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宝塚歌劇 柚希礼音論(東京堂出版) レオンと9人のトップスターたち
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ルポ・エッセイ
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8章 真琴つばさ リアルな演技と過剰な演技 〜退団直前〜

『宝塚歌劇 柚希礼音論(東京堂出版) レオンと9人のトップスターたち』
[著]松島奈巳 [発行]PHP研究所


読了目安時間:17分
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余儀なくされるオーバーアクション


 テレビと映画と舞台で、役者の演技は異なるか?


 異なるというのが、正解だろう。


 バストアップ(腰から上)で映し出されるテレビでは、顔の表情が重要になる。大型スクリーンで全身をとらえる映画では、ボディラインや肩の落ち方・腕の角度でも落胆・歓喜・絶望・苦悩などを表現できる。


 さて、芝居である。これも小学校の教室程度の小さな劇場から、418席の紀伊國屋ホール、はたまた1800席余の歌舞伎座まで、劇場のキャパシティによって演技のメソッドは異なる。


 宝塚大劇場は、定員2500人余と日本最大級の大型劇場である。最後方から見下ろすと、ステージ上のスターは豆粒ほどにしか見えない。東京宝塚劇場も、2000席余り。宝塚大劇場に併設される宝塚バウホールは小ぶりな劇場と呼ばれるが、それでも紀伊國屋ホールより大きく定員526席である。要するに、宝塚歌劇の劇場は、総じて、でっかい。


 マイクのなかった時代のヨーロッパの歌劇場にあって、いわゆるオペラ歌唱が生まれたのと同じ理屈で、大空間で芝居する宝塚歌劇ではオーバーアクションを余儀なくされる。抱擁シーンでは、いったん両腕を180度より大きく広げて、タッタッタと歩み寄り、ガシっと抱き合う。両腕をムササビのように、いったん広げるのがミソだ。


 このオーバーアクションこそ「クサい」「ワザとらしい」と呼ばれる一因であり、「宝塚=学芸会」論の根拠にもなっているのだが、2500席という海外でもあまり例のない大型劇場を本拠地としている宿命であり、オーバーアクションと責めたてるのはいささかお門違いだろう。


天海祐希のチャレンジ


 だが違和感を抱くのは致し方なく、天海祐希もそのひとりだった。たびたび引用している『AERA』の「現代の肖像」から引く。


音楽学校の観劇日に舞台を見た時から、好きな男役と嫌いな男役があった。オーバーアクションや声色で「男」を誇張するクサイ男役には、最初から抵抗があった。(中略)

天海にはこれまでの宝塚の男役が持っていた何かが欠落している。それは、宝塚くささといった言葉に置き換えられるものだ。それゆえ、宝塚を敬遠していた人も天海には抵抗がない。(中略)

派手なメイクやピカピカの衣装、舞台、そして男役という倒錯が垣根となって、宝塚に入っていけない人がいる。男役スターの魅力は実に多様だが、天海はその垣根を取り払うことができる初めてのスターかもしれない。



 オーバーアクションなしで、2500席の大劇場の隅々まで演技を行きわたらせる。天海は、そんな試みにチャレンジした。


 その成果は、正直よくわからない。


 天海の芝居は、たしかにクサくはない。くっきりすっきり透明だ。いささか抽象的な表現になるが、絵画でいえば二科展を見たような気になる。美術大学出身だからテクニックは確かであるし、素材・テーマもそれなりに練られている。だがピカソやマチス、梅原龍三郎や片岡珠子のような、やむにやまれず書かずにいられないという切迫感がない。


 先の『AERA』を引けば「宝塚を敬遠していた人も天海には抵抗がない」のは事実であろう。

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