読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1295440
0
令和の主役はあなたです! 新しい時代の生き方・働き方
2
0
0
0
0
0
0
ビジネス
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第2章 生き方の五パターン

『令和の主役はあなたです! 新しい時代の生き方・働き方』
[著]蓑宮武夫 [発行]PHP研究所


読了目安時間:59分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

1 生涯現役・あなたは楽しいですか?

四十五歳から「肩叩き」が始まる現実


 一九四五(昭和二十)年の日本男性の平均寿命は五十歳、二〇一八(平成三十)年は八十一歳。まったく想像もできなかったような長い人生が現実のものとなっています。三十年も寿命が延びるとはいったいどういうことなのでしょうか。


 ただ単に無為な時間が生まれたのでしょうか。(ちまた)では「長生きリスク」なる言葉がささやかれ、まるで長生きすることが幸せではないようなとらえ方もされています。その考えは大きな間違いであると私は思います。


 せっかく与えられた人生の時間。それを無駄にしてはいけない。生あるかぎりは一生懸命に生きること。自分がやれるだけの仕事をし、社会のために少しでも役立つような人生にしたい。年齢を言い訳にすることなく、常に自分が成長するべく努力をしていく。そんな思いをもって生きていきたいと私は常々考えています。


 生きることは、すなわち働くことです。どのような仕事をするか、どれだけお金を稼ぐかは関係なく、自分自身が納得できて、楽しい時間をもてるような仕事をすること。それこそが人生の幸福と喜びにつながっていくのだと思います。


 平均寿命が大きく変化したように、社会もまた大きな変容を遂げています。たとえば、一九四〇(昭和十五)年の産業別人口割合を見てみると、全体の四四%は第一次産業従事者。第二次産業は二六%です。つまり、国民の半分近くは農業や漁業、林業という仕事に従事していたわけです。ところが、現在のデータでは、第一次産業従事者はたったの四%です。第二次産業従事者は大企業などの雇用により変化はありませんが、圧倒的に第一次産業従事者は減少しています。たった半世紀強でこれほどまでに産業構造が変化するとは、誰も予想していなかったでしょう。


 さて、現在の産業構造を見ると、ほとんどの労働者がサラリーマンということになります。何らかの組織に属し、組織のなかで仕事をしている人がほとんどといってもいいでしょう。それは一面においては安心できる社会かもしれませんが、その産業構造にもひずみが生じてきている。一言でいうならば、これまでのような終身雇用が成り立たなくなっています。一度就職したからもう安心という時代ではありません。


 二〇一三年施行の「改正高齢者雇用安定法」によって、企業は六十五歳までの希望者全員の雇用が義務づけられました。じつはこの定年延長が、企業の財政を圧迫する大きな要因ともなっているのです。


 定年が延長されることにより、中高年の社員の割合は当然増えていきます。人件費の(こう)(とう)を抑えるためには、新入社員の数を減らしていくしかありません。そんなことは誰にでもわかることです。しかし現代の職種を眺めると、やはりIT関連の仕事が増えています。日々に進歩を遂げている分野であり、技術革新はすさまじい勢いで押し寄せてくる。そんな環境のなかで四十歳を超える人たちがついていくことは難しい。かつての会社では、キャリアの長い社員が重宝されましたが、いまやただ長く勤めているだけではキャリアになりません。要するに会社にとって不要な四十代、五十代の社員が増え続けているわけです。


 現実でも、四十歳を過ぎたころから「肩叩き」が始まっています。四十歳で窓際族になった人たちは、その先どう生きていけばいいのでしょう。もちろん強制的に退職させることはできませんから、定年の六十五歳まで会社に居座り続けることはできるでしょう。「あの人、まだ会社にしがみついているよ」と陰口を叩かれながらも、家族のためにしがみつく人もいると思います。


 もちろんそういう人が悪いといっているわけではありません。それも自分が選択した人生なのですから、誰にも責めることはできない。ただ私が思うのは、そんな状況のなかに人生の喜びがあるのかということです。役職も外され、給料を大幅にカットされても、会社にしがみつく。そして二十年以上にわたって自分の居場所のないような会社に通う。そこに真の喜びがあるのでしょうか。


 たとえば、窓際族と()()されながらも、平日は我慢して会社に通っている。しかし休日は地域社会でボランティア活動に励んでいる。あるいは会社とは別の仕事に打ち込んでいる。要するに二刀流の生活を楽しんでいるのであれば、たとえ窓際族でも充実した生き方だと思います。


 一方、平日の会社では苦痛を味わい、土日は家で文句をいいながらごろごろしている。もしもそういう生活に耐えているのなら、早く別の道を歩みはじめたほうがいい。終身雇用制度は崩壊しつつあることを認め、自らの努力で第二、第三の人生に目を向けていく時代です。


 サントリーホールディングスは、勤続二十年以上、かつ四十五歳以上の社員は定年扱いとして退職できるという制度を始めました。そのまま会社に残ってもいいし、退職金を受け取って別の道にチャレンジすることもできる。社員の多様な生き方を認めるという考えです。そのために会社にいながらの副業も認めているのです。

「これからの人材採用はフリーエージェント制になる」という人もいます。ごく一般の会社員も、スポーツ選手のようなフリーエージェント契約になっていくと。それはこれまでの採用の考え方とどのように違うのでしょうか。


 これまで多くの企業で主流になっていた評価基準とは、「成果主義」といわれるものでした。その人がどのような成果を生み出し、どれだけ会社に貢献したか。その「過去の成果」によって給料やボーナスが決められる。評価されるのは「過去の実績」でした。


 しかし、これからの評価は「未来の可能性」に対してなされていくでしょう。もちろん過去の成果などまったく関係がないということではなく、それにプラスして各人の「未来への可能性」が評価されるわけです。「これまでどんな仕事をしてきたか」ということより、「これからどのような仕事をしてくれるのか」が問われるわけです。


 言葉を変えていうならば、「どこそこの会社に何年勤めていた」ということは評価の対象になりません。勤めていた会社のブランド力など通用しない。問われているのは、自分自身がどのようなブランドを確立しているかです。より個々人の能力や志が問われる時代になっていくと考えられます。


 これまでのように、一つの会社のなかでキャリアを積み重ねていくという時代ではありません。会社という場で技術を身につけ、常に自分自身を磨いていく。そんな心がけを二十代、三十代のうちからもっていなければなりません。四十歳を過ぎて、肩叩きをされてから「はて、どうしようか」と考えても遅いのです。


 平均寿命が延び、定年も延長され、仕事をする時間は増えていきます。かつてのように定年がゴールになるわけではありません。その先にまだまだ長い時間が残されています。その残された時間をいかに充実させていくか。自分自身が楽しいと感じながら生きていくことができるか。その心構えと準備に、早すぎるということはありません。


早くから第二の人生を考える自衛隊員


 自衛隊に勤務する自衛官。災害現場では常に私たちの命を守ってくれる若者たちですが、彼らの勤務制度については意外と知られていません。高校を卒業してから自衛官になるケースが多いのですが、自衛隊員は国家公務員ですから、そこに就職すれば一生安泰。そんなふうに思っている人もいるようですが、じつはそうではないのです。


 自衛隊という組織のなかで、一般の会社のように六十歳近くまで勤められる人はかぎられているのです。自衛隊の定年というのは階級によって決まっています。たとえば、将や将補というトップクラスの階級の定年は六十歳。一佐は五十六歳、二佐、三佐は五十五歳。一尉から三尉、准尉や曹長、一曹は五十五歳(注:二〇二〇年一月より)。二曹、三曹は五十三歳というふうに、かなり細かく定年が決められています。


 では、現場で活動する若者はどうなのでしょう。「自衛官候補生」と呼ばれる採用試験に合格した自衛官は、任期制で採用されることになります。一般社会でいうところの「契約社員」みたいなものです。この候補生は入隊時十八歳以上三十三歳未満。要するに現場で肉体を酷使できる年齢がこれくらいだということです。さすがに四十歳を超えて過酷な現場や訓練に耐えることはできません。したがって多くの自衛官は三十代で「任期満了日」、つまり定年を迎えることになるのです。


 そんなに若くして自衛隊を退職し、その後の人生をどうすればいいのか。その第二の人生のために、彼らは現役のころからさまざまな国家資格を取得し、多くの経験を積んでいるのです。特殊車両の免許をもっていれば、建設現場で仕事をすることができます。あるいは航空自衛隊のパイロットであれば、辞めてから民間の航空会社のパイロットとして働くことができます。要するに自衛隊の若者たちは、入ったそのときから第二の人生の設計図を描いているわけです。これは先に紹介したサントリーホールディングスの制度と同じことです。


 この自衛隊の制度には、見習うべきものがあると思います。そこには終身雇用という考え方はありません。ごく一部の選ばれた人間だけが六十歳まで勤めることができる。それ以外のほとんどは第二の人生を歩んでいくわけです。いまや民間の会社でも、ほぼ同じことが起きているのではないでしょうか。


 定年までの人生も、その後の長い人生も、自分自身で設計していくこと。それが求められる時代なのです。これまでのように、会社任せの人生設計は成り立ちません。自分の力で設計図を描く努力をしていかなくてはなりません。


 もちろん自分自身で未来図を描くことは簡単なことではないでしょう。若いころならまだしも、五十歳、六十歳になって描くことはなかなか難しい。しかしいまでは、そういう人たちをサポートするような組織もできています。定年になったけれど、まだまだ仕事をしたい。給料は下がっても、社会と接点をもちながら生きていきたい。ほとんどの人たちがそう願っています。


 二〇一八年に発足した「小田原市生涯現役推進協議会」も、中高年の人生設計を応援する組織です。仕事をしたいと思っている中高年世代と、その力を求めている地元企業を結びつけることで、地域社会がさらに活性化されます。


 小田原に暮らす中高年の人たちは、これまで都会の会社でバリバリ仕事をしてきました。そのキャリアで今度は地元の発展のために尽くそうとしている。第二の人生の設計図を行政や大学、地元企業が力を合わせて描こうとしています。こうした活動は早晩日本中に広まっていくことと思います。


 人生の時間が増え、定年も延長されました。社会のなかで仕事をする時間が圧倒的に多くなりました。それを苦しみととらえるか、楽しみととらえるか。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:24982文字/本文:29412文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次