読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1297207
0
歴史探偵 昭和史をゆく
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第十一話 二つの日記──永井荷風と伊藤整

『歴史探偵 昭和史をゆく』
[著]半藤一利 [発行]PHP研究所


読了目安時間:12分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

1、永井荷風の見事な歴史観察



 愛読する作家はだれか、と聞かれると、躊躇することなく永井荷風をあげる。とくにその日記『断腸亭日乗』の面白さは、なんど読み直しても常に新しい発見があり、飽きることがない。


 昭和の戦時下を生きて、荷風さんはついに日本人ではなかったのではないかと思う。いや、戦後もまた、この人にあってはかりそめの世であったようである。日本にいながら、日本からの亡命人でありつづけた。その生涯を終える昭和三十四年までの昭和の時代を、荷風さんは『日乗』のなかでのみ生きていたのであり、過ぎていく激動の歳月を夢まぼろしと眺めていた。


 一言でいえば、戦前の「聖戦」観念とも、戦後の「解放」意識とも、荷風さんは縁なき存在であった。首尾一貫して、政治や社会の変化の背後の不気味な闇だけをみつめていた。


 たとえば昭和十六年一月一日の日記に、

……去年の秋ごろより軍人政治の専横一層甚しく世の中遂に一変せし今日になりて見れば、むさくるしく又不便なる自炊の生活、その折々の感慨に適応し、今はなかなか改めがたきまで嬉しき心地のせらるる事多くなり行けり。……此の如き心の自由空想の自由のみはいかに暴悪なる政府の権力とても之を束縛すること能はざるべし。人の命のあるかぎり自由は滅びず」(原文旧漢字、以下同じ)


 と書くその人は、戦後の昭和二十一年四月六日には、大阪で起きた朝鮮人と警察との争いを伝聞として記し、

……闇屋の中には日本人も交りゐたりしが、これも朝鮮人の身方となり警吏と争ひ、遂に双方ピストルを放つに至る。この騒に米国憲兵の事情に通ぜざれば機関銃を放ち乱闘する日鮮人及び警吏を追払ひたり。死傷者少からざりしと云。此事件米国検閲の為新聞紙には記載せられず。米人口には民政の自由を説くといへども、おのれの利なきことは之を隠蔽せんとす。笑ふべきなり……」


 とも書く。「自由は滅びず」といい、「民政の自由を説くといえども、おのれの利なきことは之を隠蔽せんとす」といい、実にあっぱれな啖呵である。こうした例は拾えばここかしこにある。荷風さんの意識はいつも覚めていたし、その思想は戦前戦後を一本に貫いていたことがわかる。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:4819文字/本文:5720文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次