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歴史を変えた10の薬
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歴史
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Chapter9 個人的な物語、スタチン

『歴史を変えた10の薬』
[著]トーマス・ヘイガー [訳]久保美代子 [発行]すばる舎


読了目安時間:49分
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スタチンを飲めというのか?


 それはつまらないダイレクトメールのようにみえた。通常ならすぐにゴミ箱行きだが、差出人が、加入している健康保険組織になっていたので、私は封をあけた。中身は見知らぬ医師からの型どおりの手紙だ。この医師は、やや一方的な助言を提案していた。なんでも、私の健康記録によると心疾患リスクが正常より高いので、スタチンの服用を検討してはどうかという。ご丁寧に人気のあるスタチン系薬剤の名前の一覧もつけてある。何をせよとまでは、はっきり書いてないが、いいたいことは明らかだ。


 おいおい、これはなんだ? 健康保険組織から、自分がなりそうなことも知らなかった病気を予防するために、全然知らない薬を飲み始めよと助言されているということか? 私の主治医から年一回の健康診断でスタチンのことを聞いたことは一度もなかった。ではなぜ、こんなダイレクトメールのような手紙が来たのだろうか。


 この疑問に対する答えを探しているうちに私は、現在の巨富を生む製薬業界という新たな未知の領域へ踏みこみ、最終的には六ヵ月間の探究の旅になった。この旅で、私は米国で医療のありかたが大きく変化していることを知った。この旅のおかげで、現在の処方薬の現場について理解が深まり、薬剤の大げさな宣伝を跳ねのけるための有用な策を知り、高く推奨されている薬物療法の有用性がいかにささいなものなのかを理解した。こうして知った事実のなかには、驚かされるものもあった。



 大事なことをさきにいっておこう。スタチンは驚くべき薬である。一九八〇年代に登場したこの薬は、医学界のまさに革命児だった。血中コレステロール量を劇的に低下させ、現在もっとも恐れられている疾患のいくつかを治療したり予防したりでき、世界中の何千万もの人びとが使用している。ほかのほぼどのクラスの薬物よりも、多くの患者を対象により多く研究され、発表された論文も多い。この薬は膨大な数の命を救ってきた。ほかの大半の処方薬と比べて、副作用が非常に軽い。そして多くが特許期間外でジェネリック医薬品が利用可能なため、非常に安価である。


 世界的に大人気になるのも無理はない。それでもなお……。


 ひとりのトップ心臓専門医がスタチンについての最近のレビューでこのように述べている。〈一〇〇万人を超える患者の何年もの試験データや、超一流の医学誌に掲載された複数の文献があってもなお、ヘルスケアにおけるその薬の地位について、非常に多くの議論がいまだにつづいていることは注目に値する〉データが増えれば増えるほど、結論があいまいになっていくようだ。


 そして、スタチンの巨額の売り上げが、厄介な問題を導いている。スタチンがそれほどすごいものなら、一部の医療専門家が助言しているように、五五歳以上の人はみな基本的にこの薬を服用すべきなのだろうか。この薬は比較的新しい。私たちが知らない長期の副作用はないのだろうか。スタチンを服用することで、人びとは悪い習慣に促されないだろうか(たとえば、〈スタチンを飲んでいるから、食べたいだけ食べていい〉と考えるなど)。そして、もっと基本的なレベルで、コレステロールを低下させることがそれほどいいことなら、専門家たちはなぜいまだにそれについて議論しているのか。


 スタチンについて知れば知るほど、私の疑問は増えていった。


日本人、遠藤章が米国でみた光景


 スタチンの物語は、一九五〇年代末から始まる。それは大学生だった遠藤章(えんどう・あきら)が、人生を変える本、有名な医学者アレクサンダー・フレミングの伝記を読んでいたころである。フレミングは、アオカビ属ファミリーのカビが産生したペニシリンを発見した。遠藤が感銘を受けたのは、カビが薬を生みだせるという概念だった。カビはキノコ類と同じく真菌類で、アジアの真菌類は健康に良い食品や加齢に効く漢方薬として用いられている。ほかにも何か重要な薬をカビは生みだしているのではないだろうか。


 遠藤は、この疑問に答えることに生涯を費やす。薬物探求のキャリアを開始し始めてしばらくすると、遠藤はニューヨーク市のアルベルト・アインシュタイン医科大学で時を過ごし、一九六〇年代後半の芳醇な米国文化に触れ、軽いカルチャーショックを味わっていた。米国の豊かさとパワーに圧倒された。超高層ビルやパーティ、あふれるほどのお金や音楽。


 もうひとつ衝撃だったのは食べ物だ。〈高齢で過体重の人びとの多さと、日本と比べて米国の豊かな食生活にひどく驚きました〉と遠藤は書いている。〈私が暮らしていたブロンクスの住宅地域には、多くの高齢カップルが独立して暮らしていましたが、心臓発作で高齢者が救急車で病院に連れていかれるのを何度も目にしました〉。


 遠藤は、当時のほかの多くの医学専門家と同じく、この三つ、食生活、肥満、心臓病をつなぎ合わせた。医師たちは、心臓を悪くした患者の多くは脂肪の蓄積で動脈が詰まったり、心臓に流れる血液の流れが悪くなったりすると知っていた。それらの動脈を詳細に調べると、その蓄積の大部分はたいてい、コレステロールが占めていることがわかった。複数の研究によって、血中コレステロール値と心疾患の発生のつながり、また(脂身の多い肉や乳製品、ラードなどから得られる種類の)飽和脂肪酸が多い食事と血中コレステロール値とのあいだのつながりが示された。これで全体の構造がみえてきた。飽和脂肪酸の多い食事によって血中コレステロール値が高くなり、それが動脈の詰まりを導き、心臓発作が起きる。


 それが本当なら、コレステロールはあまり高くないほうがいい。けれども、低すぎてもよくなかった。健康には適切な量のコレステロールが不可欠だ。あなたの身体のいたるところにコレステロールは存在する。あらゆる器官に存在するし、神経細胞の縁取り部分も含め細胞膜の中心的な構成要素でもある。脳には多くのコレステロールが含まれている。あなたの体内で、ビタミンDから胆汁酸まで必要なこまごましたものを作るためにも使われる。絶対的に必須なものなので、あなたの身体は大量にこれを作る。必要なコレステロールの四分の三は肝臓で産生される。残りは食事から得られる。


 心臓疾患と関連しているのは食事から得られる部分だ。そして心疾患は米国でもっとも多い死因である。一九六〇年前後は米国人の心臓の問題が最高潮に達し、死亡率は天井知らずに上がっていた。それは、喫煙や飲酒、ストレスのせいだったのかもしれないし、テレビの前や職場のデスクにすわりっぱなしでいるせいだったかもしれない。あるいは犯人は、脂肪、コレステロールたっぷりの食物だったかもしれない。


 責めるべきは高いコレステロールだというのなら、と遠藤は考えた。ひょっとするとカビがそれと戦う物質を生みだしているかもしれない。コレステロールを下げる奇跡の薬。心臓病のためのペニシリンのようなものだ。


 東京に戻って薬物研究企業で仕事を再開した遠藤は、この薬の探究を開始した。つぎつぎと真菌を採取し、研究所でカビを育ててカビが産生した化学物質のスープを試験した。四〇〇〇種近い種類を調べてやっと、求めていたものをみつけた。


 一九七二年のことだ。勝者は青緑色のカビだった。京都の米屋の倉庫にあった米についていたカビを遠藤はみつける。奇妙なことに、それは一種のアオカビ属であることがわかった。このカビが発する化学物質は劇的にコレステロール値に影響を及ぼすことを遠藤は発見した。これこそまさに、探し求めていたもののようだった。数ヵ月かけて精製し、試験していくにつれ、遠藤はだんだん興奮してきた。のちに述べたように、それは〈きわめて強力だった〉。


 その物質は、コレステロール産生の初期の重大な時点で必要とされる酵素を阻害し、身体がコレステロールを作る能力をブロックすることで作用した。この酵素(HMG-CoA還元酵素)の阻害は、たとえるなら、組み立てラインの開始時に機械のなかにモンキーレンチを放りこむようなものだ。この薬を与えられると血中のコレステロール値が低下した。さらに、身体はコレステロール値の低下に順応しようとして、細胞のために血中に残ったコレステロールを取りこむ方法をみつける。遠藤の研究中の薬は体内での産生を抑えるだけでなく、細胞によるコレステロールの取り込みも増やした。この新薬にはワン・ツーパンチが備わっているのだ。


 一九七八年、遠藤の薬が遺伝学的な疾患のあるひとりの若い女性に試された。彼女の関節の周りの皮膚の下には、この病気の結果、増えたコレステロールがポケットのようになった部分に集まっていた。何を食べても、この女性の血中コレステロールは大半の人びとの四倍高くなった。


 遠藤の薬は、この女性の血中コレステロール値を数日間で三〇パーセント低下させた。ところがその後、痛みや筋力の低下と筋肉の萎縮などの副作用が生じたため、薬の投与がしばらく中止される。

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