「AI失業」というまやかしより
本質に目を向けよ
現在、我々は二つに分かれる分岐点にいます。一つの道は、寡頭政治です。つまり、ひと握りの富裕層が巨大な富をシェアしている状態に向かう。もし富の極端な集中が民主主義と折り合わないとすれば、後退するのは民主主義のほうかもしれません。
一方で、この不均等を救済する措置が生まれ得るとも思います。私は、一九六〇年代から七〇年代にかけて、中流階級で育ちました。この中流階級というのは、三〇年代、四〇年代の政治活動によってつくり出されたものなのです。アメリカだけではなく、多くの豊かな国でもそうでしょう。それがもう一つの道です。(本文より抜粋)
ポール・クルーグマン氏がノーベル経済学賞を受賞したのは二〇〇八年である。授賞式が終わり、アメリカに帰国した直後に、私は彼のマンハッタンのアパートメントでインタビューを行なった。
それ以来、彼には数えきれないほどインタビューしている。彼は以前から金融緩和・インフレターゲットを主張する「リフレ派」として知られ、近年ではアベノミクスの理論的支柱としても著名だ。二〇一六年の来日時には、安倍首相と意見交換も行なっている。
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クルーグマン氏には毎回日本経済について聞くのが常であるが、本インタビューではテクノロジーと資本主義について語ってもらった。
彼はAIについては他の論客と比べると極めて楽観的で、「AIによって職が奪われるという説は杞憂だ」と言わんばかりだ。「AIが我々を殺すというのは下手なSF映画の世界だ」と喝破する場面には、大のSFファンである彼の素顔が垣間見られる。
しかし、何が要因であっても格差が拡大していることは世界的な現象である。それを解決する政策については具体的に語っている。
格差については経済学ではなく、政治の問題であるとし、「我々は現在二つに分かれる分岐点にいる。少数の富裕層が富を握る極端なエリート社会か、豊かな中産階級のいる社会か。しかし後者は自然発生的に湧き起こるものではなく、自分たちで勝ち取るものだ」と危機感を滲ませる。
その危機感の背後に、市場の寡占を進めるGAFAなど巨大なIT企業や、トランプ米大統領といった存在を見てとるのは、筆者だけではないだろう。
また、現在の日本経済については好調であるはずなのに二%のインフレ目標を達成していないことは不可解であると首をかしげる。しかし、今回はその原因は「企業が賃金を十分に上げないこと」と「モノの価格を上げたがらないこと」にあると指摘している。
テクノロジー、資本主義、民主主義、米中貿易戦争、そして経済学の役割について、忌憚なく語ってもらった。その最新のインタビューをここに届けたい。
AIによる大量失業は当分訪れない
──テクノロジーがさらに進化すれば、いずれ機械が人間の労働を奪ってしまうかもしれない……このような脅威論をどう捉えますか。
クルーグマン AIについては誇張されている面が多いと思います。テクノロジーの変化によって排除される人はつねにいますが、AIによる大量失業の時代が来るのはまだ先のことでしょう。
一度機械に人間の仕事を奪われたら、やがてすべての仕事が奪われるんじゃないか、という恐怖心はいつの時代もあります。しかし歴史的にみれば、仕事の代謝はいつの時代にも起こっています。アメリカではかつて国民の多くは農業従事者でしたが、いまは効率化が進み農業従事者は数百万規模にまで減っています。代わりに別の仕事が生まれました。
テクノロジーが資本主義を脅かすという強い偏見があり、労働力の使用に反しているとしたところで、では賃金の低い仕事しか得られないほうがいいんですか、ということです。そうではないでしょう。
AIがすべての仕事を奪うという話は、現実の出来事からはまったく乖離しています。ロボットの生産性はいまだ低いままです。仮に人間のように考えることができるAIや機械が現れたとしても、それでどうなるというのでしょう。AIたちが我々全員を殺すというのでしょうか。