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ジョッキーズ 歴史をつくった名騎手たち
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世の中に競馬をアピールし続けた熱い情熱 後藤浩輝

『ジョッキーズ 歴史をつくった名騎手たち』
[著]島田明宏 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:10分
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 今でも競馬場に行くと、つい彼の姿を探してしまう。体を小さく畳んだ、ブレのない騎乗フォーム。ヘルメットを固定する白い顎紐が目立ち、馬群のどこにいても、すぐにわかった。コース上に彼がいないという喪失感は、やはり大きい。


 2015(平成27)年2月27日、金曜日、後藤浩輝が世を去った。40歳だった。


 2012年のNHKマイルカップで落馬し、頚椎骨折、脊髄損傷などの重傷を負ってから休養と復帰を繰り返し、2014年11月に3度目の復帰を果たしたばかりだった。亡くなる前週の土曜日にも中山競馬場で落馬して心配されたが、翌日曜日には京都競馬場で2勝を挙げていた。その後、栃木のリハビリ病院で、関節の可動域をひろげたり、体幹を強化したりするトレーニングをこなし、写真や動画をフェイスブックにアップするなど、いつもどおりの彼の姿が見られた。ところが、土日の騎乗馬がすべて決まり、これから調整ルームに入ってレースに備えるというときに、彼は自ら死を選んだ。


 以下に、2015年2月27日午前1141分にアップされた「スポーツ報知」公式サイトの記事の前半部分を引用する。



 JRAのトップジョッキー、後藤浩輝騎手(40)=美浦・フリー=が27日未明、自宅で死亡した。27日の明け方、茨城県内の自宅で首を吊っているところを、家族が発見したという。


 突然の衝撃だった。度重なる故障から何度も這い上がってきた同騎手。(略)悩みをほのめかすようなことは一切なかった。



 自死というのは、私の知っている後藤浩輝がもっともやりそうにないことだっただけに、報せを受けたときは信じられなかった。今でも、あれは悪い夢で、「いやあ、びっくりさせてごめんなさい」と、彼が頭をかきながら目の前に現れてもおかしくないような気さえしている。

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