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ロシアを知る。(東京堂出版)
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政治・社会
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5章 ソ連・ロシアの幻影を追う日本

『ロシアを知る。(東京堂出版)』
[著]池上彰 [著] 佐藤優 [発行]PHP研究所


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日本は「三二年テーゼ」の呪縛から逃れられない

「天皇制」の原形を作ったのはコミンテルンだ

佐藤 「三二年テー(※1)」という文書がありますね。

池上 一九三二年にコミンテル(※2)が採択した、日本共産党の方針書ですよね。

佐藤 そうです。その中で、日本の支配構造として「独占資本主義」「地主的土地所有」に加えて、「絶対主義的天皇制」という特殊な制度があるとしているのですが、こういう言及がなければ、むしろ今日の天皇制はなかったと思うんです。

池上 と言いますと?

佐藤 戦前のマルクス主義者は「労農派」と「講座派」に二分されます。このうち労農派は社会主義革命を主張していたわけですが、社会主義革命ならば右翼も主張できます。「国家社会主義」や「純正社会主義」という形態もありますから。三一年一〇月には「錦旗革命事件」という、軍部によるクーデター未遂事件もありました。


 一方、講座派は国体変更を目標に掲げ、民主革命を主張した。天皇制は暴虐であり、日本の特殊な型であるから、それを革命によって解体しなければならないと。そのベースになったのが、「三二年テーゼ」だった。


 当然、特高(特別高等警察)は共産党員を弾圧するわけですが、実はその特高自体、「三二年テーゼ」をベースに取り調べをしているうちに、徐々にその構造を浸透させてしまったんです。

池上 なるほどねえ。つまりコミンテルンが「日本にある天皇制という特殊な制度を破壊しなければならない」と規定して、日本共産党はそれに従って動き出したと。

佐藤 そう。そしてその共産党を取り締まっている捜査当局にとって、「三二年テーゼ」はいわば自己成就予言のような存在になってしまった。マル暴の刑事が、だんだん暴力団のような雰囲気になることはよくありますよね。それとよく似てると思うんです。


 そう考えると、実はロシアが日本に対してもっとも強い影響を及ぼし、そして今でも尾を引いているのは「三二年テーゼ」を起点にした天皇制かもしれません。

池上 面白い(笑)。

佐藤 そもそも「天皇制」というと、制度なので改編可能という前提があるはずです。だから共和制論客の左翼が「天皇制打倒」と表現するのは正しい。ところが自民党や右派が「天皇制擁護」と表現するのはおかしいですよね。

池上 彼らにとって天皇は制度ではないからね。

佐藤 そう。本来なら「皇統」「皇室」「国体」といった言葉を使わなければいけない。つまり「天皇制」と言ってしまうと、それはコミンテルンの枠組みなんです。あるいは安倍政権が「革命」を多発するのも、その影響かもしれません。

池上 だいたい敵によく似ると言いますよね。例えば二〇〇一年に同時多発テロが起きて以来、アメリカでは愛国者法という法律ができた。これによって、対テロの名目で盗聴でも何でもできるようになりました。言論や表現の自由、民主主義がどんどん蝕まれている気がします。さらにCIAについては、海外活動における殺害実行も容認されている。それは結局、アメリカという国自体がどんどんテロリスト的な国家になっていくことを意味しますよね。


※1 三二年テーゼ 正式名称は「日本における情勢と日本共産党の任務に関する方針書」。

※2 コミンテルン 国際共産主義運動の指導組織。「第三インターナショナル」ともいう。一九一九〜一九四三年まで存在。

「日本特殊論」のルーツは講座派にあり

佐藤 天皇制だけではありません。戦後の「日本型経営」にしても、バブル期の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」にしても、日本が特殊な存在であるという考えはいずれも講座派のフレームです。


 あるいは第二次世界大戦後の農地解放自体、講座派を前提としていますよね。その意味ではアメリカの占領政策も、「三二年テーゼ」の影響を強く受けているんですよ。

池上 アメリカが日本を統治するとき、講座派の理論や「三二年テーゼ」を一生懸命研究したということですね。

佐藤 そういうことです。つまりアメリカも日本の当局も「三二年テーゼ」をベースにしながら改革を行った。だから余計、「三二年テーゼ」が正しいように見えてくるんですよね(笑)。


 それは論壇やアカデミズムにも影響を与えていると思うんです。基本的には講座派が主流で、例えば最近なら白井聡さんの『国体論 菊と星条旗』 (集英社新書)やその前の『永続敗戦論』(講談社α文庫)も、講座派の日本特殊論そのものです。やはり「三二年テーゼ」の呪縛から逃れていない。

池上 日本特殊論のルーツはそうですよね。

佐藤 だからこそ、そうではない言論が注目を集めるんです。例えばベストセラーになった呉座勇一さんの『応仁の乱』(中公新書)やその前の『戦争の日本中世史 「下剋上」は本当にあったのか』(新潮選書)は、明らかに講座派に対する異議申し立ての視点で書かれています。その新しさが受けているのでしょう。


 あるいは(から)(たに)(こう)(じん)さんが論客としてずっと影響を持ち続けているのも、数少ない労農派でアンチ講座派だからです。彼は宇野弘(※1)や鈴木鴻一(※2)の系統にいて、ウォーラーステイ(※3)の「近代世界システム論」を前提にしているんですよね。


 たしかに「三二年テーゼ」がなかったとして考えると、文明開化も大正デモクラシーも特殊な話ではなく、世界的に見られる普遍概念なんですよね。それを日本特殊論で見てしまうのは、「三二年テーゼ」をベースにしているから。


 つまりソ連は、日本に構造的なオペレーティングシステムを埋め込んだといえるかもしれません。オペレーティングシステムだから、アプリを入れ替えても変わらないんですよ(笑)。

池上 我々は戦後教育の中で、例えば大日本帝国憲法にしても、前近代的で帝国主義的なとんでもない憲法だったと教えられてきましたよね。しかし冷静に見直してみると、立憲主義がちゃんと入っていて、天皇の権限も規定されています。当時としては、実はかなり進んだ憲法だったんです。それが遅れているというイメージになったのは、やはり講座派的な発想の影響でしょう。

佐藤 それと、帝政ロシアのツァーリズムをそのまま重ね合わせたわけですね。


 問題は、講座派の影響が我々の無意識のレベルにまで浸透していることです。だから何でも最終的には日本特殊論になってしまう。一部の有識者がそれに異を唱え、普遍的な価値観を提示しようとしても、かならず(せき)(りょく)が働いて日本特殊論に引き戻されてしまうんです。


※1 宇野弘蔵 一八九七〜一九七七年。経済学者。マルクス経済学を原理論・段階論・現状分析の三段階論で再構築し独自の経済理論を構築したことで知られる。

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