといふ経験をする。この約束破りも亦、マッカーサーには、今やその時が来た、との判断があつての上のことであつたらう。それはそれで已むを得なかつた、といふよりはむしろ機会を見計らふといふ上での妥当な判断だつたと評して然るべきものであつた。


 重光外相もやはり機会到来との判断を持つた。帰国後彼はマッカーサーからの聞書きを入念な検討と推敲を経た日本語の文章に直して三十年九月十四日付の『読売新聞』に寄稿した。日本国民が天皇とマッカーサーとの会見の際の問答の実体を知つて、さうだつたのか──との深い感動に打たれたのはこの時がその最初の機会である。


 天皇はもちろんまだマッカーサーとの約束を固く守つてをられたが、マッカーサーの回顧談が重光の様な人の口を通じて洩れたことにより、何となく禁が解けた様な形になつて、以後マッカーサーの側近を経ての間接的な伝聞の記の類が騒壇の紙面を賑はすことが多くなつた。更に十年の後、前記のマッカーサーの『回想記』が出版されたが、これは一方の当事者の直接の手記であるから、マッカーサーが何らかの政治的必要から付加へたかもしれぬ粉飾を考慮してもなほやはり事実の持つ強みを帯びてゐた。

「責任はすべて私にある」


 天皇のマッカーサーとの初会見の際の御発言で最も重要な眼目の部分を複数の記録に徴して見ると(おほ)(よそ)共通してゐる。先づ『読売新聞』に寄稿した重光外相の手記から、マッカーサーが記憶してゐた天皇のお言葉を書き抜いてみると、



 私は日本の戦争遂行に伴ういかなることにもまた事件にも全責任をとります。また私は日本の名においてなされたすべての軍事指揮官、軍人および政治家の行為に対しても直接に責任を負います。自分自身の運命について貴下の判断が如何様のものであろうとも、それは自分には問題でない。構わずに総ての事を進めていただきたい。(go ahead!)私は全責任を負います。


といふものであり、マッカーサーはこのお言葉に接して感動のあまり天皇にだきついてキスをしさうになつた、とまで語つた由である。『回想記』では天皇のこのお言葉はずつと簡潔に、



 私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためにおたずねした。


といつた表現になつてゐる。


 会見で通訳を務めたのは日本側から出た奥村勝藏一人であつたから、マッカーサーの副官であり専任の通訳だつたフォービアン・パワーズは会見に立ち合つたわけではなく、天皇が帰られた直後にマッカーサーの口を通して聞いたらしいのだが、天皇は、



 すべての事は私の名のもとになされたのだから私が全責任をとる。だから、東郷や東條や重光らを罰さずに、私を罰せよ。


と仰有つたとされてゐる。パワーズ自身の添加でないとすれば、天皇が臣下の固有名詞を挙げてをられることが注意を惹く。開戦の決断に責任を有すると見られる臣下を天皇が自ら庇はれたことは確かの様で、会見の席には入らなかつたが会見の設定に準備役をつとめ、当日アメリカ大使館まで随伴した藤田尚德侍従長は以下の様にまとめて書いてゐる。



 敗戦に至った戦争の、いろいろの責任が追及されているが、責任はすべて私にある。文武百官は、私の任命するところだから、彼らには責任はない。


 私の一身は、どうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。このうえは、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい。


〈まとめて〉としたのは、藤田侍従長の備忘録は、当日の通訳奥村勝藏が大使館から帰つた直後に(したた)めて宮内省に提出したレポートによつて書いてゐるからである。藤田は一応通読した上で天皇のお手許に届けた。通例この種の報告書は天皇が眼を通された後侍従長のもとへ返されるのであるが、この文書は遂に天皇の手から戻らなかつた。会談の内容は秘密にするとの約束があつたから、天皇はこれをいはば握りつぶされたのである。

『実録』の公開は、多年様々の臆測や穿鑿によつてどうやら不当に彩られたり、誇張されたりしてゐるらしい天皇の御発言の全容を初めて正確に伝へてくれるかと期待されたのだが、この期待は満たされなかつた。『実録』のこの部分の記述は、実に三十種類を超える数の個人の日記・回想記・手帖の類を史料として用ゐて構成されてゐるのだが、結局のところ、いはゆる当り障りのない外交辞令の交換といふ形に、これも〈まとめられて〉しまつてゐる。両者の発言中、稍目新しいことと言へば、天皇がマッカーサーに対し、貴殿には世界平和への寄与といふ重大な使命が托せられてゐる、と激励されたのに答へて、マッカーサーが、自分は自分より上位のオーソリティに使はれてゐるエイジェンシー(出先機関)に過ぎないのだ、と卑下してみせ、自分がそのオーソリティであれば、との気持を正直に述べてゐるところである。この部分の翻訳がまあ妥当であるとして、この一言はマッカーサーといふ人物の性格を(たく)まずしてよく語つてゐる様に見える。


 ところで奥村は天皇があれほど厳しくマッカーサーとの約束を守つてをられるのをよく承知であらうのに、後年この会談の極めて微妙な部分をまで人に洩してゐる。


「今回の戦争の責任は全く自分にあるのであるから、自分に対してどのような処置をとられても異存はない。次に戦争の結果現在国民は飢餓に瀕している。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:20643文字/本文:24323文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次