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中国の「爆速」成長を歩く
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人文・科学
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12 民族 people 経済発展が国家との関係性をどう変えたのか

『中国の「爆速」成長を歩く』
[著]西牟田靖 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:35分
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■集落とキャンペーン



 その集落はラオスに向かう道すがらにあった。


 西双版納州の州都である景洪からそこまではバスで約1時間。瀾滄江を越え、原生林沿いの舗装路を越えると「基諾山寨」と記された大きな看板が見えてくる。


 集落の手前には50台ほど収容できそうな駐車場があり、バスや乗用車でそこそこ混み合っていた。木でできたウニのようなトゲの付いた円筒が幅10メートルほどにわたってピラミッド状に並べられていた。そこからさらに奥に進むと「社会主義核心価値観」の「富強」「愛国」といった12の2字熟語や、習近平総書記が唱える「中国夢」のスローガン、そして習近平氏の雲南の開発の方針などが記されたポスターが連なっていた。


 観光開発によって、雲南を豊かにしていこうという、中国政府の意向をこの集落が一身に背負い、期待されている──と言い切ってしまうのは言いすぎだろうか。


 さらに奥へと歩を進めると藁葺きながら、妙に新しい2階建ての建物が見えてきた。建物手前がガラス張りの窓口になっていて、そこで入場券が買える。

「ただいまキャンペーン中なので入場料は半額です」


 集落に入るのにキャンペーン? それを聞いた私は違和感を覚えた。


 私がやって来たのは、もともと()(ノー)族の集落であった場所にできた、基諾山景区というテーマパークだ。基諾族は約2万人しかおらず、1979年に少数民族として認定された。


 このパーク内で紹介されるのは亜熱帯に属するこの地の自然や、基諾族の生活や文化である。女性は白い三角頭巾、胸当てスカート、脚絆という衣装がトレードマークだ。この地を訪れるのは1992年以来だが、同じ民族の村に来たことがとてもじゃないが信じられなかった。当時とはあまりにも変わってしまっていたからだ。



 1992年の夏、私は基諾族の村を訪ねた。


 表面がひび割れ、すべすべになったアスファルトの道の奥に、石作りの小さな標柱があった。その奥にはベランダのある木とコンクリートで造られた、いずれも小さくて貧弱な家々が3050軒ほど並んでいた。当時は観光地化もされておらず、興味本位で訪れたことを、怒られるんじゃないかと思いながら、恐る恐る集落に入っていったのを覚えている。


 噛みタバコを自給しているのか、ビンロウの実が地べたに干してあるのが目に入る。おばさんたちが文字通り井戸端会議をしていたり、手に持ったラジカセから流れる中国の歌謡曲に合わせて歌う若い女の人がいたりした。


 男女とも木綿のシャツに薄手のスラックスなどを着ていたが、いずれも泥が付着していて汚れていた。


 集落を歩いていると、俳優の大地康雄に似た頭の禿げたおじさんと会った。おじさんの肌は茶色く、耳たぶには大きな穴が開いていた。

「ちょっと寄ってけ」といったようなことを言われ、小さな腰掛けに座って待っていると、やかんと泥のついたコップを持ってきて、お茶を振る舞ってくれた。注がれた液体はお茶というよりただのお湯で、しかも液体そのものが泥混じりだった。周りに店などはなく、察するに食料事情も良くなさそうだ。


 拙い中国語とジェスチャーで「あなたは基諾族ですか」と尋ねると、おじさんは「そうだ」と頷いた。「その割に誰も民族衣装を着てませんね」と続けると「最近は着ない」とのことだった。


 午後4時ぐらいだったと思うが、学校から帰ってきたのか、そもそも学校に通っていないのか、小学生ぐらいの男の子たちが遠巻きに私を見ている。もともとは白かったのだろう服は茶色く汚れ、みんな裸足だった。


 しばらくすると、子どもたちは、羽がオレンジ色をしたゾウムシのような甲虫をブンブン振り回して遊び始めた。そうした色合いの甲虫をはじめて見たので驚いていると、子どもたちがそれを私にくれた。貧しいのだが子どもたちは明るさを失わない。彼らにとってはこれが普通の生活であり、それを他と比べるということがないからだろう。


 山の奥で自給自足をしながら、貧しくも、慎ましく彼らは生きていた。それでもだんだんと漢族化が進み、表面上は基諾族の伝統が失われつつあるようだった。


 政府からの援助もなく、まるで取り残されたような彼らに、貧しさを打開する方法があるようには見えなかった。そう思って、村を去るとき、勝手に暗澹とした気持ちになったことを覚えている。



 ここまで各テーマから中国の経済成長とその影響について記してきた。特に観光のパートでは、経済成長によって国内の観光客の数が爆発的に増えたことを記した。


 中でも雲南省は麗江や大理の様子からもわかる通り、国内の観光客の増加は著しい。中国の沿岸部の経済的に豊かな人たちの間では、発展した沿岸部にはない、素朴な少数民族の辺境文化が魅力的に見えるらしい。この基諾族の村も、麗江や大理同様、都会からの観光客が押し寄せることとなった。


 雲南省が基幹産業として観光業を重要視していたことに加え、この村の「町おこし」への意欲、もともと多様だった民族文化など、様々な好条件が重なったのだろう。2006年に基諾山景区という名前のテーマパークとなり、同年6月1日に観光客の受け入れを開始した。翌年にはこの地域の伝統的な踊りや文化が国家的遺産に認定された。



■コンクリートと伝統



 2018年の訪問時に話を戻す。


 テーマパークの入口には自動改札機が設置され、同時にX線検査の機械まで設置されていて、まるで中国都市部の地下鉄の駅のような警戒態勢だった。なんとか入口を抜けると、20代前半に見えるガイドらしき女性たちが10人ほど待機している。彼女たちは白い頭巾をかぶり、ミニスカートに長袖のベストというカラフルな恰好。動きやすいようにローヒールの靴を履き、ハンズフリーでマイクが使えるようにインカムをしている。


 思いがけない化粧っけのある若い女の子たちの歓迎に心が浮き立った。


 一方で、基諾族の人口は2万人しかいないのに、こんな若い女性ばかり集まるものなのかという疑問も浮かんでくる。もしかすると漢民族のアルバイトなのかもしれない。体型も顔立ちもバラバラな彼女たちと話をしてみると、「私たちはここから数キロ離れたところに暮らしています」という子がいると思えば、「大学3年生なんです」と話す子もいた。


 たまたま持ってきていた『地球の歩き方 雲南・貴州 1993~94』の「ジノー族の村──(マン)(ラー)(ツォン)」と記された項目を見せると基諾族の衣装を着た細くて長身の性ガイドが目を輝かせながら熱心な様子でそのページをスマホで撮影し始めた。

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