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寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか(大和出版) 女の人生をナナメ上から見つめるブックガイド
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生き方・教養
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『寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか(大和出版) 女の人生をナナメ上から見つめるブックガイド』
[著]チェコ好き(和田真里奈) [発行]PHP研究所


読了目安時間:7分
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私の1冊が、あなたにとっての1冊になれたとしたら



「ひとを批判したいような気持が起きた場合にはだな」と、父は言うのである「この世の中の人がみんなおまえと同じように恵まれているわけではないということを、ちょっと思いだしてみるのだ」



 これは、スコット・フィツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』の、冒頭に登場する文章だ。私は折に触れて、この小説を、特にこの冒頭の文章を、日常の中で思い出す。



 女性向けのファッション誌などを読んでいると、少し疲れてしまうことがある。


 もちろん、多くの人は頭では理解しているはずだ。「結婚しない幸せもある」「ひとりで生きるのだって悪くない」と。


 だけど女性向けのファッション誌を開くと、そこにはいまだに「未来の素敵なパートナーを射止めるため」あるいは「幸せな結婚生活を維持するため」の情報だけが載っている。それだけだったらまだいいけれど、本書の中でも書いたように、恋人との結婚を諦めた理由のひとつに「家族」がある私にとっては、ファッション誌にたまに載っている「結婚できない女はみんな理想が高いのよ。現実を見て、妥協しなさい!」という軽めの恋愛コラム(これを、私は実際に人に言われたこともある)に、力なく笑うことしかできない。


「結婚」にも「出産」にも、とても個人的な事情が絡む。みんながみんな、同じ条件のもとにできることではない。


 芸能人の結婚会見などでも、いまだに「お子さんの予定は?」という質問がなんのためらいもなく、記者から飛び出す。私は未婚だけれど、あの質問は、いつも聞いていてとても嫌な気持ちになる。


 もちろん、記者は自分の意志というより仕事で聞いているに過ぎないから、記者その人に対して不快に思うわけではない。そういうことをためらいなく記者に聞かせてしまう「世間」を、私はいつも不快に思っているのだ。



 でも、ただ他人や世間に対して怒っているだけというわけにもいかない。


 私自身も、人の抱えている事情を知りもせず、軽率な発言や質問をしてしまったことが、自分で気付いていないだけできっとたくさんあるのだろう。私はある部分ではどうしようもなく不運だけど、ある部分ではとてつもない幸運に恵まれて、今この場所に立っている。だから、自分を勇気づけるために、あるいは自分を戒めるために、折に触れて『グレート・ギャツビー』の冒頭の文章を思い出すのだ。



 100年近く前に書かれた文章が、こうして今も生きている。そのことに、「本」の不思議な、でも底知れない力を感じる。恋愛の話題を扱うウェブサイト「AM」で本の連載をしたいと思ったのも、またこの「本の紹介をする本」を書こうと思ったのも、私自身がいくつもの本に励まされた女性であり、その力を信じているからだ。



 アーザル・ナフィーシーの『テヘランでロリータを読む』は、まさにその「本の力」を感じられる本である。「『おわりに』まで本の紹介かよ」って感じだけど、そういえばこの『テヘランでロリータを読む』でも、著者のアーザル・ナフィーシーと彼女のもとに集まった学生たちが、『グレート・ギャツビー』を読んでいた。



 英文学者である著者は、イラン革命後の、当局の監視の目がいたるところで光る全体主義社会を生きる。


 とりわけ女性に対する抑圧が厳しい中で、アーザル・ナフィーシーは勤めていた大学を辞め、自宅に数人の学生たちを招き、西洋文学の読書会を開く。ナボコフ、フローベール、ヘンリー・ジェイムズ、スコット・フィツジェラルド、ジェーン・オースティン。当時のイランでは読むことが禁じられていた文学ばかりだ。


 この秘密の読書会で、彼らは様々な議論を闘わせながら、自分たちを取りまく現実に抵抗するための、言葉と意志と力を養っていく。

『グレート・ギャツビー』は、不倫を奨励する小説なのか? いや、不倫や貞節や結婚がいかに複雑なものかを、理解するための小説なのだ──著者と学生たちは、女性の結婚年齢が9歳にまで引き下げられ、姦通には石打ち刑が適用される、現代の私たちには想像もつかない抑圧的な社会で、丁寧に言葉を重ねていく。物語を通して考えることで、初めて自分の中にあった欲望に気付き、感情に言葉が与えられる。



 革命後のイランと今の私たちの日本では、確かに状況が違いすぎる。だけど私たちも彼らのように、「本」を通して、現実に抵抗する力を養うことができるはずだ。



 もちろん一部の人には、「抵抗とかじゃなくて、とにかく早く結婚して、安心したいんだけど……」と、思われちゃうかもしれない。今の日本に生きる独身女性が寂しさやモヤモヤを手放すには、パートナーを見つけて、結婚して、子供を作ることが、確かにひとつの有効な方法ではあるのだろう。



 だけど、人生は長い。2030代の女性が結婚したとして、その先にまだ50年近い年月が待っている。その長い年月の中できっと、あなた自身も変わるし、社会も変わるだろう。だから、ひとりで生きるにしても、誰か信頼できるパートナーと共に生きるにしても、覚えておいてもらえたらいいなと思う。


 私たちは、抵抗できる。この現実を、社会を変える力を、ひとりひとりがきちんと持っている。今目の前にある「あたりまえ」は、「あたりまえ」なんかじゃない。寂しさもモヤモヤも、既存の方法ではなく、もしかしたらまったく新しい方法で、打開できるかもしれないのだ。その方法を考えるための、言葉と意志と力を、「本」は私たちに与えてくれる。

「あらゆる優れた芸術作品は祝福であり、人生における裏切り、恐怖、不義に対する抵抗の行為である」とは、『テヘランでロリータを読む』にあるアーザル・ナフィーシーの言葉だ。異なる時代、異なる国、異なる社会に思いを馳せることが今目の前にある「現実」に抵抗する手段になりうるとは、なんとも不思議な話だ。だけど、それこそが本の、文学の力だと私は思う。



 これを読んでいるあなたが、今どんな境遇にあるのか私は知らない。


 恋愛に悩んでいるのかもしれないし、結婚できないこと、あるいは結婚生活そのものに悩んでいるのかもしれない。育児に悩んでいるのかもしれないし、不倫に悩んでいるのかもしれない。あるいはそれらとはまったく別のところにある、差別や偏見に悩んでいるのかもしれない。それらの悩みの具体的な解決方法を、不親切にも私はこの本に書かなかった。というか、具体的な解決方法など私にはわからない。みんなそれぞれ置かれている境遇が違うし、状況は刻一刻と変化するからだ。



 だから、『テヘランでロリータを読む』でアーザル・ナフィーシーが語っている言葉を、最後にもう一度引用しようと思う。ナボコフの『断頭台への招待』を、著者は自宅に集まった学生たちと読み解いていく。



 結局、シンシナトゥスは断頭台に連れてゆかれ、処刑のために台に頭をのせる際に、「独りでやる(バイ・マイセルフ)」と呪文のように言いつづける。みずからの独自性を絶えず思い起こさせるこの言葉が、そしてものを書く試み、看守から押しつけられた言葉とはちがう言葉をはっきりと語り、つくりだそうとする試みが、最後の瞬間に彼を救う。


「独りでやる(バイ・マイセルフ)」。


 これは決して、寂しくて後ろ向きな言葉ではない。ひとりで生きるにしろ、誰かと共に生きるにしろ、最後に自分を救えるのは、まわりから与えられた価値観ではない。自分で見つけ、自分で考え抜いた言葉だけだ。



 もちろん簡単ではないけれど、この本や、この本で紹介した本が、少しでもその手助けになればいいなと思う。


チェコ好き(和田真里奈)

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