テレビの番組制作の仕事を始めて、もうずいぶんと長い時間が過ぎました。
大学在学中からラジオ番組にかかわり、気がつけばタレントもやったりしながら放送作家になり、日本テレビの報道局にお世話になってからは、「ニュース・プラス1」から「ニュース・リアルタイム」、今も放送中の「ニュース・エブリィ」と続く夕方のニュース枠で特集プロデューサーを務めています。
「報道特捜プロジェクト」という番組では調査報道を続け、そこから生まれた、架空請求業者に電話をかけてリダイヤルで攻める「特命記者イマイ」では、初回から企画構成として関わってきました。
時には危ない人たちを敵に回し、時には行列のできるおいしい店も取材し紹介してきました。
現在は、放送回数が700回を超えた「真相報道バンキシャ!」で構成も担当しています。
また最近では「ずるい奴らを許すな! 目撃! Gメン 徹底追求SP」やら「悪い奴らは許さない! 直撃! 怒りの告発SP」など、多くの報道特番の企画や構成、プロデュースもしています。
こんなテレビ制作者として生きる中で、これまで、どうすればたくさんの人達に見てもらえるのかそればかり考え、あれやらこれやら試行錯誤を繰り返してきました。
テレビの世界では、全国ネットの視聴率1%でおよそ100万人、10%なら1000万人が観ているともいわれます(正しくはこの数字は世帯視聴率なのでこの計算にはなりません)。
しかし、どんなに優秀なプロデューサーやディレクターであっても、数千万もの人たちを同時に満足させるような、興味深いことや面白いことをいつも考えつくはずはありません。いつもすべての人に満足してもらえる番組作りなんて考えていたら、悩みすぎて寿命を縮めてしまいます。
でも、そんな中でも高視聴率(世帯視聴率15%以上でしょうか)を連発する番組がいくつもあります。
なぜ、そんなことができるのか?
その番組は、なぜ多くの人の関心事に応え続けられるのか?
そんなことを考えているうちに、偶然ある時、自分なりの理屈にたどり着きました。
それは、こんな考え方です。
視聴率20%は80%の人が観ていない、視聴率10%は90%の人が興味を持っていない、というものです。
算数で考えれば当然のことですよね。でも、何が言いたいかというと、高視聴率を連発している番組でも、全ての人が興味を持って観ているわけではないということです。
世の中には生まれたばかりの赤ちゃんもいれば、おじいちゃんもいる。おばあちゃんもいれば若い女性もいる。中年のサラリーマンもいれば主婦もいる。この生まれも育ちも、年齢も性別も違うさまざまな人たちを同時に満足させることなんてできるはずはありません。
だから、こう考えることにしました。
まずは目の前にいる人を大切にすること。
目の前にいる人だけには分かってもらうよう努力すること。
そして少なくとも目の前にいる人には「面白かったよ」「驚いたよ」と言ってもらえるように番組を作ればいい!
目の前の人とは自分が本当に観てもらいたい人、ということです。
こうしてみると、これまで多くの人たちに観てもらうためにはどうしたらいいのかと、漠然と悩んでいたことの答えが急に具体的にみえてきました。
ターゲットがはっきりすれば対処の方法がみえてきます。
はっきりと、目の前の人=観てもらう人を定めて番組を作り始めてみると、大きく外すことがほとんどなくなりました。
それまでは訳の分からない大きな相手に何となく挑んでいたわけで、それは勘だよりの本当に頼りない闘いでした。
1000万人の相手もまずは一人からです。
まずは目の前にいる人を確実に口説き落とすこと。
目の前にいる人に自分の思いが伝えられなければ、100万人や1000万人に自分の思いを伝えられるはずはありません。
以来、目の前にいる人に向けて、企画を考えるようにしました。どうすれば、自分の思いがそこにいる人に伝わるのか、この人には何を伝えれば喜んでもらえるのか、具体的なターゲットをイメージして考えをまとめるようになりました。
そんな時に、大学で授業を受け持つ機会に恵まれました。映像コンテンツ企画について考える授業です。
その中で、学生たちと向き合うと、ユニークないいアイデアを待ちながら、上手に考えを伝えられずにいる学生が多くいることに気づきました。
レポートを出させれば抜群に面白いのに、授業中にプレゼンさせるとそれを十分に伝えられない。それどころか、逆につまらなく見せてしまうようなケースも多くありました。
そうした人たちの多くは、そこにいる全員に認めてもらおうと頑張りすぎて、ムダな緊張をしたり、余計な力が入っています。そのため、本当はもっと上手にできるはずなのに結果はボロボロ。
さらに、企画そのものも全員に理解してもらえるものを目指そうとするため、せっかくの良い提案やアイデアも角がそぎ落とされ、ありふれた普通のものになっていました。
これでは、面白いプレゼンを望めるはずもありません。
これもテレビ番組作りの原理と同じことです。まずは、一人に確実に伝えること。
一人に確実に伝えられれば、必ずその先にいる人たちにも伝わります。
これまでのテレビ番組作りのなかで、僕は目の前の人の心を掴むための、テクニックのようなものを幾つか見つけ、整理してきました。
それは、発想のし方から発想力の鍛え方、ネタ作りの方法などさまざま、多岐にわたります。それを本書でお伝えしたいと思います。
この本はビジネスの参考書としてだけでなく、学生や会社員、個人で仕事をする人、人とのコミュニケーションに悩んでいる人たちに読んで欲しいと思います。
いつの間にか、あなたのひと言に人が振り返り、多くの人たちの話題の中心にいる、そんな姿を思い浮かべながら読んでみてください。
藤田 亨