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世界を変えた暦の歴史
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歴史
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第III章 社会の発展には正確な暦が不可欠だった

『世界を変えた暦の歴史』
[著]谷岡一郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:36分
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卑弥呼も天空の動きを読み取っていた!?


 ここまで、わざと避けて通った話題が一つある。それは階級の話であり、集団が大きくなるプロセスでは、必ず言及しなければならないトピックである。


 グループあるいは集団が、小さなものに限定されているあいだにおける最初の階級差は、男女間であったり、腕力によるものであったり、私たちが今日もつ階級感覚からはかなりずれていたと思われる。


 ここでは、ある程度の街──人口でいえば五〇〇人以上あたりか──と呼べるレベルに達した社会を前提として話を進めよう。


 階級の分化は、一定以上の規模の集団では、ほぼ必然的に起こるものである。生産性の高い者がヒエラルキーの上位に位置するのが普通だからである。


 生産性の高い者とは、つまり、最初は狩りや漁がうまい者であり、腕力の強い者に始まって、創意工夫が得意な天才タイプや、食物の加工・貯蔵の名人、あるいは料理のうまい者まで、いろいろなタイプがあったはずである。そして、逆のタイプの人たちが下位の扱いを受けるのは、残念ながら自然のなりゆきであったろう。


 いずれにしても、エジプトやメソポタミアのように、絶対的なトップリーダーたる王が現れるずっと以前から、階級の分化が起こっていた可能性が高い。とくに暦に関連があり、ここで述べておきたい新しい階級とは「神官」である。


 集団が定住生活を始めると、多くの経験をもつ人間がリーダー──ザ・リーダーでなくともサポート役を含む──の一人となり、集団活動の(おきて)を決めたり、役割分担を作成したり、助言したりしていた。集団が小さいあいだは、年長の男性、つまり長老格の者がそれにあたることが多かっただろう。当時は、長く生きていたという事実だけでも、尊敬に値することであった。


 集団がもう少し大きくなると、経験に基づいて出される意見や見解が、長老間で分かれることもよく起こってくる。たとえば、狩りにいく方向について、長老Aは「東がいい」と言い、長老Bは「いや、西だろう」と言う。


 べつに、狩りに限定する必要はないが、意見が分かれたときに、結果としてよく当たる長老は人びとから尊敬されたことだろう。長老のなかには、失敗したとき、「天が怒っておるからじゃ」などと責任を転嫁する場合も多々あったはず。この「天」というのは重要なキーワードである。


 もともと、自然に対する()(けい)の念は、集団の全員がもっていたはずである。努力ではどうにもならない天候や寒い冬など、みんなで耐えなくてはならない状況の存在は、共有の認識であったはずだ。


 そんなとき、「天が怒っている」という感覚をもつにいたったのだろう。なんとかして気まぐれな天の意志(天意)を知り、可能ならコントロールできないものか──。有史以来、多くの長老や賢人たちが、天意たる徴候を見つけようとしてきたのはまちがいないだろう。


 ある種の天変地異が起こったあとで、何かいつもと違ったサインはなかったかなどと因果関係を逆転させた思考プロセスに(おちい)ることは、現代人でもよくあることだが、昔の人びとがそのように考えたであろうことは無理のない話である。

「そういえば雷が落ちた二回とも、昼間に白い蛇を見た」とか、「二回ともあの女が訪ねてきたあとだったな、あの女が悪いのか」などといった、わけのわからない原因がこじつけられていく。


 白い蛇を敬ったり、特定の人間を差別したりする迷信的行為が生まれるのは、えてしてこういういいかげんな記憶を特定の結果に(強引に)結びつけた因果律に起因する。そして、天の意志を推し測る徴候のなかでもっとも重要視されるのは、文字どおり天空の動きや異変であったはずだ。


 季節の移り変わりをよく知る長老は、同時に天候の徴候や、四季の星の位置をもっともよく知る者でもある可能性が高い。天の声を推し測る職業である「神官」の誕生は、このとおりとはいわないが、これと似たプロセスで、(いろいろなところで)起こったと考えられる。


 べつに、長老は男性である必要はない。日本古代の女王、卑弥呼のように、女性のほうが神がかった表情の演出に適しているという考え方もある。いまもむかしも女性のほうが長生きしたのが事実であったことも、その一助となったかもしれない。


 卑弥呼のことは、どんな風貌だったか、どんな服装やアクセサリーをつけていたのか、などなど、多くの点で不明であり、(出土品の手がかりはあるものの)おおよそ推測の域を出ない。




 次の図は、卑弥呼を題材としたコミックの表紙であるが、この姿が正しいか否かは不明である。が、このように神格化されたいでたちをもち、カリスマ性のある女性だったことは、たぶんそのとおりだろう。作画した星野之宣氏は古代史にくわしいことで知られており、『古事記』や古い文献をもとにしたいくつかの作品で知られている。



日食の予測が神官の権威を絶大なものにした


 いつしか神官は重要な地位となり、エジプトのファラオのように、神官の長が王を兼ねる──もしくは王が神官の長となる──ことも例外でなくなるのは時間の問題だった。(ホントか否かは別として)神官とは「天意を知る者」なのだから。


 神官が天空の観察を続け、精度を向上させようとするのは、その絶大な権威を保つためである。したがって、観測を続けることは義務に近い面があり、夜中に起きつづける役職の者が必要となるのもしかたのないことだ。


 こうして天空の観察をし、暦をつくる役割を担うのは、世界じゅういたるところで神官の仕事となった。天空の観察をする役人が神官になったのではなく、その逆であることに注意する必要がある。つまり、はじめに神官があって、その権威を確立するために、天空の観測を続ける必要があったのである。


 天空の事象のなかで、もっとも華々しく、かつ人びとを感心させるのは「食」(日食や月食)の予測であろう。とくに、日食はセンセーショナルである。もし正しく予言することができて、太陽がすべて月に覆われる皆既日食が出現すれば、その効果たるや絶大なものがあったはずだ。大衆は王の権威に恐れおののき、少々理不尽な命令にも喜んで従ったことだろう。


 皆既日食だけでなく、金環日食や部分日食でも効果はあるはずだが、はっきりと見えるのは皆既日食ならではである。部分日食は、周囲が明るすぎて少々見えにくい。ただし、月食のケースは部分的でもよく見えるため、大々的な予言は月食のほうが適していたかもしれない。


 日食・月食についてはほとんどの人が知っているものと思うが、蛇足ながら説明しておこう。日食は地球と太陽の間に月が入り、太陽の全部または一部が隠される現象、月食は太陽と月の間に入った地球の影が(満月の)月を隠す(ように見える)現象である。

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