『呼吸を変えれば「うつ」はよくなる! 研究医が教える禅的呼吸法』
[著]有田秀穂
[発行]PHP研究所
「快」に傾くことの危険性
ここまで、主として呼吸法によってセロトニン神経を鍛えるメリットをお話ししてきました。座禅などの呼吸法や朝のリズミカルな運動によって、朝の覚醒がよくなること、姿勢がよくなり表情がはつらつとしてくること、自律神経の調子がよくなることなどもおわかりいただけたことと思います。
しかし、セロトニン神経を鍛えることで得られる最大の効用は、心のバランスが取れることです。それを私は「平常心」と表現してきましたが、ここでもう少し具体的に、心のバランスについて考えてみることにしましょう。
バランスというからには、どちらにも傾かないことを意味します。しかし、どういう方向に傾かないようにするのでしょうか。それは「快」と「不快」という状態です。セロトニン神経が鍛えられたことによってバランスが取れた心は、「快」にも「不快」にも傾かない状態を維持することができるようになるのです。
といっても、心を機械のように平板にしてしまい、喜怒哀楽を感じないようにするというわけではありません。それでは少しも人間らしくありませんし、かえってストレスをかかえこんでしまうことになるでしょう。
「どちらにも傾かない」という表現だけではわかりにくいので、ここで「快」と「不快」について説明します。
「快」とは、簡単にいえば「気持ちのいいこと」です。これには肉体的な快感と精神的な快感の両方を含みます。肉体的な快感とは、居心地のいい状態に体をリラックスさせたり、おいしいものを気の済むまで食べたり、性的快感に身を浸したりして、とにかく体がいい気持ちである状態に、どっぷりはまることです。
精神的快感は、好奇心を満たしたり、やる気が満足されたり、意欲が報われたり、人から褒められたりといった、精神的に気持ちがよくなることです。こちらは心が快感に包まれた状態です。
私たちはともすると、自分たちのイメージする幸せを、この「快」に包まれた状態と考えがちです。ビジネスで成功したいと考えている人の中には、成功の具体的なイメージを「東証一部上場」とか「社用車はベンツ」「美人秘書」「自社ビル」「資産数百億円」などと考えていたりします。これはまさに「快」に包まれた状態といえるでしょう。
OLさんたちに話を聞いても「外資系に転職して高収入」とか「セレブの彼氏に見そめられて玉の輿」「毎年海外旅行」「いつもブランド品に囲まれていること」といったことを夢にしている人がいます。これも「快」を目指す考え方です。
ところが、この「快」を求める生き方には、大きな落とし穴があるのです。それは、「快には歯止めがきかない」ということです。どういうことかというと、「快」を求めて手に入れても、決してその状態で満足することはないのです。一千万円の年収を実現したら次は二千万円ほしくなり、三千万円、五千万円と、どんどん上を求めるようになってきりがありません。
「快」をつかさどるのは脳の中のドーパミン神経です。