読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1297526
0
いつも、日本酒のことばかり。
2
0
0
0
0
0
0
くらし
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第三章 むかしの話

『いつも、日本酒のことばかり。』
[著]山内聖子 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:47分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ




前置きのようなもの





 日本酒は、いつからできたお酒なのでしょうか。「日本」という冠がつけられた、他のお酒よりもベテラン感がある日本酒は、どこからやってきた?


 私は日本酒を知れば知るほど、むかしの人たちは、どうやってこんなに複雑なつくりかたを思いついたのか、むかしの日本酒はどんな味をしていたのか。日本酒の来し方を考えると胸がいっぱいになって、眠れなくなってしまうことがあります。


 いくら文献を読もうと、蔵元さんたちに話を聞こうと、わからないことが深まるばかりで、私はいまだに迷宮のなかを夢遊するように、ぐるぐるとさまよっている感覚があります。それほど、日本酒の過去は私にとってカオスです。


 日本酒のルーツは、明確にはなっていませんが、米づくりをはじめた縄文時代後期から弥生時代にかけて、誕生の片鱗をうかがい知ることができます。無人の離れ小島だった日本列島に、北海道や沖縄などを通じて人類が移入してきた説とも、たぶん無関係ではありません。


 そんな途方もない長い時間を、日本酒はこれまで歩んできましたが、興味深いのが、今とむかしの日本酒づくりをくらべると、根本的に変わっていない部分があることです。


 現代の日本酒づくりは、500年前の方法の基礎を、いまだにふつうに取り入れているんです。


 たとえば、生酛づくりという、自然界の微生物を生かしながらつくる、江戸時代後期に誕生した手法があります。


 これ、思い切って言ってしまうと、現代にはなくても困らない手法です。


 今は、速醸酛という、食品添加物規格で認められた醸造用の乳酸を添加し、あらかじめ安全に酵母を培養できる方法もあるので、わざわざ手間がかかる生酛で酒母をつくらなくてもいいわけです。


 それなのに、生酛で日本酒をつくりたい酒蔵は、減るどころか増える傾向にあります。ある蔵元が言っていた「先祖返り」をする酒蔵が多いのです。


 古来の手法で現代の味をつくる、というように。


 今のつくり手は、最新の技術や道具を求めるのと同時に、日本酒づくりを通じて先人の声なき教訓や答えみたいなものも、自然に探し求めているのかもしれません。それほど日本酒のむかしには、素通りできないふしぎな魅力が詰まっているのではないでしょうか。


 一方、日本酒の歴史には、ふしぎな魅力だけではなく、おいしい日本酒をつくることが叶わなかった、苦難の時代もあります。とくに、戦争をぬきにして日本酒の歴史は語ることができません。日本酒に多大な負の影響をもたらした戦争も、すべて今の日本酒につながる、忘れてはいけない歴史のひとつです。


 これらをひっくるめて本章では、日本酒の歴史を追求していきたい。日本酒の歴史は膨大なので、すべてを網羅し書くことは不可能ですが、私の好奇心に狙いを定めて日本酒のむかしを、手ですくえるだけ集めてみようと思う。




米にカビが生えたら





 日本酒のはじまりを考え出すとわくわくすると同時に、目の前が真っ暗になります。はっきりしないことが多すぎるからです。もしかしたら、化石を発見するよりも、日本酒の最初を発掘するのは難しいのではないでしょうか。液体状のお酒は飲めば跡形もなく消えてしまうもので、形は残りにくいものです。


 たとえば、縄文時代の土器で有名な壺型の「(ゆう)(こう)(つば)(つき)()()」は、お酒を仕込んだり、貯蔵したりするときに使われた道具だという説もありますが、正確なことはいまだにわかっていません(この土器にヤマブドウの種子が付着していた発見事例があり、果実酒をつくっていた可能性はある)。


 縄文時代中期の遺跡とされている、長野県の井戸尻遺跡群から、パンのような塊の炭水化物、つまりでんぷん質を含んだものが出土したこともあり、米や雑穀などを原料に穀物酒をつくっていた可能性もありますが、確証がなく、日本酒の起源に結びつけるのはむずかしい。


 このように、日本酒のはじまりを正確に知ることはできそうもないので、すこし視点を変えて、まずは発酵をつかさどる微生物、菌の世界をのぞいてみたいと思います。


 高温多湿の日本では土地柄、はるかむかしから、さまざまな菌が生息しています。そのなかのひとつがカビの一種である麹菌です。なかでも、古くから発酵食品や日本酒づくりに使われている「黄麹菌」に着目したい。黄麹菌は、和名を「ニホンコウジカビ」(学名をアスペルギルス・オリゼー)と呼び、今のところ日本にしかいない麹菌として、現在、国菌に指定されています。


 ところが、ここで興味深い説があります。


 この黄麹菌は、もともと日本の自然界には存在しなかった菌だと言われています。


 では、黄麹菌はいったいどこからやってきたのでしょうか?


 答えは、『日本の伝統 発酵の科学』(中島春紫著・講談社)の力を借りたいと思います。


 同書によると、黄麹菌は日本人が長い時間をかけて、発酵に向く優良な菌を選抜し、性格を変えていったとのこと。


 実は、アフラトキシンという毒素を生む、アスペルギルス・フラバスと呼ばれる菌は、黄麹菌と遺伝子がよく似ているようで、もともと黄麹菌は毒性を持っていた可能性があり、それを、日本人が発酵に適した菌へ改良したと筆者は予想しています。優良な黄麹菌が生えた米を種にして増やし、培養するところまで進化させたと言うのです。


 その最たるものが、種麹屋です。鎌倉時代には、すでに麹を専門につくる業者が出現し(むかしは酒蔵ではなく専門業者が麹をつくっていた)、種麹の培養は盛んに行われていました。やがて、酒蔵でも麹をつくるようになり、麹屋は激減していきましたが、麹のもとになる種麹をつくる専門業者は、今も根づよく残っています。


 現代の種麹屋は、日本酒の麹づくりで使う黄麹菌だけではなく、醤油や味噌にも使う麹菌なども、古くから純粋培養しているメーカーで、日本人が菌を改良してきた歴史を今に伝えています(日本酒の世界では、「秋田今野商店」、「菱六」、「樋口松之助商店」「糀屋三左衛門」などが有名)。


 とにもかくにも、日本酒のはじまりは、日本人が米をつくり、黄麹菌という微生物の存在に気がついたことに、尽きるのではないでしょうか。黄麹菌と米が奇跡的にめぐり逢い、日本酒の歴史がはじまったのです。


 菌を生やした米でお酒をつくった記録が書かれた最初の文献は、奈良時代初期の『(はり)(まの)()()()』で、

「大神の(みか)(れい)()れて(かび)(正確には米へんの横に毎の字)生えき すなはち 酒を(かも)さしめて 庭酒に献りて宴しき」とあります。


 神様にお供えした米が濡れてカビ(菌)が生えたので、それを原料にお酒をつくり、神様に献上した後に宴で飲んだ、と書かれています。


 しかし、もっと早くから麹を使って、米のお酒をつくっていた可能性はあります。


 米づくりが普及した弥生時代では、米は炊くのではなく蒸して食べていたので、麹ができやすい環境はすでに整っていたからです。黄麹菌を繁殖させて麹をつくるには、炊いても焼いても米の水分含有量が適さず、蒸した米がもっとも黄麹菌が生える条件を満たしています。今でも日本酒づくりには蒸した米を使っています。




噛んでつくるお酒のこと





 日本酒の起源を語るときに、必ずと言っていいほど話題にのぼる、奇妙なお酒があります。それが、「口噛み酒」。人間の口で米を噛んでつくるお酒のことです。奈良時代初期の『播磨風土記』や『古事記』などの文献にも記録が残っている、かつての日本に存在していた風習です。神様に捧げるお酒として、健康で清潔な未婚の女性が担う、神事には欠かせない神聖な催しでした。


 人間の口で米をよく噛むことによって、唾液に含まれている糖化酵素のアミラーゼが、米のでんぷん質を糖化し、糖ができて発酵が可能になるという仕組みでできるのですが、理屈はわかっても、なんとも得体の知れないお酒です。米を噛めるのは、健康で清潔な未婚の若い女性に限られていたというのも、妙に謎めいています。


 いくつかの参考書を読んで知った、つくりかたもふしぎでしかありません。


 選ばれた若い女たちは、歯茎を痛めて顎が疲労するくらいひたすら米を噛み、壺や大鍋に吐き出すことをくり返します。長いときは、朝から昼までずっと、口噛みの作業をつづけなければなりません。それから、女たちの噛んで吐いた米を、数日置いて発酵させ、「口噛み酒」は完成します。


 そして、なんと、完成したものは神様に供え、そのあとは口噛み酒で宴会をし、男女で杯を酌み交わしたというのです。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:19625文字/本文:23128文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次