読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1297198
0
歴史探偵 昭和史をゆく
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第二話 鉛筆を使わない国──満洲事変

『歴史探偵 昭和史をゆく』
[著]半藤一利 [発行]PHP研究所


読了目安時間:15分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

1、芥川龍之介『支那遊記』を読む



 満洲事変のことを調べているとき、ふと思うことがあって、改めて芥川龍之介の『支那遊記』を読み返してみた。「やっぱり、そうか」という、予想どおりというか、ある種の感慨を抱いた。日本と中国の関係は、昭和改元以前からかなり悪くなっていたことが具体的にわかったからである。


 この本は、その自序にあるように「大正十年三月下旬から同年七月上旬に至る一百二十余日の間に上海、南京、九江、漢口、長沙、洛陽、北京、大同、天津等を遍歴した」紀行である。かれに先だって大正七年に谷崎潤一郎が、九年に佐藤春夫が中国に遊び、その旅行の成果がいくつかの作品となっている。その遊歴はいずれもかれらの詩囊を肥やすためのものであった。鋭利な観察、豊富な官能、ゆったりとした詩情……。芥川の『支那遊記』もまた、それらにやや近いもの、という想いが以前に残っていた。


 けれどもその一方で、『支那遊記』にはたしか、当時の中国人の対日本感情も書かれていたのではないか、といううっすらとした記憶も頭の隅にある。なにしろ大正十年といえば、その年の七月に上海で共産党創立大会がひらかれ、毛沢東その他の中国要人が参加した。また、大正八年のいわゆる五・四運動直後の時代であって、中国民衆の間に、排日侮日の火勢が日一日と力をましていきつつあるときである。しかも、芥川の場合は、かれが社員となっていた大阪毎日新聞社の強い要請による海外視察員。「社命だから貧乏旅行だ」(三月七日恒藤恭あて)とはいえ社費による旅行であったからである。単に自分の趣味に遊んでいるわけにはいくまい。谷崎・佐藤らがあえて見ようともしなかった“政治”の面にも、一顧を払うべしという注文が付せられていたにちがいない。──というのが『支那遊記』をふたたびひもとく気になった直前の、ひそかな期待であった。


 結果は、芥川のさりげない筆の運びのなかに、ほんのいくつか、わたくしの期待に叶うような記載をみつけて、少なからず満足した。


 もちろん、文学作品をこうした意図で読むのは間違っている。全体を無視してのそうした抜萃がまた『支那遊記』の文学的評価をいちじるしく歪めることになるかもしれない。それらをすべて手前勝手に黙過した上で、大正十年の春から夏にかけて芥川の見た中国の、ある一面の様相をつぎに摘記したい。日中問題を考える上に、歴史探偵にはきわめて大事と思えるからである。


 さて──杭州にやってきた芥川は、旅館でアメリカ人の傍若無人の振舞いに憤然としたのち、西湖周辺の旧蹟をまわる。()(ぼう)にのって湖面をすいすいと進み、蘇小小という唐代の美形の墓に詣でる。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:5994文字/本文:7095文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次