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ロシアを知る。(東京堂出版)
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政治・社会
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2章 「ソビエト連邦」の遺産──その功と罪

『ロシアを知る。(東京堂出版)』
[著]池上彰 [著] 佐藤優 [発行]PHP研究所


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ロシア革命はなぜ成功したのか

ソ連という巨大な実験の失敗が総括されていない

池上 二〇一七年は『資本論』が世に出てちょうど一五〇年目、ロシア革命から一〇〇年目でした。また二〇一八年はマルクス生誕二〇〇年目でもありました。マルクスは四九歳で『資本論』を書き上げ、その影響を受けておおよそ五〇年後にロシア革命が起きたことになる。ついでにいえば、二〇一八年は日本の明治維新から一五〇年目でもありました。


 しかしソ連とは何だったのか、未だに総括されていない気がしますね。

佐藤 そう。これはかつて日本共産党に在籍していた(ふで)(さか)(ひで)()さんに聞いた話ですが、ソ連の崩壊時、宮本顕治から「我が党は崩壊に対し、もろ手を挙げて賛成する立場をとる」の指示があったそうです。だから現場ではソ連崩壊について一切語るなと。「その代わり君たちそれぞれが、なぜ共産党員になったか、生活に根ざした物語を語ればいい」と。祖父が戦争に行ったとか、あるいは労働現場でひどい待遇を受けたとかね。日本共産党は、それでソ連崩壊を切り抜けたんです。

池上 当時、すごくびっくりしたのは、ソ連共産党が解体した翌日の「赤旗」の一面に、「ソ連共産党の)終焉を歓迎する」という大見出しが載ったことですね。「えーっ?」って。

佐藤 その結果、七〇年も続いたソ連体制というものを、あたかも存在しなかったかのように扱ってしまった。当時、ゴルバチョフが最後までやろうとしていたのは、ソ連の改革です。つまり社会主義体制を生き残らせようとしていた。ところが、いつの間にか消滅して、そのまま今日に至っているわけです。結局、ソ連とは何だったのかを整理できていないんですよね。


 今日のロシアを見ていると、ソ連がそのまま蘇っているように感じる部分もあります。しかし当然、違う部分もある。では両者の連続性と断絶性はどこにあるのか。そういったことを含めて、あの国を検証する必要があると思います。


 ソ連という巨大な実験は失敗で終わったわけですが、しかし天才的な試みも多数行われた。例えば教育の無償化や社会福祉、女性の労働参加やジェンダー的な考えとか。今日では各国で当たり前のように議論されていますが、いずれもソ連なくしてあり得なかったんですよ。


 それから、ソ連は全体主義の観点でしばしばナチスと同一視されますが、本質的に違うものだと思います。ナチスのような人種理論はソ連にはなかった。


 でも「怖い」というイメージがあるのは、やはり国家主義の怖さだと思いますね。

池上 そうですよね。

佐藤 だから共産主義とか帝国主義とか一括りにするのではなく、中身をきれいに腑分けしてみる必要がある。そして、我々が望むと望まざるとにかかわらず、日本を含めた各国はロシアを先例とするかのように、同じ方向に進んでいるように見える。


 米国ではトランプ大統領、中国では習近平国家主席、トルコではエルドアン大統領のように、独裁者型の指導者が国際政治のプレイヤーとして影響力を増しています。これは、国際社会が急速に変動していることと関係しているといえます。議会での慎重な審議をしていると時間がかかってしまい、国家として適時な反応ができません。これに対応するために、各国で行政権が優越しつつあります。プーチン大統領に権力が集中していることも、日本で安倍首相が六年以上にわたって権力を維持しているのも、このような国際社会との文脈で捉えるべきです。それはなぜなのかも冷静に考える必要がありますね。

ロシア革命、ソ連崩壊は必然か偶然か

池上 では、まずロシア革命から振り返ってみましょう。よく言われることですが、そもそもマルクスが考えていた社会主義革命・共産主義革命というのは、資本主義が発展した国において労働者の団結力が高まって起きるというものでした。つまり当時でいえばドイツで起きることを想定していたわけです。ところが現実には、ドイツではなくロシアで起き、さらに中国で起きてしまった。非常に不思議な構造になっていったわけですよね。

佐藤 そのあたりは立場によって見方が分かれますね。ロシア革命が必然だったのか偶然だったのか。ソ連崩壊が必然だったのか偶然だったのか。スターリン主義的なマルクス主義観に立つ人は、ロシア革命が必然でソ連崩壊が偶然だったという見方をします。一方で反共主義者は、ロシア革命が偶然でソ連崩壊は必然だったと見る。そこはだいたい聞くとわかりますよね。

池上 わかりやすい(笑)。


 あるいは歴史に「もしも」はないのですが、もしロシア革命が一九〇五年で終わっていたら、その後のロシアはどうなっていたんだろう。これはちょっと思考実験として面白いと思うのですが。

佐藤 十分あり得ましたよね。一九〇五年の革命で主導権を握ったのは、カデッ(※1)(立憲民主党)です。これは、名称としては日本の立憲民主党と一緒ですね。

池上 そうすると、そのままで一九一七年の革命が起きなければ、ひょっとすると緩やかな立憲君主制の国家になっていた可能性が?

佐藤 可能性はあったでしょうね。ドイツ軍がスイスから封印列車でレーニンをサンクトペテルブルクに送らなければ、歴史は違ったかもしれないですね。

池上 (笑)。

佐藤 ロシア革命に関して、意外に説得力があるのがクルツィオ・マラパル(※2)の見方だと思うんです。彼はムッソリー(※3)の初期のブレーンで、途中で追放されるのですが、『クーデターの技術』という本を書いているんです。これは日本では戦前に改造社から出て大ベストセラーになり、最近は中公選書で復刻版が出ています。


 それによると、ロシア革命は大規模な革命ではなくクーデターだったと。なぜ成功したのかといえば、革命のテクノロジーを持っていたからだというんです。技術力のあるテクノクラートを味方につけ、水道や電気といった主要インフラを制圧して建物を占拠させた。

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