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私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男
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ルポ・エッセイ
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私の経営法

『私の行き方 阪急電鉄、宝塚歌劇を創った男』
[著]小林一三 [発行]PHP研究所


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私の経営法

無理に形を整えざること


 私共の経営下にある劇場や映画館は、一つの東宝チェーンというものによって統制されている。まず名前を挙げると、東宝直営のものには東京宝塚劇場、日比谷映画劇場、横浜宝塚劇場、名古屋宝塚劇場、京都宝塚劇場と日本劇場の六つ、阪急直営のものでは宝塚大劇場、同中劇場、同小劇場、阪急会館で、その中から借りているものは阪急会館である。


 かくて日本の映画館は、大体松竹の系統と日活の系統と、そして我が東宝の系統の三つに分かれ、対立するであろう。ところで、私の考えではそれらは同じ系統でさえあれば良いのであって、無理に(ひと)(ところ)にするとかえっていけない。松竹などは会社を大きくしたがために、例えば明治座でも、歌舞伎座でも、東京劇場でも単独でやっていた頃は配当をしていたが、大松竹に合併してから無配当になってしまったという事がある。つまりそこに無理があったからで、私は無理に合併して膨大な会社にしようとは少しも思っていない。銘々がもうかるように連絡をとってチェーンをつくれば良いと思う。何事によらず無理は禁物である。


 その他劇団としては、私共は宝塚少女歌劇劇団と東宝劇団、および東宝古川一座と日劇のダンシングチームの三つの劇団を持っている。(くろ)(うと)はいろいろ言うけれども、結局私のいう国民劇というものは、東宝系統の劇場から生まれて来るものと信じたのである。映画にしても、東宝の六大都市チェーンに封切りして、それで元がとれればいよいよ本格的に映画製作を始めたいと思っている。


 こういう風に、私共は常に計画を持ち、いつでも次の準備工作を怠っていないのであって、機が熟した時に初めて仕事を興すのである。したがって事の運ぶのが極めて自然で、決して無理に形を整えたり、力にあまる仕事はしない。例えば東宝チェーンにしても、突然生まれたのは建物だけで、大衆本位の商売には三十年の体験と予備知識の集積があるし、いよいよ始めるまでには多年準備工作に必要な努力が払ってあるのである。


 東宝の資本金は四百五十万円全額払い込みであったが、この他に借入金もたくさんあった。私の方の行き方は百万円の事業をつくれば五十万円は借入にする。そして利益で五十万円を早く償却する。つまり一割の配当をして、利益をもって十年なら十年と限って原価を償却して借金を返すという方法である。

事業の基礎を大衆に置く


 私の若い頃は文学青年で、小説家を志願して文学をいじったり小説を書いた事があった。こういう思想は、悪くゆけば道楽者で堕落するし、うまくゆけば相当の文士になれたかもしれない。とにかくそんな人生を通って実業界に入って来たから、大衆の気持ち、大衆の動向というものに非常な興味があるし、またよく分かる。だから(なん)(どき)でも大衆に接する仕事、電車の乗客に対してはどうすべきものか、百貨店のお客様はこれこれである。芝居をやれば、どうしたら客が来るかというような事を年中考えている。つまり私という人間は客商売に非常な興味を持っている。したがって私にとっては仕事すなわち遊び、遊びすなわち仕事という事が出来る。誠に幸福な話である。


 だから例えば、梅田駅のプラットホームに立って二十分間もいると、今日はお客様の数が何万人あるか、収入はいくらくらいという事がすぐ想像出来る。電車に乗って一回りすると擦れ違う電車の人の乗り具合を見て、今日はどれほどの収入があるかなという事が大体見当がつく。また映画を見ても、表をひょっと見ると、どのくらいの入りがあるか見当がつく。百貨店でも地下室から八階まで上がって、それからぐるぐる降りて来るとその日の売り上げがたいてい想像出来る。そういうような人の動きとか波を見て歩くのは非常に面白い。


 ところで従来興行という事業はいわゆる水物として非常に危険視されている。独り興行に限らず、レコードにしても、また食堂にしても、大衆を相手とする商売はとにかく水商売として識者や堅実な事業家から敬遠されがちであった。またこれをやる人は一攫千金、うまくゆかなければ夜逃げしても良いといういわゆる興行師気質、山師気質でやっておった。


 しかし私自身の仕事は、電鉄でも百貨店でもみんな大衆本位の仕事をしているが、大衆本位の事業ほど危険のない商売はない。大衆から毎日現金をもらってする商売には貸し倒れがあるじゃなし、商売がなければないように舵をとってゆけばよい。誠に大衆本位の仕事ほど安全なものはないと私は信じている。しかし、おおよそ安全な商売は利回りの少ないのは当然で、公債の利子が安いと同じように、電鉄にしても、デパートにしても、また興行にしても、そううまい()()をねらうのは間違っている。もうけるという事からいえば、新しい事業で例えば人絹(編注:レーヨン)をやるというような事もあるが、残念ながら私には知識がない。しかし大衆相手の商売には、先にも言ったように、三十年来の経験と知識があるから、どういうものが良いか悪いかの判断がつく。


 大衆娯楽という事業は経験が証明しているように、大砲の音が収まればその翌日から繁昌する事業である。だから真剣に仕事をすれば、必ず資本家がついてくるに違いない。ただ、今までは(たま)(たま)もうかるが、経営がインチキであるために危険視され、資本家の資本が集まらなかったのだ。経営を合理化さえすれば非常にうまくゆく。やりようによっては立派な事業になる。そして立派な企業家であるという観念を株主、一般資本家に与えれば彼らは必ず信用してくれるだろう。しかも日本では誰も手をつけていないから、「天下の遺利ここにありや」という訳で、研究する事二十年、これならやれるという確信を持つに至ったのである。

大衆相手の事業の行き方


 およそ商売は安全に確実に行けば行くほど利が薄くなるのは決まり切っている。電鉄にしろ、百貨店、劇場にしろ、お客本位に安く売るように経営すれば、そううまい遣利のあるはずがない。ところが従来の興行のやり方を見るとほとんど水物商売で、当たればもうかるが当たらなければ夜逃げするという風であった。いわば相場を張るようなものであった。


 しかしこんな行き方は決して堅実なものではない。大阪でも東京でも定期市場で大将軍とか何とかいわれて大きな相場をする人は、大概遅かれ早かれ没落している。しかし定期取引市場でも毎日の(さや)を取って先物をつないでいる人は、大きいもうけもしないが、利回りそのものを稼ぐという事から、年がら年中相場を立てている人よりももうけている。

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