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悔しがる力 弟子・藤井聡太の思考法
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生き方・教養
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はじめに──悔しがることは闘争心の表れ、あきらめの悪さは不断の努力

『悔しがる力 弟子・藤井聡太の思考法』
[著]杉本昌隆 [発行]PHP研究所


読了目安時間:3分
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 自分の棋士人生を振り返ると、失敗や挫折続きで、思った通りに実現したことなど数えるほどしかなかったような気がします。


 十一歳で奨励会に入った後、六級から五級に上がるのに二年半もかかり、スタート地点でいきなりつまずいてしまいました。


 プロ棋士の四段に昇段できる三段リーグでは、一期半年で七期を経験しました。つまり三年半、足踏みしたわけです。しかもその間、突然の制度改変によって、これまで積み上げてきた戦績がご破産になるという()き目も味わいました。


 プロになった姿を見せられないまま、師匠の板谷進九段に(きゅう)(せい)された時は、胸がえぐられる思いでした。


 いつの時も胸に抱き続けてきたのは、「悔しい」という気持ち、そして「あきらめたくない」という思いです。人間を成長させる(かて)は人それぞれですが、私は悔しさとあきらめの悪さを心の友として前に進んできたように思います。


 二〇一九年三月、私は名人戦の順位戦でC級1組からB級2組に昇級を果たしました。五十歳での昇級は「奇跡」と呼ばれ、注目を集めました。


 その原動力となったのは、弟子の藤井聡太七段の驚異的な躍進によって師匠の自分まで注目を浴びていることへの気恥ずかしさ、そして棋士としての自分の活躍を心のどこかであきらめかかっていることへの悔しさでした。


 今の時代、「悔しい」と口に出すことや、実現できないことにいつまでもこだわる「あきらめない」気持ちははやりません。負けて()(だん)()を踏んだり、(やっ)()になって怒ったりすることが、どこかカッコ悪いと思われているのでしょうか。


 しかし、藤井七段をはじめ、スポーツ選手など各界の最前線で活躍している人たちは、総じて並外れた負けず嫌いです。そして、決してあきらめません。彼や彼女たちの心の底で燃え盛っているのは、まぎれもなく「悔しい」という感情、そして「不屈」の精神でしょう。


 つまり悔しがること、あきらめの悪さは一つの力だと言えます。


 私の弟子の中には、棋士志望から転身して東京大学の理系と文系、国立大学の医学部に進学するなど、自らの道を切り拓いている若者が少なからずいます。彼らは棋士の道を極められなかった悔しさを()みしめたかもしれませんが、その思いを別の形で立派に開花させようとしています。


 悔しさは、人を(うらや)んだり自分を()()したりする後ろ向きの心ではありません。自分が前向きになるため、今より一歩でも高みに昇るためのポジティブな感情なのです。


 悔しい体験からどんな知恵と学びを得て、それをどのように人生に生かしたのか。本書では藤井七段の活躍や私を含めた棋士たちの戦い方、生き方を通して「悔しがる力」「あきらめない心」を見直したいと考えています。


 肩書、呼称について記しておきます。本書には師匠や諸先輩をはじめ、私が本来ならば「先生」と呼ぶべき棋士の方々が登場します。本書では場合に応じてその当時の段位やタイトル名、敬称を使わせていただきました。


 また、藤井七段については親愛の情を込めて、あえて敬称を付けずに記しました。ご了承頂ければと思います。

「悔しい」「あきらめない」という思いの背後には、必ず敗北や逆境というドラマがあります。私の場合は将棋の世界を中心としたドラマになります。


 では、まずは私と藤井が演じた「師弟対決」というドラマから見ていきましょう。


杉本 昌隆

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