『宝塚歌劇 柚希礼音論(東京堂出版) レオンと9人のトップスターたち』
[著]松島奈巳
[発行]PHP研究所
最高峰トニー賞を2年連続受賞
21世紀が幕をあけた2001年の6月。アメリカ演劇界の最高峰トニー賞授賞式が、ニューヨークで開催された。
授賞式での華は、ミュージカル部門。最優秀演出賞にノミネートされたのは4人の俊英で、それぞれが手掛けた作品は下記の通り。
日本版でV6の井ノ原快彦と長野博が主演した『プロデューサーズ』
大ヒット映画版でもおなじみで、男優が全裸になる『フル・モンティ』
カルト的人気を誇るロック・オペラの古典『ロッキー・ホラー・ショー』
久々の再演となった超有名作『フォーティ・セカンド・ストリート』
栄えあるトニー賞を受賞したのは、『プロデューサーズ』のスーザン・ストローマン女史。ちょうど1年前の『コンタクト』に続き、2年連続受賞の快挙となった。
ストローマン女史がやるのなら
2015年5月の退団以降はじめて、柚希礼音がミュージカル活動を再開した。復帰第1作となったのは、東急シアターオーブで開幕した『プリンス・オブ・ブロードウェイ』である。
第一報を聴いた率直な感想は、ずいぶん懐疑的であった。ハロルド・プリンスといえば、『オペラ座の怪人』『キャバレー』『屋根の上のバイオリン弾き』などで知られるブロードウェイの超一流演出家である。その名を冠したショーであり、共演者もブロードウェイの現役スターが登場する。ゴージャス感に疑いの余地はない。
ただしゴージャス感を優先するあまり、肝心のステージの密度が薄まってしまったら。そんな危惧を抱いた。柚希礼音がいかにスゴいかを示すために、ハロルド・プリンスというミュージカルの帝王の名前を借り、代表作の有名シーンをパッチワークし、日本人にはなじみのない役者を「現役バリバリのスター」に仕立てて、「柚希礼音は、世界に通用するスター」という実績を残すのが最優先された復帰第1作だったら。そんな危惧である。
だが「共同演出・振付:スーザン・ストローマン」と知って、「本気なんだ」と考えを改めた。
御年87歳になるハロルド・プリンスは、もはや伝説でもありミュージカル史に残る名演出家だ。自分の名前を冠した記念碑的ショーは演出家人生の総決算となり、たとえ中身が薄かったとしてもこれまでの名声に傷がつくわけではない。しかしストローマンは、ちがう。公演中に61歳の誕生日を迎え、演出家としては脂ののりきった時期にさしかかる。近年には、メトロポリタン歌劇場のオペレッタ『メリー・ウィドウ』(レハール作曲)の新演出も手掛けている。メトロポリタン歌劇場といえば、ニューヨークを本拠とするアメリカの最高峰オペラハウスだ。
コンビニ弁当をさげた英国イケメン
少々の脱線をご容赦いただきたい。
プロ野球でもJリーグでも外国の一流どころが日本に招聘されて、本場の実力を見せるという例は枚挙にいとまがない。あまり知られていないが演劇でも、びっくりするような有名どころが活動しているケースがままある。
今から20年ほど前の体験になるが、東京の江東区に「ベニサン・ピット」という劇場があった。若き蜷川幸雄が意欲作を初演し、当時はTPTという演劇プロジェクトが次々と話題作を手掛けていた。この劇場に所用で赴いたあと、夏のことでノドがかわき、近くのコンビニに入ろうとしたところ。自動ドアで、ウェーブのかかった長髪をなびかせた白人男性とすれ違った。お茶のペットボトルとシャケ弁が入ったコンビニ袋を手に提げていた。
演出家のデビッド・ルヴォー(1957年生まれ)。ロンドン生まれで、マンチェスター大学卒。ロンドンの演劇街を代表するウエストエンド演劇賞ほか、手掛けた作品がトニー賞にたびたび輝いている俊英で、この時期、ベニサン・ピットで定期的な公演を手掛けていた。