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ロシアを知る。(東京堂出版)
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政治・社会
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3章 ソ連社会の実像──繁栄から崩壊へ

『ロシアを知る。(東京堂出版)』
[著]池上彰 [著] 佐藤優 [発行]PHP研究所


読了目安時間:39分
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ソ連が七〇年も続いた理由は“緩さ”にあり

政治批判も案外自由

池上 ソ連というと、一般的に西側諸国の敵だったというイメージが先行しますね。国民に自由がなく、何か余計なことをするとすぐに粛清されるような。しかしそんな「悪の帝国」であるならば、七〇年も続かないと思うのですが。

佐藤 そのとおりです。ソ連というのは、ある種の「緩さ」がある社会だったんです。これが七〇年も続いた大きな理由だと思います。例えば、「善き人のためのソナタ」というドイツの映画がありますね。

池上 ありましたね。ある劇作家とその愛人を監視・盗聴していた東ドイツのシュタージ(秘密警察)の局員が、その話を聞いているうちに逆に感銘を受け、記録に改ざんを加えて罪に問われないようにするという話ですよね。

佐藤 そう。しかし、こういう話はロシアでは映画になりません。東ドイツでは例外的な話でしたが、ソ連では日常的だったから。KGBがインテリにお目こぼしするのは、よくある話なんです。


 プーチンも回想録で書いていますよ。一九八三年に東ドイツに行って驚いたのは、我々がとうの昔に捨て去った理念をまだ本気で信じている人がいたことだと。それはこういうことなんです。これもソ連のよさの一つでしょう。ルールが厳しいようでいて、実はスカスカなところが多いのです。


 例えば政治的発言も、それほど厳しく取り締まっていたわけではありません。例えば「サムイズダート」という自費出版の小冊子を二〇部くらい刷る程度なら、どんなに厳しい政治批判をしてもまったく問題にならなかった。カーボン紙もタイプライターも自由に買えたし。


 もっとも、ロシアのカーボン紙は質が悪いので、五部くらい刷るのが限界でした。もっと刷ろうと思えば同じことを書き直すしかないわけですが、人間の労力としてはせいぜい四回が限界でしょう。だから合計二〇部くらいしかできなかった。それを製本屋に持ち込んで、小冊子にしたわけです。


 でも考えてみれば、どんな大論文を書いても読者なんて五人ぐらいじゃないですか。日本でもそうですよね。だから二〇部も刷れば十分だったんですよ。むしろ、インテリがその程度で満足するなら、勝手にやらせておこうという発想だったわけです。


 ただしコピー機の普及だけは認めなかった。

コピー機は認めないがFAX機なら利用可

池上 コピー機は政府が管理していたんですよね。民間が自由にコピーを使えると、それこそ反政府文書がどんどんコピーされてしまうので。そこでカーボン紙が使われたと。

佐藤 でも唯一、抜け穴があったんですよ。それがFAX機です。当局はFAX機をコピー機として使えることを知らなかった。単なる電話機としての扱いだったので、外国からの輸入が自由だったんです。

池上 なるほど。

佐藤 そこに目をつけて、モスクワで設立された非政府系の通信社が、インターファックス通信なんです。

池上 そういうことだったんですね。

佐藤 もともとはモスクワ放送のニュース原稿を、西側の記者にFAXで流すサービスだった。これは電話で伝えることと一緒だから、検閲にかからなかったんです。しかしFAXで送れば、それがコピーになるでしょ。だからニュース原稿だけではなく、いろいろな文書がFAXされたんです。もうソ連時代の末期だったから、当局も網をうまくかけられなかったんです。


 余談ながら、ゴルバチョフ財団の日本代表を務めていた服部年伸さんという方がいます。彼は一九九〇年ごろからよくレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)に出かけていて、メドヴェージェフ(前大統領)なんかと親しくしていたんですよ。ただその一方で、毎回FAX機を上限の五台まで持ち込んでは、盗難届を書いて紛失を装いつつ反体制派に配っていた。


 そうしたらある日、ある航空会社のモスクワ支店で水を飲んだとたんに気を失い、目覚めたら病院のベッドの上だったそうです。支店の現地スタッフに、濃硫酸を飲まされたんです。

池上 そんなことがあるんですねえ。

佐藤 現地スタッフは「間違えた」と言っていたそうですが。

池上 ふつう間違えないですよね。要するに警告ですね。

佐藤 おかげで胃袋まで全部焼けちゃって、今でも胃カメラを飲むと大変なことになっているらしい。外国人がFAX機を持ち込んでいて、当局もそれを黙認していたのですが、やり過ぎると目をつけられる。


 でもこういうことは、東ドイツやチェコではあり得ない。抜け道や隙間を作らないのでね。

池上 それは民族性の違いですかね。ドイツ人は緻密ですが、ロシア人はけっこう杜撰でいい加減。

佐藤 ただ帝国を維持するには、そういうスカスカなところも作っておく必要がある。その意味では、ロシア人の知恵ともいえますね。

交通違反も意外と簡単にもみ消し可能

佐藤 ソ連の役人というのは、それぞれの現場で大きな裁量権を持っているんです。例えば路上で交通違反を取り締まっている交通警察官というのは、大佐なんですよ。彼らには、酔っ払い運転のドライバーを拘束してそのまま裁判に送り込むほどの権限が与えられている。言い換えれば、「以後気をつけろよ」という“同志的忠告”だけで見逃すことも可能なんです。


 彼らにとっては、それがお金の源泉でもある。わざわざ大佐が交通警察をやりたがるのは、交通違反をもみ消して小遣いが入るからです。

池上 そう。運転免許証を見せろと迫ると、ドライバーは免許証の間に“たまたま”ルーブル紙幣をはさみながら見せるという(笑)。

佐藤 ソ連の運転免許証というのは、中にカードがあって、違反するとパンチで穴を一個ずつ開けられていくルールです。それで四つになると免停になる。しかし、カードの代わりにルーブルを入れていれば穴の開けようもない。だから何度違反しても大丈夫なわけです。

池上 そうですよね(笑)。

佐藤 だからルーブルを入れておくのが有効。ただし外国人の場合はね、ルーブルの代わりにドルを入れておくと、運が悪ければ外貨を渡そうとしたとして摘発される可能性があったんです。


 その代わりに何がいいかというと、生命保険会社の水着のカレンダー。毎年末、外交パウチ(バッグ)を使ってあれを大量にモスクワに持ってくるんです。そうすると交通違反のもみ消しにも、レストランの列をパスするときにも使える(笑)。

池上 日本のカレンダーは大人気でしたからね。女性のパンストもそうでしょ。

佐藤 そうでしたね。商社員はロシア人女性に目の前で穿()かせたりとか、やっていましたよ。

池上 (笑)。

佐藤 だけど勘違いして、ロンドンあたりで卑猥な写真を買ってきて使おうとするヤツもいた。そうすると捕まる場合があるんです。わいせつ物頒布とかでね。

池上 健全な女性の写真じゃないとダメなんだ(笑)。

佐藤 その程合いがけっこう難しいんですよ。いずれにせよソ連にはそういうスカスカなところがたくさんあったわけね。


 それから私がいた時代にはゴルバチョフによる「節酒令」があり、事実上の禁酒令が敷かれていたんです。だから現地の人しか行かないようなビヤホールでは、ものすごく長い行列ができて、寒空の下で三~四時間待つこともザラだった。


 そうしたら、(ずる)いロシアの友人がいて、私に「持っているカードを見せろ」と言うんです。

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