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トランプ時代の日米新ルール
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人文・科学
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第1章 トランプ政権の本質

『トランプ時代の日米新ルール』
[著]薮中三十二 [発行]PHP研究所


読了目安時間:59分
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危険な金曜日



前代未聞のツイート


 三月四日、土曜日の朝六時半、トランプ大統領は大変な勢いでツイートを発信し始めた。

「ひどい! 今、発見したが、大統領選挙勝利の直前、オバマがトランプタワーの電話を盗聴した。何も見つからなかった。これはマッカーシズムだ!」

「大統領が大統領選挙の前に盗聴するのは合法か? 裁判所に却下されている。卑劣だ!」

「オバマ大統領が選挙直前の十月に私の電話を盗聴した。いい弁護士なら格好のケースだ!」


 そして、決定的なツイートが発せられた。

「オバマ大統領が非常に神聖な選挙の過程で私の電話を盗聴するなんて、なんと卑劣なことだ。これはニクソン・ウォーターゲート事件だ。悪い(けしからん)奴だ。Bad(sick)guy!」



 これは〓然とするツイートだった。


 アメリカの現職大統領の「発言」である。現職大統領が前任の大統領をバッド・ガイ、悪い奴だ! と非難している。しかも、電話盗聴という卑劣なことをした、という(きゆう)(だん)だった。もし、電話盗聴が本当なら大変なことである。大統領が大統領選挙の候補、しかも敵方の候補の電話を盗聴する、などということがあれば、一大事件である。たしかにニクソン・ウォーターゲート事件並みの大事件だ。


 しかも、現職の大統領による糾弾である。前職のオバマ大統領を「悪い奴」と表現している。これは前代未聞の出来事である。


 現職大統領の発言というのだから、しっかりとした証拠があってのことだと思うのが普通である。なにしろ、現職大統領というのは司法省とFBIを指揮下に置く最高権力者であり、必要な証拠などはすぐに手に入る立場である。


 しかし驚いたことに、トランプ大統領の発したツイートは何の根拠もないガセネタだったことが判明してきた。現職のFBI長官が司法省に対し、トランプ大統領の指摘を否定するように求め、さらに議会の与党(共和党)議員からも、「何ら根拠がないのではないか」という指摘が相次ぐ事態となった。追い詰められた格好のトランプ大統領だったが、それでもオバマ大統領が盗聴をしていたという主張を撤回しようとしない異常な事態となっている。


 こうした本来、深刻な事件が、単なるひとつのエピソードくらいに軽く見られてしまう傾向がある。あのトランプさんだから、というわけである。ツイッターでの発言というのも物事の深刻さを薄めてしまうのかもしれない。


 しかし、よくよく考えてみるべきである。何といっても世界最強のポストにある人間の発言である。ここで思い出されるのは、共和党政権下で高官を務めた安全保障や外交の専門家五〇名が二〇一六年八月、連名で「トランプ氏は大統領としての資質と経験を欠いており、アメリカの安全保障を危うくする。トランプ氏はアメリカ史上、最も危険な大統領になる」と警告したことだった。大統領選挙期間中のことだったが、政治家による批判ではなく、共和党の専門家の警告だけに余計に真剣味が感じられたものだった。


トランプ大統領の一日


 トランプ氏がアメリカの大統領になるとはほとんど誰も予想していなかったが、おそらくトランプ氏自身も大統領になって大いに戸惑っているに違いない。


 ホワイトハウスの住人というのは最高権力者だが、最高権力者なだけに、とても孤独で不自由なものである。とりわけ自由を(おう)()してきたトランプ氏にとって不自由さは骨身にこたえるはずである。しかもメラニア夫人はホワイトハウス住まいを拒否し、ニューヨークを離れようとしない。


 トランプ大統領の一日を想像してみよう。朝早くからテレビのニュースを見続け、気に入らないことがあると、さっそくフェイク・ニュース(偽りのニュース)だとツイッターで反論する。本来ならアメリカ大統領は毎朝、国家安全保障担当大統領補佐官から詳しいブリーフを受けることになっている。あのジョージ・W・ブッシュ大統領でも毎朝九十分は安全保障関係のブリーフを受けていたが、トランプ大統領は自分のインテリジェンス機関を敵視しており、およそこの種のブリーフは毛嫌いしているに違いない。


 朝のツイッターが一段落すると、いろんな補佐官が入れ替わりで入ってきて案件の説明をし、それなりに忙しくなるが、夜になれば深閑としたホワイトハウスである。酒も飲まないトランプさんはテレビだけが友達である。こうした日々が精神状態によくないことは容易に想像される。とりわけ危険なのが金曜日である。金曜日の夕方になるとユダヤ教の安息日のため、娘のイバンカさんとその夫のクシュナー氏はホワイトハウスから姿を消してしまう。電話もかからなくなる。メラニア夫人がいないホワイトハウスではイバンカさんが一番心の休まる話し相手であり、その夫のクシュナー氏も上級顧問としてホワイトハウスに陣取り、話し相手になっているが、彼らがいなくなってしまう。どうにも孤独なトランプ大統領である。


 こうした時に影響力を発揮し始めたのが、ホワイトハウスの実力者となったバノン首席戦略官だった。大統領就任から一週間たった一月二十七日、バノン氏は「トランプ大統領、この大統領令を出しましょう」と七カ国(イラク、シリア、イラン、スーダン、リビア、ソマリア、イエメン)からの入国禁止令を提示する。その大統領令の案文を見せられたトランプさんは、「よし、やろう」と反応する。こうして出されたのが七カ国入国禁止令だった。この入国禁止令は国土安全保障長官にも協議されないままに、バノン氏と三十一歳の若いミラー上級政策顧問の二人が作成したとされており、いかにも準備不足の大統領令だった。


 この入国禁止令は、トランプ大統領が最も重視する政策の一つ、アメリカ国内の安全確保のための目玉政策であり、トランプさんが大統領選挙の期間中に発言した「ムスリムを入国させない」という選挙公約を実行に移すものだった。しかし、この目玉商品がのちにトランプ政権にとって大きなマイナス材料となる。少し詳しくこの入国禁止令の内容とその後の展開を見てみよう。


入国禁止令


 一月二十七日に出された大統領令は、難民受け入れ制限(シリア難民の受け入れは無期限停止)と七カ国からの入国希望者に対する入国禁止措置(九十日間のビザ発給の停止措置)だった。アメリカ各地の空港では大混乱が生じ、その模様がテレビで大きく報じられた。アメリカへの入国を拒否された人のなかには、イスラム国(IS)の弾圧から逃れるため二年越しでビザを取得し、ようやくアメリカの空港に到着したイラク人や、心臓手術を受けるためアメリカにやってきた幼いイランの女児がいた(イランの少女のケースは大きなニュースとなり、さすがにトランプ政権も人道措置として入国を認めざるを得なかったが)。


 世界中の人々がトランプ政権発足直後から乱発された大統領令に(あき)れ、トランプ大統領のツイートをハラハラしながら見ていたが、さすがにこの入国禁止令への反発は世界的規模で広がった。イスラム教の国々をターゲットにした大統領令に対し、あからさまな宗教差別だとの批判の声が渦巻き、難民受け入れ制限に対しても移民の国アメリカにあるまじき措置だという声が一斉に湧き起こった。一月二十七日、トランプ大統領との最初の首脳会談という「栄誉」に浴したメイ・英国首相だったが、彼女をロンドンで待ち受けていたのは、「トランプ大統領を国賓として迎えたいと招待したのを取り消すべきだ」という署名の嵐だった。アメリカ国内でも、空港での混乱が大きなニュースとなり、アメリカ各地での入国禁止令反対デモの様子が連日大きく報じられた。


 そして二月三日、シアトルの連邦地裁が歴史的な判断を下した。入国禁止令の執行を差し止めるという決定だった。これに対しトランプ大統領はさっそくツイッターで「『いわゆる判事』の見解は、本質的に国から法執行を奪うものであり、馬鹿げていて、ひっくり返されるだろう」と怒りを(あら)わにし、さらに続いてのツイッターでは「判事が入国規制を停止したせいで、たくさんの非常に悪く、危ない連中がわれわれの国に押し寄せてくる。とんでもない決定だ」と反論したのだった。


 この決定を下したシアトル連邦地裁のロバート判事は、共和党のジョージ・W・ブッシュ元大統領に指名された人物で、議会で賛成九九、反対〇で承認されており、トランプ大統領が「いわゆる判事」と()()するような人物ではなかった。ロバート判事が「裁判所の仕事で基本的なことは、裁判所は連邦政府の三つの対等な機関の一つであると認識することであり、その任務は政策を作ることや、他の二つの機関が作った政策の知恵を判断することではない。やるべきことは他の二つの機関のとった措置が合法か否か、とりわけ合憲か否かを判断することだ」と指摘し、大統領令の一時差し止めを命じる仮処分を下したのだった。


 論理的、かつ冷徹に下した連邦地裁ロバート判事の決定と、これを馬鹿げた見解だと断じたトランプ大統領、二人の対応はまことに対照的であり、アメリカ大統領の程度の低さをあらためて見せつけられた思いがした。


分断国家アメリカ


 しかし、この入国禁止令をめぐるアメリカ国内の動きは、アメリカが合衆国“United States of America”ではなく、分断国家“Divided States of America”だということを印象付けるものだった。入国禁止令が出されると、アメリカ各地で大統領を批判するデモの様子がテレビで大きく報じられ、世界各地でも反トランプの嵐が湧き起こっていた。しかし、驚いたことに一月三十一日に出されたロイターの世論調査では、賛成四九%、反対四一%でトランプ大統領の入国禁止令への支持の方が多いという結果が出された。


 そういえば、アメリカ国内の反トランプデモは、主にニューヨークやカリフォルニアでのデモであった。トランプ候補が糾弾するフェイク・ニュースではないが、反トランプのデモは必ずしも全米の声を代表するものではなく、ロイターの調査結果は、なおトランプ支持が根強いことを物語っていた。まさにアメリカは分断国家となっていた。



 大統領選挙では、ヒラリー・クリントン候補が全米獲得票数で二八〇万票もトランプ候補を上回ったが、ニューヨークとカリフォルニアの二つの州を除く四八州ではトランプ候補が三〇〇万票上回っていた。(こん)(にち)のアメリカは、ニューヨークとカリフォルニアに代表される東海岸と、西海岸の地域とその間に横たわる中西部から南部の地域に分断されていることが選挙結果から明白であり、入国禁止令をめぐる騒動は選挙後もアメリカが分断国家であることを物語っていた。


 その後、この入国禁止令はサンフランシスコ連邦控訴裁判所でも否定されてしまい、トランプ政権は屈辱的な敗北を喫したのだった。

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