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(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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HOP STEP 稲葉JUMP!(KKロングセラーズ)
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はじめに

『HOP STEP 稲葉JUMP!(KKロングセラーズ)』
[著]稲葉篤紀 [発行]PHP研究所


読了目安時間:11分
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 ……ぼ、僕もっ! 僕も行かなくちゃ!


 そう思えば思うほど気持ちが焦る。


 その時、ドジャースタジアムは大歓喜の渦につつみ込まれていた。


 最後の打者は空振りの三振。マウンド上のダルビッシュは翼を広げて飛び立つように両腕を開き、仁王立ちのまま雄叫びをあげた。

「いよっしゃーーーっ!!


 WBC世界一の瞬間である。

「侍ジャパン」のベンチにいた誰もが大声を張り上げて喜びを炸裂させているが、五万人の拍手喝采が幾重にも重なってそれを飲み込んでしまう。この瞬間を待ちわびていた選手が、次々にベンチを飛び出してグランドの中心に駆け寄る。

「うおおおーーーっ!」


 僕の側にいる選手は、ひょいっ、ひょいっと金網を飛び越えていく。拳を突き上げ、咆哮し、「侍ジャパン」の輪に向かって走り出す。


 しかし僕だけはなぜか、足がこんがらがってもつれてしまい、金網を越えられない。それでも、もがきながらどうにか金網をよじ登った。そしてようやく、みんなより一歩も二歩も遅れて「侍ジャパン」の輪に飛び込んで、誰かれとなく肩を抱き合い、喜びを分ちあった。


 はち切れんばかりの笑顔の輪の真ん中で、原監督、背番号83が宙に舞う。


 巨大な日の丸。フラッシュの閃光。弾けるような喜びで埋めつくされたスタンドは、いつまでも大喝采がやまない。


 そして金メダルとトロフィーが「侍ジャパン」の手に渡ると、目の前の視界をすべて遮るような、大量の紙吹雪が舞い散った。


 胸の奥から次々に喜びが突き上げてくる。


 感動で胸がいっぱいになる。


 涙もろい僕なのに、泣くことなんて一切思いもしない。嬉しすぎて、喜びすぎて、涙を流すことも忘れてしまった。僕はただただ、この「侍ジャパン」の勝利に酔いしれた。



 その数週間前。二〇〇九年二月。


 第二回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の「侍ジャパン」は、イチロー選手などメジャー組を含むすべての一次登録メンバーが宮崎に集まり、そこで一週間の合宿と二試合の練習試合を行なっていた。


 その練習試合の前日に、原監督から、

「稲葉、明日四番だから」


 と言われた時は、本当に驚いた。


 練習試合とはいえ「侍ジャパン」として迎える最初の試合。しかもそれまでの合宿の中で、僕が四番を打つなんてことは何の前触れもなかった。

「え? 本当ですか?」

「俺が冗談言う訳ないだろ」


 原監督はそう言うが、それでも僕はまだ訳がわからないというか、まさかそんなことはあるまいと思っていて、その場で一緒に食事をしていた小笠原選手に、

「……本気で言ってる?」


 と小声で聞いてみた。すると小笠原選手は、

「稲葉さん。原監督、本気ですよ」


 いつもの真剣な目つきをさらに強烈にしてそう言った。


 原監督がいる巨人で活躍している選手がそう言うんだから、これは間違いないことだと確信した。そして小笠原選手の力のこもった表情を見ると、僕には徐々に事の重大さが飲み込めてきた。

「わかりました。頑張ります」

「別に頑張んなくていいよ、普段通りやれば」


 そんな言葉を原監督からいただけたから少し気が楽になり、いつのもの気持ちのまま打席に立つこともできた。



 WBCの第一次候補に選ばれたのは、二〇〇八年一二月。


 僕が普段守っているライトにはイチロー選手がいるし、他の外野のポジションにも名だたる選手が肩を並べている。冷静に考えて、僕はレギュラーにはなれないだろう。正直に言って僕はそう思っていた。それを踏まえて、僕はどんなことをすべきだろう。僕にはどんな役割があるのかと考えてみた。


 まず考えたのはベンチ。とにかく意識的にいろいろな人に声をかけよう。ベンチやグランドで声を出そう。僕にとってのWBCはそんなところから出発した。



 二〇〇八年の北京五輪でも経験したが、チームの主力選手がその時限りで集まると、どうしても気を遣いあってしまう。僕自身も新しい環境では人見知りしがちになる。しかしそこに少しでも風穴を空けたい。そう考えて、自分からバカをやったりして、チームに溶け込むようなことをできる限りやるようにしてみた。試合中も、練習中も、練習後も。


 とにかくチームのつながりを強くしたい。


 それはきっと「ナイスプレー!」のひと言だっていい。難しいことじゃない。そんなことを積み重ねて、チームがひとつにつながればいいと願ったし、それが僕にまずできそうな最初の目標であり、WBCを通しても大きな課題となった。



 決勝ラウンド初戦。


 対アメリカ。


 川崎選手が初スタメンとなり、試合後のインタビューで、そのことについて質問を受けていた。川崎選手はこう答える。

「東京ラウンドからベンチの中ですでに試合に出てましたから」


 間違いなくその言葉通りだったと思う。


 若い選手もどんどん声を出していいし、チームを鼓舞してもいい。僕はそんなことを川崎選手の姿に学んだ。川崎選手のおかげでベンチは本当に意気が上がり、和んだりもした。


 そしておそらく全員が川崎選手と同じ気持ちだったと思う。


 誰が出るとか出ないなんてない。打席に立つ選手も立たない選手も、メジャー選手もそうでない選手も、若手もベテランも、野手も投手もすべてが「侍ジャパン」であって、全員がいつも試合の真ん中にいる。


 みんなが自然に、そう感じていたと思う。


 僕にしても、先発四番で出場する日もあれば、代打で途中出場の日や出場のない日もあったが、毎日その気持ちは変わらなかった。原監督、コーチ陣、選手、スタッフ、そのすべてがいつでも「侍ジャパン」の中に立っていて、WBCという舞台で戦っていた。



 そんな中、どうしてもイチロー選手の調子がいまひとつ上がらないということがあった。


 絶大な注目を集めたプレッシャーもあったろうし、なかなか結果が出ないといういらだちや、あせりもあったと思うが、イチロー選手は決して下を向かなかった。ヒットを打った選手を笑顔で迎え、ハイタッチで賞賛する。常に視線をチームに向けて、自分のことで腐った姿なんて微塵も見せない。


 僕は誰にでもどんどん声をかけると決めていたものの、さすがにそんなイチロー選手には声をかけるのを最初は躊躇してしまっていた。


 凡打して声をかけられるのが嫌な選手だっている。


 ましてや「世界のイチロー」だ。


 そうは思ったものの、じゃあ声をかけないで何につながるかといえば、何にもつながらない。しかも後輩なら声もかけづらいが、イチロー選手より年上なのは選手の中では僕しかいない。中学時代には地元名古屋のバッティングセンターで何度もすれ違い、高校時代には甲子園をかけた県大会決勝で対戦した「イチロー君」に、この僕が今さら遠慮してどうするんだ。そう思い直してから、僕は、イチロー選手がたとえ凡打しても、「次、次、次!」と声をかけ、守備で好守があれば、「ナイスプレー!」と声を張った。


 自分では大袈裟なくらいに声を出し、手を叩き、両手を挙げて喝采した。


 それでウザがられたって構わない。


 とにかく声をかけよう。年齢やキャリアだって気にする必要はない。たとえこれが世界の舞台であろうと何であろうと、人間には人からの声が必要なんだ。僕は声を出しながら、自分自身、そんなことに気がついていった。



 そして、この「侍ジャパン」というチームで野球ができるのはこの大会だけなんだし、同じグランドに立つ機会さえ、きっともうないだろうという選手もいる。だからこそ少しでもつながりたいし、一体になりたい。


 僕は本当にひとつになりたかった。


 勝つためには強くつながりたかった。


 北京五輪ではあんなに素晴らしいチームでありながら悔しさを味わってしまったことや、ヤクルトスワローズ、そして北海道日本ハムファイターズ、さらにはリトルリーグから高校、大学野球まで、大会中にいろいろな時代の野球を思い出した。


 どの時代の野球も、どこかでこの「侍ジャパン」につながっている。


 小学校一年生で野球を始めて以来ずっと、「どうやれば野球がうまくなるか」、「どうやればチームに信頼されるのか」、「どうやればずっと野球の世界にいられるのか」を、自分なりに追いかけてきた。今、あらためて指折り数えてみると、そうやって三〇年もの時間を野球と共に生きたことになる。


 その間、野球の苦しみも喜びも経験してきて、最も必要だと感じていたものは一体感を持つことだった。


 そして実際に「侍ジャパン」はひとつになっていった。


 世界の舞台で並みいる強豪と胸を合わせて、野球の喜びや楽しさにしびれ、絆を一日一日強めながら、素晴らしい階段を駆け上がる。僕らは疑いなくその方向に走り続けていた。



 決勝戦。


 対戦成績二勝二敗で迎えた、韓国戦。


 延長一〇回表。先頭の内川選手が粘り、執念でライト前にヒットを放つ。その次の打席に立った僕には、内川選手の作ってくれた空気みたいなものが自然に伝わってきた。そして初球を送りバント。あの場面ではまだガッツポーズするような段階ではなかったので淡々とベンチに戻ったものの、内心はどんなに嬉しかったことか! なにしろバントするのは二年ぶりくらいのことだったし、北京五輪からずっと練習してきたバントだ。その上、最後の最後でイチロー選手の決勝二点タイムリーにもつながって、あの激闘を制することができたのだから、僕にはもう何も言うことはなかった。



 やがて最高のシャンパンファイト。


 イチロー選手の次に「いーなーば! いーなーば!」と名前を呼んでもらい「侍ジャパン」全員から胴上げしてもらった。このWBCの第一次候補に名前を挙げてもらってからこの胴上げの瞬間まで、すべての出来事が自分の野球人生にかけがえのない経験となった。



 僕が生まれ育ったのは名古屋市に隣接する西春日井郡。


 中日ドラゴンズのお膝元で、少年野球も草野球もメンバー集めに困らないくらい野球が盛んな土地柄だ。僕の子供時代には、道端でも公園でも、キャッチボールをする親子の姿をよく見かけたものだ。


 今でも年に何回か、両親の様子を見に実家に立ち寄るようにしている。


 すると、グランドからの帰りなのか、ユニフォーム姿のまま自転車に乗った野球少年をよく目にする。少し観察してみると、野球少年達はいつもきまって七、八台の自転車で連隊を組んでいる。そしてグローブを刺したバットを無造作にボンと自転車のカゴに入れて、季節が夏ならば、少年達は溶けかかったアイスクリームか何かを必死に舐めたりしている。


 考えてみれば、僕もまったくそうした子供達と同じ野球少年だった。



 それから長い年月を経て、二〇〇八年の北京オリンピックに出場。


 そして、翌二〇〇九年にはこのWBCの「侍ジャパン」に選んでいただき、世界一という経験をさせていただくことができた。そのような世界的に注目される大会の日本代表選手として声をかけていただけただけでも、本当に幸運なことだったと思う。僕が野球少年だった当時にはそんなことは夢にも思い描けないことだった……。



       ───*───      ───*───



 振り返ると僕のこれまでの人生は、たくさんの素晴らしい瞬間に溢れています。


 中京高校時代、チームメイトと甲子園を目指した毎日。法政での大学野球。


 ヤクルトスワローズで経験した野村監督のID野球。そしてFA宣言、メジャーリーグへの挑戦。そして北海道日本ハムファイターズへの移籍、ファンの皆さんの熱い熱い声援、さらには北京五輪、WBC。


 それから、すれ違っているばかりでほとんど言葉も交わしたことのなかった「イチロー君」と、二〇年後のWBCで世界一の喜びを分ちあっているという不思議。そんな経験を味わうことができたのも、すべて野球のおかげでした。



 野球の場にはいつもかけがえのない出会いがありました。


 出会った方々は、無名、有名、超一流、そして野球の内外も問わず様々な分野で一生懸命に生きている方々ばかり。そのような出会いを繰り返すたびに、野球を超えた新しい何かを、僕は心ゆくまで見させていただけましたし、そのたびに心がわしづかみにされるような気持ちにもさせられました。その経験の中には、「本当に大切なことは何なのか」を教えてくれることも、たくさんあったように思います。


 僕の野球はまだ未熟です。


 しかし野球で経験した感動や喜びはどれも一級品でしたし、僕にとっても生涯の宝だと思っています。そして、もしも僕が野球で感じたような勇気や楽しさに出会ってもらえるのなら、僕は惜しみなく自分の経験を伝えたいと思っています。



 改めて、僕は、「メジャーリーグに挑戦した四カ月間」から話を始めようと思います。


 第二回WBCでプレーをしたのは、東京ドームの他に、サンディエゴのペトコパークと、ロサンゼルスのドジャースタジアムでしたが、実はその四年前にも、僕はそのアメリカの両球場を訪れたことがありました。


 しかしその時は、観客席にすら入ることができず、ただ外観を眺めたり、金網の隙間から球場の一部を覗いただけです。


 その時の季節は冬。あの短い間に、僕が考えたことや、経験したことは、今いる自分のすべてを方向づけたと言っても言い過ぎではないでしょう。ある意味、現在の僕の原点になっているとも思っています。


 それは僕が三二歳のときの出来事。一〇年間お世話になったヤクルトスワローズから別れ、そして北海道日本ハムファイターズに入る前夜までのことでした……。

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