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(2021/11/26 追記)

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詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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不自由を自由に変える魔法の仕事 大阪府大東市。日本一の義肢装具メーカーの挑戦
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ルポ・エッセイ
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2章 買ってくださる患者さんこそがお客様

『不自由を自由に変える魔法の仕事 大阪府大東市。日本一の義肢装具メーカーの挑戦』
[著]川村慶 [発行]PHP研究所


読了目安時間:42分
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「お客様は医師」という誤解


 当社の社員は、誰一人として私の顔色をうかがいません。そんなことをしても意味がないからです。私のほうではなく、まったく違う方向を向いています。どこを向いているのか。それは「お客様」のほうです。


 多くの義肢装具メーカーは、病院によく出入りします。そして、事故や病気で手足を失った患者さんの主治医とやりとりしながら、義肢装具を作っていきます。このことが、私たち義肢装具メーカーの人間に“ある誤解”を抱かせたような気がします。それは「自分たちのお客様は医師だ」という誤解です。


 病院には、患者さんの治療に当たる専門家たちがたくさんいます。医師のほか、理学療法士、作業療法士といったセラピストもいます。義肢装具士は、こうした医療の専門家たちの指示を受け、義肢装具を作っています。専門家の中には、業界で高名な人物や先生もいます。そしてしばしば、その先生がAと言えば、右向け右でみんなAの方向を向く、という状況が生まれています。そうした環境下で仕事をしていると、自分のお客様は医師なのだ、という意識がこびりついていきます。


 しかし、私は断言します。私たちのお客様は、医師でも、理学療法士でも、作業療法士でもありません。患者さんこそが、私たちのお客様です。こう言うと「けしからん!」と腹を立てる医療関係者もおられるかもしれません。でも、どんなに非難されても、私の考えは変わりません。私たちのお客様は患者さんであり、そのご家族です。


 なぜか。実際にお金を出し、義肢装具を買ってくれるのは、患者さんやご家族だからです。「患者さんの義足を作ってきました」と言って医師に差し出しても、「いいのができたね。ハイ、これボクからの代金ね」と言ってお金を払ってくれたりはしません。その義足を最終的に購入するのは、義足を利用する患者さんです。


 この基本原則を忘れてしまっている義肢装具士や義肢装具メーカーは、少なくないのではないでしょうか。だから、お客様のほうではなく、医師やセラピストのほうを向いてしまうのです。


 川村義肢には、卸売販売を担当するパシフィックサプライ株式会社というグループ会社があります。ここにいる社員に「皆さんのお客様は、患者さんです」と言ったとき、猛反発されてしまいました。なぜなら、医師やセラピストのほうを向き、その指示に従って製品を供給することが、彼らの“常識”だったからです。

「え? なぜですか? 医師やセラピストの先生たちといっしょに、もの作りしているじゃないですか。それに、私たちが直接取引しているのは、義肢装具の小売業者さんです。そこが当社にお金を払ってくれているんだから、その業者さんが我々のお客様ですよ」


 これに対し、私はこう返事をしました。「そうかもしれないけど、やっぱり違うよ。お金を払っているのは、小売業者さんの先にいるお客様、つまりエンドユーザーなんだから」


 私たちの会社に売上をもたらし、利益をもたらしてくれるのは、義肢装具を買ってくれて、使ってくれる利用者の皆様です。その人たちがハッピーになれるよう、いっしょにさまざまな取り組みを行うのが、医師でありセラピスト。私たちのお客様というより、ビジネスパートナーという位置づけなのです。


 ということを、パシフィックサプライの社員に伝えると、彼らは眉をひそめてこう言いました。「そんなん、無理です!」。長い間、卸売業を行ってきた彼らには、お客様イコール末端のユーザーだという発想がなかったのだと思います。無理もありません。


 しかし、同じことを言い続けているうちに、「社長の言っていることはこういうことか」と、だんだん分かってくれるようになりました。今では、お客様のほうを向いて仕事をしてくれています。社歴の長い一人の社員だけは、最後の最後までかたくなに態度を変えませんでしたが、その社員も、お客様のために動いてくれるようになりました。

技術者は患者さんと医師をつなぐ仲介役


 私は、医師やセラピストとも良好なコミュニケーションを取らなければならないと思っています。そうしなければ、患者さんを幸せにする義肢装具を作ることができないからです。でもそれは、医師やセラピストの言うことを一〇〇%鵜呑みにする、ということではありません。ときには、お客様である患者さんのために、意見を戦わせることも必要です。


 これまでの義肢装具業界には、「医師の言うことは絶対」という雰囲気が漂っていました。ひたすら先生の言う通りに義肢装具を作っておけばいいんだよ、という風潮があったように思います。しかし、医師の言う通りに作っていたら、患者さんにとって良い義肢装具ができないこともあるのです。


 医師は、医療的な観点から物事を見ています。身体機能や体の状態を考えながら、患者さんに必要な義肢装具を私たちに指示します。しかし、いくら自分の体に合っていても、患者さんがその製品を気に入らなければ、決して身に着けてはくれないのです。

「先生がおっしゃっていることは分かります。でも、その通りに作ると、たぶん患者さんはこの義足を着けてくれません。ですからこんなふうにしませんか?」


 こんな提案を、私たちは日常的に医師やセラピストにしています。「それじゃあ治療に差し障ってしまうよ」と言われたら、「でしたら、こういうところを私たちがフォローしますので、何とかならないでしょうか」と再び提案します。最終的に「しゃあないな、じゃあやってみようか」と言われるまで、何度も提案します。


 私は、国家資格を持っている以上、義肢装具士はそのくらいのことをやるべきだと思っています。医師の御用聞きという安易なポジションに甘んじていては、プロとしての責務は果たせない気がします。




 技術者は、患者さんと医療関係者をつなぐ仲介役です。患者さんの幸せのためにベストな方法を探し、提案し、医療関係者とチームを組んでいいものを作るのが本業です。お客様に「なんでこちらの希望するものを作ってくれないの?」と怒られたとき、「いやあ、先生にこれを作れって言われたんですよ」と言い訳するのは、プロとして失格です。国家資格という立派な免許を持っている意味がありません。


 患者さんの思いを実現するため、医師やセラピストと対等に意見を交わすことが大切です。そのためには、技師自身が、医師やセラピストを越えるくらい勉強し、自分を磨いておかなければなりません。

本当に人工ボディが必要かどうか


 当社の技師やエンジニアたちは、お客様にお会いし、とことんヒアリングする手間を惜しみません。完全オーダーメイドの人工ボディを作る専門職人、福島有佳子は、一日から二日かけてお客様をカウンセリングし、しっかりと話を聞き取っています。そして、本当に人工ボディが必要かどうかから考えます。




 あるお母さんが、赤ちゃんを抱っこし、暗い顔をして当社を訪ねてきたときのことでした。お母さんは福島のカウンセリングで「この子には指が三本しかない。こんなふうに生んでしまったのは、母である私の責任だ。だから、この子が物心つくまでに、人工指を二本着けて、五本そろった状態にしてくれませんか?」と頼んだそうです。福島は丸一日お母さんの話を聞いた末、こう言ったそうです。

「お母さん、この子にとっては、指三本が『普通の状態』かもしれませんよ。そこに二本指をつけ加えるということは、五本ある指に六本目、七本目を着けるのと同じようなものです。お母さんの手に七本の指があったら、わずらわしいと思いませんか?」


 お客様の幸せとは何か。その大命題と向き合うことを、当社の社員たちはいといません。

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