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巨大銀行のカルテ リーマンショック後の欧米金融機関にみる銀行の未来
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経済・金融
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第1章 ドイツ銀行の憂鬱

『巨大銀行のカルテ リーマンショック後の欧米金融機関にみる銀行の未来』
[著]若奈さとみ [発行]ディスカヴァー・トゥエンティワン


読了目安時間:1時間5分
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ドイツ銀行のマエストロ


2019年5月末

ドイツ銀行のゼービングCEOは、

パソコンに映し出される画面を見つめた。

ドイツ銀行の株価は、

6ユーロを割り込むか否かの水準にまで落ち込んでいる。


50歳にいかない、少したれ目で眼鏡姿の彼は、

いかにもインテリそうな風貌をしている。

ドイツ銀行生え抜きで、リテール業務を統括してきたゼービング氏が

トップに就任し、早1年超が経過した。


「政府がコメルツ銀行との統合話を急かすからだ」

2019年春、政府の説得により、

コメルツ銀行との統合話を進めたものの、決裂したばかりだった。

そして、「ドイツ銀行が新たな増資をするかもしれない」

との観測報道が出た途端、さらに悪い方向へと向かったのである。



2016年9月

ドイツ銀行は、米司法当局から巨額の制裁金を請求され、

経営に対する不安が広がった。

そのときは、増資で乗り切り、株価は一時回復した。

しかし、2018年以降、再び株価は下がり続けた。


ようやく3期連続の赤字から脱したものの、

業績は依然、低迷したままだ。



2000年代、ドイツ銀行は、

高い利益を得られる投資銀行業務に傾斜していった。

その結果、収益構造のバランスを欠くこととなり、

また、さまざまなマネーロンダリング事件に巻き込まれるなど、

先のCEO時代の負の遺産に苦しめられている。


ゼービングCEOは、低迷する株価を尻目に

成果を出そうと、必死に経費削減に取り組んだ。

「株価よ、なんとか持ち直してくれ」

祈りながら、悪循環から立ち直るべく、

日々の対応に追われている。

ひとつひとつの決断は、まさにハムレットの心境のようだ。



2019年7月

「これからは、法人営業を最重視し、

内外企業のサポート役に徹していく」

ゼービングCEOは、

ドイツ銀行の原点に立ち返る大きな決断をした。

ヘッジファンドを顧客にしてきたプライムブローカレッジ業務を切り捨て、

株式トレーディング業務から撤退するという、

思い切った再建計画を発表した。


多くの課題を抱えるなか、険しい道のりが予想される。

しかし、再び輝かしいドイツ銀行の名声を取り戻すため、

ゼービングCEOは、決意を新たにした。


(筆者の想像が含まれます)



ドイツ銀行の株価暴落



 2018年12月末、ドイツ銀行の株価は、7ユーロ以下にまで売られ、大暴落した2016年9月につけた最安値9ユーロをさらに下回った。この値は、ブルームバーグが記録を開始した1992年以来の最安値を更新することとなり、不安が広がった。


 そして2019年4月末、ドイツ政府の強い後押しを受けて、継続されていた同社とコメルツ銀行との統合交渉が打ち切りとなり、株価は6ユーロを割り込む水準にまで売られる展開をみせた。



 ドイツ銀行の株価は、2007年5月に90ユーロを超えていたことを考えると、いかに厳しい状況にあるかがわかる。万が一のことがあれば、リーマンショックを彷彿とさせる金融危機を引き起こすかもしれない。ドイツ銀行に対するそうした不安は、2015年頃から囁かれている。


 しかし、2019年現在においても、なお回復への道筋がみえていない。特に2018年に入り、ドイツ銀行の発行済み株式の約7・64%を保有する大株主である中国の海航集団が、自社の経営悪化により保有するドイツ銀行株を少しずつ売却しており、ドイツ銀行の株価低迷に一層の拍車をかける要因になっている。




 ドイツ銀行は、フランクフルトに本店があり、世界59か国に約2000支店、従業員数約9万人を有している。同社は、ドイツ国内最大の金融機関であるだけでなく、一流投資銀行の集まりである「バルジ・ブラケット」9行の内のひとつでもあり、名実共に巨大銀行である。その総資産額は、2018年末時点で約1・35兆ユーロまで減少したものの、2012年までは2兆ユーロを超えていた。



 歴史を紐解けば、ドイツ銀行は、銀行家のアデルベルト・デルブルック、政治家のルードヴィヒ・バンベルガー、そしてドイツ最大手の総合電機メーカー、シーメンス創業者の一族であるゲオルク・フォン・ジーメンスが1870年に設立した銀行で、150年近くの歴史を有している。


 巨大なドイツ銀行は、預金を預かる銀行でもあり、ドイツ経済のみならず、EU経済へ与える影響も大きい。ドイツ銀行の経営が不安視されるなか、2016年6月、IMF(国際通貨基金)は、「金融システム安定性評価」と題するレポートを発表し、それぞれの大手金融機関が世界の金融システムに与える影響を分析した。IMFは、G-SIBs(ジー・シブズ)のなかで、最もドイツ銀行が、世界の金融システムに与える潜在的影響リスクが大きいとし、「万が一にも何かあれば、すべての人にとり悪いニュースになる」と警鐘を鳴らした。



 長い間、ドイツの大手民間商業銀行は、ドイツ銀行、コメルツ銀行、そしてドレスナー銀行という三大銀行体制にあった。


 しかし、サブプライム危機の影響もあり、経営が悪化したドレスナー銀行はコメルツ銀行に吸収された。そして、そのコメルツ銀行においても、破綻の危機からドイツ政府が救済する事態となり、10年経た現在もなお、政府が株式の約15・6%を保有し続けている。


 つまりドイツ資本で、純粋な民間の大手商業銀行として生き残っているのは、ドイツ銀行ただ1行のみであるが、その存亡すら危機に瀕しているのである。



 もちろん、現在のドイツ銀行が置かれている状況は、約10年前のリーマンショックのときと大きく異なる。発表されている限りにおいて同社は、当時のリーマン・ブラザーズが抱えていたサブプライム関連資産のように、焦げ付いた不良資産を大量に抱え込んでいる訳でもない。また、ここ数年発生していた決算の赤字額に比べて、数十倍もの潤沢な流動資産を有している。


 ドイツ銀行は、預金を預かる銀行であり、金融監督当局による厳しい監視下にあることから、レバレッジ比率・負債調達手段など、そもそもの財務構造が、当時の投資銀行と大きく異なる。


 さらに危機の本質を考えた場合、サブプライム危機においては、時価評価が困難になったサブプライム関連のMBS債(不動産ローン担保証券)やCDO(債務担保証券)などが、世界中に地雷のようにばら撒かれていたのに対して、今回の懸念はドイツ銀行に関連する部分に、ある意味限定される。



 とはいえ、これだけ資産規模も大きく、グローバルに展開し、とりわけデリバティブ市場において巨大なプレーヤーでもあるドイツ銀行の経営不安・株価低迷は、大きな問題である。信用不安を引き起こさないよう細心の注意が必要となるなか、ドイツ政府及び欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)は、同社の経営状態を、注意深く見守っている。


 しかし、かつて世界最大規模にあり、大国ドイツの最大手金融機関が、なぜ今危機に陥っているのであろうか。


※ G-SIBs:Global Systemically Important Banks(グローバルなシステム上重要な銀行)。リーマンショック後、各国の金融監督当局で構成する金融安定理事会(FSB:Financial Stability Board)によって、「グローバルなシステム上重要な金融機関(GSIBs)」を認定する制度ができた。これは、金融危機の際に政府が、経営危機に陥った巨大金融機関を最終的に支援せざるを得なかった反省から、Too Big To Failという事態を避けるために、世界的な金融システム安定に欠かせない金融機関を認定し、より厳しい規制を課すためである。


3期連続の赤字決算と相次ぐトップ交代



 前述の通り長い間、ドイツの民間大手商業銀行は、ドイツ銀行(設立1870年)、コメルツ銀行(設立1870年)、そしてドレスナー銀行(設立1872年)の3大銀行体制にあった。


 これら3大銀行は、第二次世界大戦後にいったん解体されたものの、その後、再組織されて復活し、主にドイツの大企業に対して、貿易金融を含めたさまざまな金融サービスを提供する中心的な担い手であった。


 かつては、日本と同様、大企業と大手金融機関が株を相互に持ち合い、「ドイツ株式会社」と言われるほど密接な資本のネットワークを構築し、長い間ドイツ経済の発展を支えてきた。たとえばドイツ銀行は、1990年代初頭、多くのドイツ国内の有力事業会社の株式を保有し、自動車のダイムラー・ベンツ、保険最大手のアリアンツ、ミュンヘン再保険などの大株主でもあった。



 しかし、1990年代半ば以降、ドイツ銀行をはじめとする民間大手商業銀行は、保有株式の売却を進め、2000年代を通じて大半の持ち合い関係を解消させた。


 背景には、連邦政府による税制・会計基準・企業の情報開示といった制度改正の影響があった。また銀行側も、グローバル展開を目指すなかで、巨額の買収資金が必要になっていた。


 欧州の金融機関は、1986年の英国の「金融ビッグバン」を契機に、証券業務への参入を活発化させた。当時のサッチャー政権下で行われた同改革で、証券売買手数料の自由化・単一資格制度の廃止・証券取引の参入規制緩和などの、政策が実行された。


 その結果、マーケットメーカー機能を担えるようになった外資系金融機関のロンドン市場参入が促進され、ウィンブルドン現象と呼ばれるに至ったことはよく知られている。そのなかで、海外への積極的な展開により、存在感を強め、国際的な金融機関として大きく飛躍を遂げたのがドイツ銀行である。



 ドイツ銀行は、1989年に英国の名門マーチャントバンク、モルガン・グレンフェルを買収した。さらに1999年、デリバティブ(金融派生商品)を駆使した企業向けリスクマネジメント業務に強みを持ち、当時全米第8位の総資産額にあった投資銀行バンカース・トラストを買収し、欧米の投資銀行市場で確固たる足場を築くに至った。バンカース・トラストは、1998年のロシア危機の煽りを受けて巨額の損失を被り、買収が発表されていた。



 そしてドイツ銀行は、長期(2002~2012年)にわたり、トップを務めたスイス人のヨゼフ・アッカーマンCEO(最高経営責任者)によって、決定的に投資銀行路線を歩むことになる。


 同氏は、経営路線の対立からクレディ・スイスを追われ、ドイツ銀行のCEOに就任した経緯があった。同氏の下でドイツ銀行は、欧州のみならず、米国においても積極的に投資銀行業務を展開し、事業の主軸を、より投資銀行業務へと傾斜させていった。これによりドイツ銀行は、投資銀行業務のリーグテーブル(ランキング)において、つねに上位を占める米銀と肩を並べ、トップを競う世界有数のグローバル投資銀行へと成長した。



 それまでの経営戦略の成功を裏づけるかのように、ドイツ銀行の収益は、リーマンショック前年の2007年まで拡大し続けた。しかし同時に、純収益の約7割を法人営業・投資銀行部門が占め、かつその多くをトレーディング業務が占めるに至った。グローバル展開を目指した結果、ドイツ銀行は、投資銀行業務への傾斜を強め、ドイツ地場企業との結びつきが希薄になっていったのである。



 このような投資銀行業務への依存の高さもあり、ドイツ銀行は、サブプライム危機と無縁ではいられなかった。


 米上院常設調査委員会が発表した金融危機レポート(2011年)によると、当時ドイツ銀行は、CDO(債務担保証券)発行元の大手のひとつであった。2004~2008年の間に、約322億ドルのCDO47商品)を顧客に販売し、サブプライム危機発生の要因を作った当事者のひとりと批判された。


 特に問題視されたのは、ドイツ銀行自身が、すでに危機を認識していたとみられる時期(2006年12月~2007年12月)に販売した約115億ドルものCDO15商品)である。


 たとえば、同社が2007年2月に販売したCDO「ジェムストーン(約11億ドル)」について、当時同社のトレーディングデスク(部下約30人)を率いていたグレッグ・リップマン氏が、担保の一部を「crap(屑)」と称していたにもかかわらず、販売によって多額の手数料収入を得ていたと批判された。

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