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中国人とは何者か 日本人は永遠に理解できない?
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人文・科学
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1 中国文化の本質

『中国人とは何者か 日本人は永遠に理解できない?』
[著]小笠原茂 [発行]PHP研究所


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古く澱んだ漬物甕文化


 中国人は誇り高く、自分たちの欠点をさらけ出すようなことはしないという。だから中国人の書いたもので中国文化の本質をとらえることはむずかしいのである。もともと自分の(あやま)ちを認めないのが中華思想なのである。


 だから中国人自身の手になる中国論は(りん)()(どう)以来久しく書かれていなかった。ところがついにそのタブーを破り、本音の中国文化論が現われた。(ポー)(ヤン)の『醜い中国人』(光文社、一九八八)である。


 柏楊の見るところ、中国文化は、孔子以来二千五百年間、ただ一人の思想家も生まなかったのである。つまりすべての学者は、孔子の学説を注釈し、あるいは注釈書のまた注釈をするだけで、独立した自分自身の思想を持たなかったというのである。


 かつて春秋戦国時代には諸子百家といわれるほどさまざまな思想家がいたはずなのに、なぜそうなってしまったのか。それは漢代以降、儒教が国教となり、清末まで続いたからである。科挙の試験も当然そこから出題された。したがって、孔子の教えをどう解釈するか、という解釈学だけが発達したのである。


 また後漢の時代、すべての知識人の発言や弁論、そして文章などは決して師の教えを超えてはならないことになった。これを「()(しよう)」という。もし師を超えれば、学説として認められないだけではなく、法を犯すことになる。こうして学問も思想も窒息状態となり、完全に抹殺されてしまった。結局、中国の歴代王朝のもとでは新しいものは育たず、中国人は、いわば死んだ水の池のなかで生きていく以外になかった。


 柏楊はこの死んだ水を湛えた古池を中国文化の「(つけ)(もの)(がめ)」と名付けた。この「漬物甕」は腐って悪臭を発し、中国人を醜く変えてしまったのである。この「漬物甕」の深さは底知れず、そのなかに住む人々は、自分の考えで自分の問題を解決することができず、他人に導いてもらう以外に方法がなくなってしまった。


 この「漬物甕」に放り込めば、どんなにおいしいものでもたちまち腐ってしまう。外来のどんないいものも、いったん中国の「漬物甕」に入ると、たちまち似ても似つかぬものになるのである。


 たとえば外国には法制があり、中国にも法制がある。しかし、中国では、法に従わなければならないのは人民だけで、権力者は法を無視しても平気でいる。また外国には自由があり、中国にも自由がある。しかし中国人の自由は自分たちで決定したことにも従わない自由なのである……等々枚挙に(いとま)がない。このように中国の「漬物甕」文化はいたるところで中国人を骨絡み蝕んでいる。


 では中国人はどうしたら近代国家を建設できるのか、柏楊は考える。本来ならば民族性を改造して、中国人自身を「漬物甕」から取り出さなければならないのだが、それでは時間がかかりすぎる。それならば、まず民主制度を確立すべきである。人民の圧力で、民主化を避けることができないような大きな潮流をつくるべきである。


 奇しくもこの本の日本版が出された年、つまり一九八八年八月、台湾では蔣経国総統が逝去し、李登輝氏が総統になった。そして一九九六年三月、台湾では初めての総統直接選挙があり、李登輝氏が当選した。その後、二回目の総統選では野党民進党の陳水扁氏が当選し、政権交替まで実現した。あとは中華人民共和国の民主化を待つのみである。


中国人の五つの欠点


 さて、柏楊は中国人の五つの欠点について述べている。その第一の欠点は、汚なく、無秩序で、騒々しいことである。


 まず中国人の台所は汚なく乱雑である。外国では中国人が引っ越してくると、周囲の人はよそへ引っ越してしまう。その後に入居してくるのは、またしても中国人である(笑)


 また騒々しさについては、中国人の声はどの国の人よりも大きい。これは声が大きければ、自分を正当化できると思っているからである。


 第二の欠点は、派閥と内ゲバである。中国人は一人ずつ見ると、一匹の竜のようである。しかし、三人の中国人が一緒になると、たちまち一匹の豚か、もしくは一匹の虫にさえ及ばなくなる。なぜなら三人になると中国人の最も得意な派閥争いと内ゲバが起こるからである。このため中国人は永遠に団結できないのではないか、と思われるほどである。


 第三の欠点は、かつてユダヤ人と同じように「勤勉」だといわれていた美徳が消えてしまったことである。中国人がユダヤ人と違うのは、反対党もないのに、いったん決定しても誰もそれに従わないことである。


 第四の欠点は、中国人は死んでも自分の過ちを認めようとしないことである(このためどれほど多くの日本人が泣かされてきたことか)


 中国人は自分の過ちを認める習慣がなく、いろいろと理由を並べたてて、自分の過ちをごまかそうとする。一つの過ちをごまかすために、中国人は大きな労力を費やして、新しい過ちを犯す。さらにその過ちをごまかそうとして、より大きな過ちを犯す。


 孔子は二千五百年前からこうした中国人の性癖をよく見抜いていた。曰く「過ちて改めざる、これを過ちと謂う」(『論語』)


 最後に第五の欠点は、大国にふさわしい度量がないことである。西洋人なら意見の違う相手に会うと、たとえ殴り合った後でも握手をすることができる。ところが中国人ときたら一度喧嘩すると、百年の仇敵になり、三代たっても憎しみを忘れない。どうして中国人は海のような包容力を持てないのか。


 包容力のない狭い心は両極端の中国人をつくる。一方は絶対的な自己卑下で、一方は絶対的な傲慢となる。卑下するときは奴隷となり、傲慢となるときは主人になる。どちらにも自尊心はなく、まるで人格分裂の怪物である。これが柏楊のいう中国人の五つの欠点なのである。歯に衣を着せない本音の中国論である。


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