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ロシアを知る。(東京堂出版)
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政治・社会
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はじめに

『ロシアを知る。(東京堂出版)』
[著]池上彰 [著] 佐藤優 [発行]PHP研究所


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佐藤 優




 ロシアはわかりにくい謎の国だというのは、一九世紀から欧米では常識になっている。


 ロシア国家の政策が極端から極端に振れる。二〇世紀初めまでは、世界の反動帝国であったロシアが、一九一七年一一月に史上初の社会主義革命で、共産主義を目指すことになった。この帝国は一九二二年にソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)と改称された。この名称に民族を示唆する言葉が一つも無いことに特徴が示されている。民族(国民)国家を超克し、共産主義社会を目指す過渡期国家であるという理念が国家名に含まれている。過渡期国家というのは、マルクス主義のドクトリンに従うと、共産主義社会では国家が廃絶されることになっていたからだ。しかし、現実のソ連では、国家機能が極限まで高められた。そして、スターリンによる独裁が成立する。もっともこの体制でなければ、第二次世界大戦でソ連がナチス・ドイツに勝利することはできなかったであろう。


 戦後、ソ連は米国と並ぶ超大国になった。しかし、この帝国も一九九一年一二月に自壊した。私は日本の外交官として、モスクワの日本大使館に八七年八月から九五年三月まで七年八カ月間勤務した。そこでソ連が崩壊する過程の目撃者になった(この過程については、拙著『自壊する帝国』新潮文庫、『甦るロシア帝国』文春文庫に記した)。ソ連崩壊後のロシアは、アナーキー(ロシア語ではスムータと呼ばれる)な状況になった。新自由主義的な経済改革が導入され、国家機能も麻痺しかけた。そのロシアも、二〇〇一年にプーチンが大統領に就任してから「非共産主義的なソ連」に変貌しようとしている。


 この過程をロシア人は必然的と考えている。あの人たちには、皮膚感覚でこのようなジグザグが起きる理由がわかっているのだが、それを外部の人たちに対して説明することを「どうせ理解されないのだから」と諦めている。一九世紀のロシアに、詩人で外交官のフョードル・チュッチェフ(一八〇三~七三年)という知の巨人がいた。彼が無題の奇妙な四行詩を残している。


     知恵でロシアはわからない。


     一般の物差しで測ることはできない。


     ロシアは独自のかおを持っている。


     ロシアを信じることができるのみ。(一八六六年)


 私は、ロシアについて、この詩がその特徴をもっともよく示していると考える。


 もっともわれわれはロシア人でないので、あの国を単純に信じることはできない。だから、知恵によってロシアの「独自の貌」について説明しなくてはならない。その際に重要になるのが、(意外と思われるかもしれないが)マルクス主義に関する深い知識だ。マルクスの経済理論とともに、マルクス主義が持つ終末論的情熱だ。この点で、池上彰氏は最適の対論者なのである。


 池上氏は、慶應義塾大学経済学部を卒業した。学生時代は、国家独占資本主義論の第一人者である北原勇教授のもとで学んだ。もっとも指導教授が、日本資本主義の特殊性を強調する講座派系であったのに対して、池上氏の発想は、資本主義システムは普遍的であることを重視する労農派と親和的だ。知識人には思考の鋳型がある。私の社会や国家に対する見方も、労農派的で、日本特殊論にはくみしない。もっとも、どの国も普遍的な資本主義的システムの中で自らの文化を保全している。この大枠で、日本についても、ロシアや米国についても論じることができると思っている。


 ところで一九六〇年生まれである私よりも池上氏は一〇年早く生まれている。全共闘運動のピークが過ぎた頃に大学生になったが、この運動に対して、何らかの態度を表明することが迫られた世代だ。この世代の大学生は、私が見るところ四つのカテゴリーに分けられる。


 第一カテゴリー 全共闘運動の活動家とそのシンパ。ごく一部が新左翼運動を継続したが、大多数は大企業か役所に就職し、その後、日本資本主義を担うエリートになった。


 第二カテゴリー 民青(日本共産党)とそのシンパ。暴力反対を唱え、全共闘や新左翼を「ニセ左翼暴力集団」と規定した。暴力反対を唱えながら、暴力を行使して全共闘や新左翼の活動家と対立した。大企業や中央官庁は、民青系の学生を忌避したので、地方公務員や教員になった人が多い。もっとも目立った活動をしていない学生ならば、警察のブラックリストに載っていないので、中央官庁や大企業に就職することもできた。


 第三カテゴリー 右翼。体育会の一部や、民族主義思想を信奉する学生が、全共闘のスト破りなどを暴力を行使して積極的に行った。現在、日本の保守主義運動を担っている人にも、このカテゴリーに属する人が少なからずいる。


 第四カテゴリー ノンポリ。面倒な政治運動には関与せずに、安定した生活を得るための準備期間として学生生活をエンジョイした。


 数的に一番多いのが、第四カテゴリーだったと思うが、あの時代とどう向き合ったかは、その人の社会に出てからの生き方に大きな影響を与えた。私が見るところ、池上氏はこのうちのどのカテゴリーにも、うまく収まらない。確実にいえるのは、第二カテゴリーの民青や第三カテゴリーの右翼でなかったことだ。全共闘の問題提起には共感を覚えたが、その暴力性は嫌いで、むしろマルクスの経済学と思想を深く学ぶことで、日本と世界の現実を知りたいと考えたのだと思う。だから、営利企業ではなく公共放送のNHKに就職したのだと私は見ている。


 私の場合は、強いていえば第一カテゴリーに近い。池上氏より一〇年遅れの私は、東京の大学に進んでいたならば、全共闘的な空気には触れなかったのだが、東京とは時間の流れが異なる京都で学んだ。しかも同志社大学神学部という特殊な空間にいたので、そこでは一〇年前に東京で起きていた構造が縮小再生産されていた。


 私は過去数年、池上氏とさまざまな出版社から共著を出しているが、その背景には、暴力が嫌いで、日本と世界の現実を、普遍的論理でつかみたいという欲望があるからだと私は考えている。


 本書を通じて読者はロシアについて知るとともに、傑出したジャーナリストであり知識人の池上彰氏の思考についても、その特徴をつかむことができる。


 本書を上梓するにあたっては、モスクワに長期留学の経験があり、ロシア語に堪能な東京堂出版の𠮷田知子氏とフリーランスライターの島田栄昭氏にお世話になりました。どうもありがとうございます。


 二〇一九年五月七日、曙橋(東京都新宿区)の書庫にて

佐藤 優 



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