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(2021/11/26 追記)

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詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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歌舞伎キャラクター事典
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雑学
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第二章 伝説の人物と二枚目の巻

『歌舞伎キャラクター事典』
[著]荒俣宏 [絵]いまいかおる [発行]PHP研究所


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(すけ)(ろく)

『助六((すけ)(ろく)由縁(ゆかりの)()()(ざくら))』

江戸のパンク。紫(ちり)(めん)の鉢巻と蛇の目傘の伊達姿。


人物 江戸っ子の元祖。今は全盛の花魁(おいらん)(あげ)(まき)の情夫となり、夜な夜な吉原にあらわれては喧嘩三昧の日々を送る。だが侠客を装っているが、その正体は()(がの)()(ろう)(とき)(むね)。喧嘩相手に刀を抜かせ、紛失した源氏の重宝(とも)(きり)(まる)のありかをつきとめんとしているのだ。

物語 友切丸を盗んだ犯人は、揚巻に(よこ)(れん)()をしかける大尽、(ひげ)()(きゆう)だった。この男、助六がいくら挑発しても刀を抜かない。だがあるとき、助六を罵倒するうち、香炉台の足を曾我兄弟に見立て切ってしまう。そのとき抜いたのが友切丸。それを見た助六は夜のふけるのをまって意休を斬り殺して刀を奪う。実は意休、伊賀の(へい)(ない)()()(もん)という盗賊だったのだ。(『助六((すけ)(ろく)由縁(ゆかりの)()()(ざくら))』)

歴史 京都の侠客(よろず)()(すけ)(ろく)は、宝永年間(一七〇四~一一)以前に京島原丹波屋の遊女(あげ)(まき)(揚巻)と心中したと伝えられる。これが上方で噂となって大坂で劇化、さらに江戸浅草山に住んだとされる米問屋(または魚問屋)大捌助六(または戸沢助六)という(おとこ)(だて)とあいまって江戸っ子町人助六像がつくられたといわれている。

名科白 十数本の煙巻(きせる)をもち、意休老人の前で色男を決める痛快シーン。

この大門をぬっとくぐると、なじみの女郎の吸いつけ煙草で煙巻の雨が降るようだ」

 花川戸の助六は江戸っ子のアイドル。「助六」が演じられるときは、街をあげてのお祭り騒ぎになったという。


()()兄弟(きようだい)(じゆう)(ろう)(すけ)(なり)()(ろう)(とき)(むね)

(くさ)(ずり)(びき)』『矢の根』ほか

かつてもっとも人気のあった兄弟ヒーロー。しかし親の(かたき)を討つだけという一本調子のためにか、昨今は忘れられがち。


人物 父の(かわ)()(さぶ)(ろう)(すけ)(やす)(かたき)()(どう)(すけ)(つね)をねらう鎌倉初期の武士。兄を()(がの)(じゆう)(ろう)(すけ)(なり)、弟を()(がの)()(ろう)(とき)(むね)という。やがてチャンス到来、力合わせて祐経を討つが、兄は戦いの場で討死に、弟も捕らえられて源頼朝から死刑を言いわたされる。『忠臣蔵』以前のもっとも有名な復讐劇の主人公たち。

物語 正月の宴席で兄十郎がなぶられているとの知らせを聞いた五郎、兄を救うため(よろい)をもってはせ参じようとする。だが兄弟の同情者()(ばやし)(あさ)()()は鎧の(くさ)(ずり)(裾の部分)を引いて五郎をとめる。(『(くさ)(ずり)(びき)』)


 正月の曾我家。矢の根をとぐ五郎のもとを大薩摩の太夫が年始におとずれる。太夫の年玉は宝船の画かれた紙。それを枕の下にしいて寝た五郎は夢で兄が工藤の館に捕らわれたことを知る。目ざめた五郎は兄を救うべく馬をとばす。(『矢の根』)


 正月の工藤の館。小林朝比奈の手引きで曾我兄弟は祐経と対面。父の敵と名乗れとつめより、すきあらばとねらう五郎に、祐経は源氏の重宝(とも)(きり)(まる)が手にはいれば、と答える。そこへ友切丸をもってかけつけたのが兄弟の忠臣(おに)(おう)(しん)()()(もん)。すると祐経は富士裾野の巻狩の総奉行を勤めあげたなら、兄弟に討たれてやることを約して別れる。(『(たい)(めん)寿(ことぶき)()(がの)(たい)(めん))』)


 富士の裾野で巻狩がおこなわれるとの報がとどき、いよいよ敵討ちのチャンスと兄弟は当地へ向かう。だが雨のため狩は延期になり、工藤は仮屋で酒宴の最中である。そこで十郎は工藤と対面、やがて旅宿にもどると五郎とともに討入りに出発する。そして大雨の中、工藤を討つが、十郎は()(たんの)()(ろう)に殺され、五郎は捕縛されて頼朝の訊問をうける。その孝心に感じた頼朝は、兄弟の母に扶持を与えることを約束する。五郎は死刑を宣告される。(『()(うち)()()()(うち)()()(かり)(ばの)(あけぼの))』)

歴史 曾我兄弟十郎祐成(一一七二~九三〔承安二~建久四〕)、五郎時致(一一七四~九三〔承安四~建久四〕)の復讐事件は歴史的事実で一一九三年(建久四)に起きた。敵の工藤祐経は源頼朝の寵臣。江戸期には正月になると「曾我物」を上演する慣習が定着し「曾我物」のバリエーションは数多い。五郎役は初世市川団十郎以来、市川家のお家芸として発展した。

 『助六』も曾我物の一ヴァージョン。江戸の遊蕩児助六の正体は曾我五郎という設定になっている。


()()()(さん)(さぶ)(ろう)

(さや)(あて)(うき)()(づか)()(よく)(いな)(づま))』『(いな)(づま)(ぞう)()(うき)()(づか)()(よく)(いな)(づま)・あざ娘)』

才智美貌に恵まれすぎて世をすねた色男。死にざまも無意味なくらいアナーキーで、彼にふさわしい。


人物 出雲のお国とともに、歌舞伎の創始者と伝えられる。俗に「さんざ」「山三」「山左」「山左衛門」「三左衛門」などとも呼ばれる杉良太郎ばりの色男。十代のうちに武勲を立てるほどの武芸達者ながら、若くして刃傷沙汰のために非業の死をとげる。(けい)(せい)(かつら)()をめぐり、浪人()()(ばん)()()(もん)の永遠のライバル。伝説の美少年。

物語 桜舞う江戸新吉原の仲の町。二人の浪人がすれちがいざま、(さや)のこじりがいきあたる。一方は浪人の不破伴左衛門、他方の浪人は名古屋山三。ともに、傾城葛城の客として張りあう仲。武士の面目として(さや)(あて)を見すごすわけにはいかない。思わず相手を斬らんとする山三郎・伴左衛門。と、そこへ葛城があらわれてふたりを止める。(『(さや)(あて)(うき)()(づか)()(よく)(いな)(づま))』)


 元は佐々木家の家臣の名古屋山三は今は浪人中。おなじ家中の腰元でかけおちした仲の妻は、今は吉原に身を沈め、花魁(おいらん)の葛城太夫になっているため、下女のおくにと二人暮らし。


 おくには美男の山三に秘かに恋し山三に似た絵をいつもふところに入れている。それにこたえた山三、おくにと一夜のちぎりをむすぶ。が、そこにあらわれたのがおくにの父浮世又平。彼は不破伴左衛門にそそのかされ、山三を殺すべく毒薬を持って登場したのだった。それを知ったおくには父を殺して自分も死ぬ。


 闇の中、毒で死にかけたおくにをそれと知り、水盃をかわして山三がでていくところで幕切になる。(『(いな)(づま)(ぞう)()(うき)()(づか)()(よく)(いな)(づま)・あざ娘)』)

歴史 名古屋山三郎(?~一六〇三〔慶長八〕)は実在の人物。


 小唄にうたわれるほどの美青年であったが、三十歳前後で刺殺され、以後さまざまに伝説化された。

名科白 不破とのやりとり。

歌舞の菩薩の君たちの、妙なる御声音楽の……」


(たいらの)(ただ)(のり)

(いちの)(たに)(ふたば)(ぐん)()(流しの枝)』

武将よりも文人になりたかった人。今は忠度的な「ルサンチマン」がなくなったのが、せめて救いか。


人物 平安末期の平家の武将。(たいらの)(ただ)(もり)の子、清盛の弟。正四位下(さつ)(まの)(かみ)。武勇をほこるとともに歌人としてもすぐれ、平家が一の谷に都落ちする途中、ひとり京都へ引きかえし、今生の思い出にと藤原俊成に自作の歌を勅撰集に入れてくれるよう託す。一の谷の戦いで敗死。強さと風雅を合わせもつ人柄が後世にも愛される。

物語 平家一門の滅亡を自覚した忠度は、都落ちからきびすをかえし、歌の師たる藤原俊成のもとを目指し京へともどる。そして自詠歌が勅撰集に入ることを願いつつ、ふたたび戦場へ向け出発。その道すがら、()(ばら)の里で出会ったのが許婚者である俊成の娘(きく)(まえ)とその乳母(はやし)。彼らに最後の別れを告げ、忠度は一の谷へと向かうのだった。(『(いちの)(たに)(ふたば)(ぐん)()(流しの枝)』)

歴史 平忠度(一一四四~八四〔天養一~元暦一〕)は、実在した武人で、彼が俊成に託した歌「さざ波や志賀の都はあれにしを昔ながらの山桜かな」は、のち、『千載集』に入れられたが、朝敵であることがはばかられ、「読み人知らず」と記された。

 古くはわたし舟などにタダ乗り(無賃で乗ること)することを、忠度の肩書きとしゃれて「薩摩守」と言った。


(みなもとの)(よし)(つね)

()(いち)(ほう)(げん)(さん)(りやくの)(まき)(菊畑・奥庭)』『(よし)(つね)(こし)(ごえ)(じよう)』ほか

若大将の元祖。美男でスポーツ万能で女にもて、友人に恵まれるというタイプは、とかく嫉妬を買うので、ご用心。


人物 平家滅亡へ向けて大活躍した源氏の武将。幼名牛若丸でも有名。源義朝の子、頼朝の腹ちがいの弟。父義朝の敗死にともない、幼くして(くら)()(でら)で修行。このとき鞍馬の山の大天狗(いわゆる鞍馬天狗)に兵法の奥義をさずかったと伝えられる。長じては頼朝の先兵として功勲を立て、壇の浦の海戦では平家軍を全滅させた。また一の谷の合戦における(ひよどり)(ごえ)の奇襲もよく知られるところ。


 しかしやがて頼朝と対立、追放の身となり奥州の藤原秀衡のもとへ逃れるが、結局衣川の館で自害する。なお弁慶は義経の有力な郎従、(しずか)()(ぜん)は愛妾。

物語 若き牛若は今出川の兵法者()(いち)(ほう)(げん)の館に(とら)(ぞう)なる(やつこ)として住みこんでいる。目ざすは秘書三略巻を手にいれること。やがて鬼一こそ昔天狗の姿で牛若に兵法を伝授した当人と判明。一方鬼一の娘皆鶴姫は牛若に惚れる。娘の将来を鬼一に託された牛若、引出物としてついに虎の巻を入手する。(『()(いち)(ほう)(げん)(さん)(りやくの)(まき)(菊畑・奥庭)』)


 (かじ)(わら)(かげ)(とき)のざん言で(こし)(ごえ)を追われた義経、京都堀川で頼朝に反旗をひるがえす。だが義経は好臣たちにのせられて踊りに熱中。これを憂えた執権泉三郎は軍師として木曾義仲の残党五斗兵衛を呼びだす。(『(よし)(つね)(こし)(ごえ)(じよう)』)


 堀川御所の義経のもと、頼朝の上使(かわ)(ごえ)()(ろう)がやって来る。義経がなぜ(たいらの)(とき)(ただ)の娘(きよう)の君、つまり平家一族の女を嫁ったのかを問いただすためである。だが実のところ川越太郎こそが卿の君の本当の父。事実をたてに逆に義経が太郎を責める。これを見た卿の君は自害してしまう。(『(よし)(つね)(せん)(ぼん)(ざくら)(かわ)(ごえ)(じよう)使())』)

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