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[新装改訂版]スポーツの経済学 スポーツはポストモダン産業の旗手となれる
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第1章 スポーツが経済活動の一環に組み込まれていく過程

『[新装改訂版]スポーツの経済学 スポーツはポストモダン産業の旗手となれる』
[著]小林至 [発行]PHP研究所


読了目安時間:25分
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スポーツ・ビジネスは日本で始まった?


 まずは温故知新、スポーツがビジネス化する過程を辿ってみましょう。スポーツ活動自体は、太古の昔から、すなわち、食べ物や住まいを確保するために、槍やこん棒、弓矢を使っていた頃から、こうした生活のための技術の優劣を競い合う過程で、発達してきました。


 それを社会の競技会として定着させたのが、古代ギリシャであり、その集大成が古代オリンピックです。4年に1回、オリンポス山の神々への奉納行事として開催された古代オリンピック、記録に残っている最も古い大会が、紀元前776年です。




 その後、オリンピックは、西暦394年に、ローマ帝国が異教文化である(すなわち、キリスト教文化ではない)として、1200年弱の歴史を閉じました。それ以降は、肉体よりも精神を重んじる中世キリスト教社会のもと、身体を駆使するスポーツは流行せず、競技会もほとんど開催されませんでした。実際、ヨーロッパにおいて、スポーツが再び文化の担い手となるのは、産業革命まで待たねばなりません。


 この中世の時代、スポーツが文化として、ひいてはビジネスとして発展したのは日本です。平安時代末期から江戸時代まで、武家政権(要するに、軍事政権のことですね)が続くなか、武士は、貴族文化に対抗すべく、騎射三物(流鏑馬、笠懸、犬追物)をはじめとした各種武術に励み、競技として洗練させていったのです。



「武士は食わねど高楊枝」ということわざは、武士の清貧や体面を重んじる気風を評したものですが、プライドの高い武士の競技において最高のパフォーマンスを発揮する向上心は高く、良質の弓矢を求めました。それに応えるべく、弓矢などの用具を製造したり、メインテナンスをする専門業者も登場し、発達していきました。


 つまり、ヨーロッパが、精神世界に没頭している中世に、ニッポンでは、すでにスポーツが経済活動の一端を担っていたということです。



 スポーツをみせることでカネを取る、つまりスポーツのソフト化、プロ化も、日本は欧米よりも一足早く、それは相撲の勧進興行に源流を辿ることができます。


 相撲も武士がたしなんだ武術の1つです。合戦での組討ちを想定しての武術が、観客から見物料を徴収してみせる(かん)(じん)興行となったのは、遅くとも15世紀前半、世は室町時代です。寺社の建立や修復を請け負う「勧進聖」が資金調達のために、相撲の技量に長けた相撲人(相撲取り)を集め、見物料を取って競技をみせたのが始まりといわれています。


 江戸時代に入り、江戸や大坂などの都市部で庶民が経済成長を遂げ、ある種の中産階級が台頭してきた頃には、勧進元として、相撲会所(現在の相撲協会の先祖)という専門の運営組織が形成されていました。その相撲会所が、寺社奉行に申請をして許可を得て興行を打つという、立派なスポーツ興行となっていたのです。




 欧米の新たな十八番(おはこ)として、20世紀末から今に至るまで、世界を席巻している投資手法=デリバティブが、世界で最初に組織化されたのが、実は江戸時代の(どう)(じま)(こめ)(かい)(しよ)だったというのは有名な話ですが、スポーツのビジネス化も、日本が欧米に先駆けていたのです。


 欧州においては、キリスト教社会が、精神を肉体よりも重んじる文化だったことから、スポーツが文化として発展するのは産業革命まで待たなければならなかったというのは前述した通りですが、萌芽はありました。


 それは、封建制社会における貴族階級のレクリエーション、つまり「気晴らし」としてでした。スポーツという言葉は、フランス語で「気晴らし」を意味するdesportが由来であるという説が主流ですが、そのことが示す通り、欧州では、貴族が、特権的レクリエーションとして、スポーツ的な身体活動に興じていました。その代表的なものが、テニスです。ジュ・ド・ポーム(手のひらを使ったゲーム)の名で、王政フランスの貴族の間で流行し、13世紀のフランス王ルイ10世が、体を壊すほど熱心に取り組んだという説もあります。


欧州は産業革命以降


 欧州において、貴族のひまつぶし、ひけらかしであった身体的活動が、現在行われているスポーツへと発展したのが、産業革命期のイギリスです。


 7年戦争における勝利と、それに伴うパリ条約(1763年)をもって、アメリカ・インドにおける植民地権益を確たるものとしたことで、イギリスは、近代世界における覇権国家としての地位を固めることができました。

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