『ロシアを知る。(東京堂出版)』
[著]池上彰
[著] 佐藤優
[発行]PHP研究所
ロシアなくしてトランプ大統領なし
なぜトランプはロシアと接触したのか
佐藤 トランプ大統領が誕生する半年ほど前、池上さんは全米各地を取材されていましたね。それからメキシコの国境地帯に行って「ヒスパニックの移民の中にはトランプを歓迎している連中もいる」という情報を聞き出したり。たぶん池上さんがあれをやらなければ、日本でのトランプの関心はもっと薄かったと思います。
池上 いやいや、それは過大評価ですよ。
佐藤 いやいや、歴史における個人の役割とはこういうものです。
池上 それはともかく(笑)、二〇一八年二月にトランプ政権の暴露本『炎と怒り』の日本語版が早川書房から出ましたね。私はその解説を書いたのですが。
佐藤 「ジャバンカ」のところが一番面白かった。
池上 そうですね。大統領の娘婿夫婦のイバンカとジャレッドを揶揄した合成語ですよね。
そもそも、なぜトランプは選挙期間中にロシアと接触したのか。後に大統領になるとすれば、それが後で問題になることは明らかです。
それは、むしろ当選するわけがないと思っていたから。ただし、ヒラリーに肉薄はしたい。僅差で負けたことになれば、今後に展望が持てますからね。だから、ある程度追いつくためにロシアと接触した。本当に大統領になる気があるなら、そんなやばいことに手を出すはずがないんです。
佐藤 あれを読むと、奥さんの昔のヌードの話が出てきますね。
池上 そうそう。びっくりしました。奥さんのメラニアは、独身時代にヌードモデルをやっていた。その写真が選挙期間中にタブロイド紙に出たんですよ。
佐藤 そうしたら、メラニアはトランプに「大統領なんてやめてくれ」と泣きついた。私は絶対にファーストレディーになれないし、大スキャンダルになると。それに対してトランプは「心配ない、絶対当選しない」って。
池上 そう(笑)。なので、トランプが当選確実になったとたん、メラニアは悲しみの涙を流す。「大統領にならないって言ってたじゃない」と。
佐藤 今、世界でいかに漫画みたいなことが起きているのかということですね。
※ 『炎と怒り トランプ政権の内幕』 ジャーナリストのマイケル・ウォルフが、二〇〇件以上の関係者取材をもとに執筆。アメリカでは発売から三週間足らずで全米一七〇万部のベストセラーに。
トランプはロシアに弱みを握られている
佐藤 トランプのロシア疑惑というのは、思ったよりも深刻なようですよ。それについて二〇一八年三月に『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』(集英社)という面白い本が出ました。
池上 そうそう、出ましたよね。
佐藤 あれは本当に丁寧によく調べている。トランプのロシアにおけるスキャンダルはいわゆる「黄金シャワー」だけではなく、トランプのカネ自体が一九八〇年代からかなりロシアで作られていた。マフィアとの関係も相当深くて。トランプタワーが彼らの逃げ場になっていたと。それからマネーロンダリングでもトランプの会社が使われていたと。
これはもはやインテリジェンスの話ではなく、クリミナルの話ですよ(笑)。ICPO(国際刑事警察機構)の出番です。だからトランプとしては、ロシア疑惑の蓋は絶対に開いてもらったら困る。言い換えるなら、こういう腐敗したネットワークの中心にロシアがあるわけです。
池上 たしかにトランプの、あのロシアに対する気の遣い方はすごいですよね。とにかく反ロシアにならないように、ならないようにと。
佐藤 これはもう弱みを握られている人間の典型ですね。弱みというのは本人がそう思うから弱みになるわけで、ロシア側はますますそこにつけ込んでくるでしょう。
池上 そうですよね。だからプーチンが大統領に当選したとき、トランプの周りの連中は絶対に電話しちゃいけないと忠告したのに、トランプはそれを振り切ってプーチンに「当選おめでとう」と言っている。
しかもその当時、ちょうどイギリスでロシアのスパイの暗殺未遂事件があったのに(ノビチョク事件)、そのことには一切触れなかった。安倍首相でさえちょっと形式的に触れたのに。本当に弱みを握られている典型ですよね。それほどトランプはプーチンに頭が上がらないんだなとわかりましたよ。
佐藤 ロシアという鏡に照らしてみると、各国首脳の正体が意外に透けて見えるんです。対等に渡り合うことができるタイプか、あるいは単なる小心者に過ぎないかがわかります。
トランプ政権の反知性主義
池上 二〇一六年、トランプが共和党の大統領候補に決まる前、共和党にはトランプ以外に一六人の候補がいた。しかしトランプがそれを次々と撃破していったわけです。しかもあの下品なやり方だったので、共和党のまともな連中ほどトランプと距離を置いた。