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歴史探偵 昭和史をゆく
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歴史
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第十二話 気骨ある人びと──戦争をめぐる五つの生き方

『歴史探偵 昭和史をゆく』
[著]半藤一利 [発行]PHP研究所


読了目安時間:24分
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1、高田保の「妻のために」



 大正から昭和の初めにかけて、日本は大きく変化した。それは大正七年に終結した第一次世界大戦によって、日本人が急に大きな富を得たことによるが、上からの重圧を感じなくなったということもあずかって力があった。庶民階級が、素手で、勇敢に、真正面から生活全般に欧米文明をとりいれはじめたのである。今日でいう大量消費時代が早くも出現し、大学の教室で、マルクスの資本論が教材となったのも、天皇機関説の講義が許されたのも、この時代であった。


 明治二十八年(一八九五)に茨城県で生まれた高田保の二十代は、色彩まばゆくさまざまな花が開こうとする大正時代に、すっぽりとはまっている。早稲田大学英文科を卒業した高田は、劇作家の道を歩き、この自由な時代の空気を存分に吸って生きた。


 しかし、こうした自由奔放を亡国への兆しとみた一部の日本人によって、咲こうとした花は無残にも叩き折られ、散らされてしまう。昭和の初めに世界を襲った不景気の波にもまれ、島国日本には国防国家建設の名のもとに、国家的統制が社会全体をおおいはじめるのである。治安維持法の改正、特高警察の強化などによる強圧の嵐は、社会の隅々にまで及んでいった。


 新進劇作家として若き高田保は、時代の波にもまれて苦悩する小市民の生活を描くうちに、次第に軍国主義、国粋主義に対する反抗の色彩を強めていく。「勇士一家」「生ける人形」「母」と一作ごとにその主調が高められていった。しかし、彼の自由主義謳歌ないしは左翼的傾向の考え方を、社会主義思想への警戒を強める警察当局が見逃してくれるはずはなかったのである。


 昭和四年春、高田は逮捕されて赤坂表町警察署に留置された。


 留置と監禁、そして温情ある説得、ときには拷問、当局はあらゆる手段をとって、検挙した者の思想的転向を計った。昭和六年現在における社会主義思想からの転向の動機を、検事局が統計にしたものがある。

1 肉親愛による 百三十八名

2 国民的自覚   七十三名

3 理論の清算    四十名

4 拘禁による後悔 二十五名

5 健康などによる 二十四名


 実は、その前年の昭和五年六月、高田保は転向を表明する上申書を書いている。彼の理由はほかに類例のない「妻のために」であった。高田は書く。

彼女はほとんど本能的に社会運動を恐れたのであります。と同時に私をしてどこまでも安全な『芸術のための芸術』の圏内に引き留めようとつとめたのであります。私はもはや妻と別れて私自身のみ分かれ道へ行くか、妻に従って彼女の望むままの安全地帯に止るか、この二つの道より外にありませんでした」


 苦悩のはてに、高田は「妻のために」の道を選んだ。

理由は“おのれをして愛するものの存在たらしめよ”。私は作家となったのは妻の力であり、私はその意気に感じて終始してきていたからであります」


 こうして高田は社会主義運動からきっぱりと離れていった。「世界がどのように必然的に革命への道を歩むにしても、それは私とは何ら関係ありません」とまでいい切って……。


 そして、その後の高田は、その声明に忠実に生きぬいている。多くのインテリ転向者がややもすれば国家主義的・民族主義的な思想へと、一八〇度転回したなかにあって、思想というものを否定し「家庭が大事だから」とする彼の理由は、「不誠実」とさえみえた。しかし、妻を愛し、家庭を愛することを第一義とする方向に、その後の彼はただ一直線に生きた。なにごとにたいしても、高田はそれ以後正面を切ることはなかった。


 日中戦争、太平洋戦争とつづく国家の動きに対しては、彼の妻への愛を破壊するものとして、許されるかぎりの皮肉な眼を向けつづけた。昭和史を一庶民として生きぬいた。


 戦後の、津波のような文化人の左翼化や、昨日の軍国主義者が今日は民主主義者となる傾向に対しても、また同じ眼をもってこれを見届けている。庶民の幸福と、それらのことは無縁である、といい切って。


 戦後、彼は『毎日新聞』紙上でコラム「ブラリひょうたん」を書きつづけた。その基本となっている考え方はニヒリズム(虚無)だという。一切の功利性を否定し超越した高田の生き方は、たとえていえば、真空の中をさまよっているように見えた。レントゲン検査の結果では生きていることが奇蹟という身体を、夜更かしどころか、寝るのは明け方で昼はずっと寝床の中という暮らしをつづけながら、このコラムに余力のすべてをそそいだ。生き方にも作品にも、世の中に吹く風をすべてさり気なく受け流し、微笑みがつねにあったが、それが悲しく読めることが多かった。

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