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(2021/11/26 追記)

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熱き心 寛斎の熱血語10カ条
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ルポ・エッセイ
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第五章 感動こそが財産

『熱き心 寛斎の熱血語10カ条』
[著]山本寛斎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:26分
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極意

人生の目的はお金を拝むことではない


人生にはお金よりも大切なことが山ほどある。

お金のために信念を曲げてはいけない。

しかし、借金をしてでもお金を使うべき時は必ずある。

お金は夢を実現するために有益なものである。


「これだけは譲れない」という信念を貫けるか



 パリでの失敗の後、ファッション・デザイナーとして地道な創作活動に入った。まだ死んでいないのだから、とにかく一歩前に歩いてみるしかない。そう考えたからだ。

「デザイナーとしての才能は素晴らしいんだから、それを生かして欲しい」


 周囲にはそんなことを言われた。それは、とりもなおさず「スーパーショー」の方向はもうやめろということだ。私を支えてくれるスタッフが「ファッション・デザイナーとして頑張れ」と言うのなら、そのワクの中で真面目にやるしかないと決意した。


 ただ一つだけ、私には「これだけは譲れない」という“核”があった。それは、自分の作品は日本国内にとどまらず海外へ持っていきたいということだった。私がその時目指していたデザインは、日本の市場だけにとどまるなら評価してもらえないだろうとも感じていた。


 海外に出ることに、スタッフは反対だった。私の失敗は海外の評価を過大視したところにあるのだから、そんな冒険をあえておかすのはどうか、という理由である。


 しかし、私は自分に残された最後の“核”だけは手放すことができないと思った。


 当時の日本は、売れる服を作ればえらい、才能はなくても売れればいいという時代だった。創作する服と日本で売れる服とはまったく異なっていたのだ。才能のある者はみな海外へ出ていった。


 私もずいぶん悩んだ。しかし、日本の状況に迎合せず、どんどん世界へ出ていかなければ、未来の日本のファッション界はダメになる。いや、日本のファッション界などという話じゃない。自分の信念を曲げたら、私自身がつぶれてしまうと思ったのだ。


 自分一人でも海外へ行く。


 アメリカへ行商さながらの旅に出たのはそんな経緯からだった。


 私なりの計算もあった。その頃日本で“ビジネスになる”とされたデザイナーは、一万着売れる服を作れる人だった。それに比べて、私の創作の服は国内では二〇〇着しか売れない。だが、国内で二〇〇着なら、世界の五〇カ国でそれぞれ二〇〇着売れば、同じ一万着になる。ちゃんとビジネスになるではないか、と。


 その後、モスクワで初めての本格的な「スーパーショー」を行う一九九三年まで、真面目に服作りをした。その間パリコレに出品し続けたのは、その精進の(あかし)、といっていい。これで「マジでやります。未来をください」と言った神さまとの約束は果たしたと思った時、パリコレへの出品はやめることにした。


 ファッション・デザイナーにとって、パリコレへの出品をやめるという決断は大変なものである。自動車会社でいえば、F1の参戦から撤退するに等しい。その決断が企業ブランドを維持するためには大打撃となるかもしれなかった。


 けれど、やりたいことをやる自由を選んだ。人生には、お金より大切なものがある。それだけは、手放すことができないのだ。


三〇〇〇万円あったら、貯めるより、
存分に使って、やりたいことをやろう!


「スーパーショー」をやる時は、いたずら好きのガキ大将のような気分になる。観客の気持ちをつかんで、揺り動かして、最後にそれをコテンとひっくり返して大ショック! そんなふうに人が驚いてくれる顔をまず見たい。そして、「ヒャー!」とか「ウギャー!」としか言えないような感動と喜びの笑顔が見たくて仕方ない。


 ショーを完成させるまでは悩みも苦しみも多い。だが、たった一人でシナリオを作ったり、コンテの絵を描いたりしている時、ふと思い描くのは、そんな人の驚く顔や笑った顔である。

「ヒャー!」「ウギャー!」「ワハハハ」「ブラボー!」


 時には、自分が観客の気持ちになって、大声を出していることがある。


 作家の新田次郎さんは『アラスカ物語』など波瀾万丈のストーリーを書きながら、一人で「エイ!」とか「あっ」「うっ」などとつい声を出していたという話をどこかで読んだことがあるが、それと似ているのかもしれない。見てくれる人がショーと一体化して、ワクワクドキドキしてくれる顔を想像すれば、悩みも苦しみも吹き飛んでしまうのである。

「スーパーショー」は、私にとってそのぐらい面白い。だから、他にお金を使いたいとは思わない。


 一億円の資金が集まったら、七〇〇〇万円を使い、残りの三〇〇〇万を懐に入れるような人間もいるかもしれない。だけど、私はその一億円に自分のヘソクリ三〇〇〇万円を上乗せしてでもやるという感覚だ。まあ、実際にはそんなヘソクリはゼロなのだが、そのぐらいショーは興奮するし楽しいということである。

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