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(2021/11/26 追記)

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創業320年の鰹節専門店 「だし」再発見のブランド戦略
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III 新しい市場への挑戦

『創業320年の鰹節専門店 「だし」再発見のブランド戦略』
[著]高津伊兵衛 [発行]PHP研究所


読了目安時間:1時間28分
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六章

少子高齢化時代の新たなお客様


鰹節、だし需要はまだまだ伸ばせる


 近年、にんべんでは従来の事業を発展させた、さまざまな新しい取り組みを始めています。日本の人口が、今後減少へ向かっていくことは確実です。とはいえ人口減少がそのまま、鰹節やだし需要の縮小につながるとは考えていません。そもそも、にんべんがすべての日本人にアプローチできているのかと考えてみれば、まったくそんなことはありません。市場開拓の余地はまだまだあると言えるでしょう。


 日本人の暮らしの中で、日本食を食べる機会は確かに減ってきました。ハンバーガーも食べれば、中華料理も食べますし、フランス料理やイタリア料理も食べるのが、現代日本人のふつうの食事スタイルです。


 逆に言えば、日頃から、だしに慣れ親しんでいない日本人がたくさんいるということです。こうした人たちにアプローチできれば、だしの需要はまだまだ増やせるはずです。


 そうしたニーズに向けたアプローチのひとつとして、惣菜向けのだし提案は、いいきっかけ作りになると考えています。


 女性の社会進出によって、今後も家庭内の調理機会は減っていくでしょう。その分、惣菜などの中食市場を利用する機会が増えていくと思います。だしを活用して惣菜の魅力を高め、お客様に手に取っていただけるような提案を進めています。鰹節やだしを商品としてそのままお届けするのではなく、料理や惣菜に形を変えて、お客様と接する機会を増やすという提案を、新しい取り組みの軸にしようと考えています。


 また、二〇一八年九月から主にスーパー向けの商品として販売を開始した「だしとスパイスの魔法」シリーズも、だしを活用した提案のひとつです。料理好きなことで人気の、俳優の速水もこみちさんを「にんべん公式アンバサダー」に迎え、社内の女性開発チームと共同で商品開発に取り組んでもらっている商品です。




 このシリーズは当初、二〇一七年九月の発売を考えていました。しかし洋食のメニュー専用調味料という未開拓ジャンルへの挑戦は、想像以上にハードルが高いものでした。商品の作り込みを優先し、発売時期を一年先送りした経緯があります。


 その間、速水もこみちさんには、ほぼ月一回のペースで本社に足を運んでいただきました。開発チームのメンバーと一緒にコンセプトの議論を重ね、キッチンスペースで実際に調理試作を繰り返していただくなど、本当の意味でゼロベースからの共同開発になったと思います。


 ようやく出来上がった最初のコンセプトは、「週末ぐらいはちゃんと料理を作りたい」「自宅でゆっくり食事を楽しみたい」「お店みたいな料理を手作りしてみたい」、そんな願いを叶える商品というものでした。まだ市場が確立していないカテゴリー提案ですので、二〇二〇年の春にコンセプトをアップデートし、「時間がないけれど、家族と一緒においしい料理で食卓を囲みたい」そんな願いを叶えるワンランク上のメニュー専用調味料という提案にブラッシュアップしました。

「だしとスパイスの魔法」シリーズには、だしを使った「調味液」と独自配合の「専用スパイス」が別々に入っていて、二~三人でシェアできる量の本格的な洋食メニューが作れるようになっています。


 商品開発を進めていく過程で、だしとスパイスの組み合わせが、オーソドックスな和食ばかりではなく、本格的な洋食にも十分活用できることがわかったのは大きな発見でした。その意外性とおいしさの驚きを、お客様にもぜひ体験してほしいという思いから、シリーズ名に「魔法」という言葉を採用しています。


 この商品には調味液とスパイスしか入っていませんので、肉や魚、野菜などの食材は、お客様に買っていただかなければなりません。そこで、どこでも手に入るありふれた食材だけで、ご馳走メニューが作れるように工夫を凝らしました。「ご馳走メニューなのに特別な食材を使わない」というコンセプトを、シリーズ設計の基本としています。フライパンひとつで、普段使いの食材を立派なご馳走に変えてしまう、まさに「魔法」のような調味料です。


 スパイスと調味液を分けているのには、大きな理由があります。それぞれを使うタイミングを分けることで、食材のおいしさを最大限に引きだすことができるのです。商品によって調味液やスパイスを使うタイミングが異なりますが、たとえばハーブソテーの場合は、肉を焼く時にスパイスを入れて加熱することで、肉の風味をしっかりと整えることができます。スパイスの香りは油によく馴染むので、調味液を加える前にスパイスを加えた方が、仕上がりの香り立ちもよくなるのです。


 食材の風味をしっかり整えてから調味液を加える、きちんと手順を踏んでおいしさを最大化する、という調理プロセスの工夫は、速水もこみちさんの豊富な料理経験から生まれたアイデアでした。こうした作り方のワンポイントも、パッケージ上にしっかり表現しています。「だしとスパイスの魔法」シリーズには、使っていると気づかないうちに料理上手になっていくという、裏コンセプトまで仕込みました。

「だしとスパイスの魔法」シリーズは、「アクアパッツァ」や「イタリアンソテー」など四種類の展開からスタートしました。二〇二〇年三月には新商品「ひき肉のトマトバジル炒め」と「豚バラポテトの白ワインソテー」の二品を加え、シリーズラインナップを全面リニューアルして、現在は五品の展開になっています。


 直営店やデパート向けの商品にも、ユニークな調味料があります。「本枯鰹節 江戸レッシング煎り酒」という商品名で販売している、煎り酒風調味料です。




 五章でも少し触れましたが、煎り酒は、濃口醤油が普及する以前に江戸の町で使われていた調味料です。日本酒に梅干しと鰹節を加えて煮詰めたもので、いまでも懐石料理の先付けや白身魚の刺身などに使われることがあります。


 これを現代風にアレンジして、サラダやマリネなどによく合う調味料に仕立てたのが「江戸レッシング」です。冷しゃぶのタレや鍋物のポン酢代わりとして使ったり、炒めものの上から回しかけたりといった使い方にも人気があります。


 現在は直営店と一部の小売店、ネットショップのみの扱いですが、「江戸」という文字がついたネーミングに意外性があるようで、関心を示してくださるお客様が増えています。

「つゆの素」に付加価値を付ける


 主力商品のカテゴリーでも、付加価値提案の取り組みを進めています。スーパー向けに展開している「つゆの素」のプレミアムグレード、「つゆの素ゴールド」は、付加価値提案型の代表的な商品になります。ロングセラー商品「つゆの素」をベースとして、有機大豆と有機小麦で作られた有機醤油に、通常品の一・五倍量のだし素材を配合し、うま味調味料無添加で仕上げたワンランク上の「つゆの素」です。


 昨今の健康志向に合わせて、通常品より塩分を三〇%減らした「塩分ひかえめつゆの素ゴールド」や「糖質七〇%オフつゆの素ゴールド」など、「つゆの素ゴールド」と同じ基本設計でヘルシーニーズに応えるシリーズ品をラインナップに加えたところ、シンプルで良質な原材料へのこだわりと相まって多様なプレミアムニーズをうまく捉え、着実に成長する強い商品群として定着しつつあります。


 中でも特に人気が高いのが、塩分ひかえめタイプです。通常塩分の「つゆの素ゴールド」と同じ原材料だけを使い、配合比の調整だけで味を調えているところが、他社の減塩商品とは異なる大きな特長になっています。食塩の代替素材として塩化カリウムを使っていないので、腎疾患などカリウムの摂取制限を持つ方にもおすすめしやすいと医療機関の管理栄養士などからも高い評価をいただいています。




 塩分という点では、ロングセラー商品の「つゆの素」も、発売当初から比べると、わずかずつですが塩分を減らしてきています。「つゆの素」を発売した一九六四年頃の日本は、まだ空調が十分に普及しておらず、身体が塩分を求めるような環境が多かったからでしょうか、当時は比較的高めの塩分が好まれたようです。現在は、全般的に低塩分の味へと好みが変わってきています。

「つゆの素」は、発売以来五五年の間に、世の中の嗜好の変化に合わせた仕様の微調整を何度か行ってきました。昭和の時代には、それまで使っていた原材料が、法改正で使えなくなるというようなこともありました。ロングセラー商品の「つゆの素」も、時代とともに進化を続けているのです。


 付加価値商品の提案や、価値を維持する工夫がある一方で、主力商品である「つゆの素」の極端な安売りを抑えていくことも、にんべんが抱えた重要な課題のひとつです。スーパーの店頭では、つゆ類を特売の目玉商品として並べることが常態化しています。一リットルの商品が、二〇〇円を切る価格で売られていることも珍しくありません。


 にんべんの「つゆの素」は、他社商品よりやや高めで、特売でも三〇〇円代後半で売られることが多いでしょうか。お客様からは「にんべんの商品は高い」とよく言われますが、これは商品の原価率が高いからです。高品質の醤油を惜しみなく使い、国内で丁寧に作られた鰹節をたっぷり使ってだしを引いています。もしかすると「つゆの素」の原価は、他社の特売品の売値よりも高いかもしれません。確かに売値は高いですが、粗利率は決して高くないというのが正直なところです。


 他社のつゆにしても、二〇〇円を切るような特売条件では、利益はほとんど出ていないのではないでしょうか。それでも他社がそうした商売を続けていけるのは、他のカテゴリーで一定の利益を出せているからだと思います。多くは醤油や酢の大手メーカーで、主力事業で堅実な商売ができている企業ばかりです。


 にんべんの場合、主力商品が「つゆの素」ですから、この商品で他社のような売り方をすることはできません。


 鰹節専門店であるにんべんは、やはり鰹節だしとしての付加価値を高め、しっかり手に取っていただける商品を提供していくことが大切だと考えています。先ほど紹介した「つゆの素ゴールド」シリーズは、スーパー向けの付加価値提案型商品としての使命を担った商品と言えるでしょう。

味付き高級だしパック「薫る味だし」の提案


 だしパックについても、付加価値を高めた高級だしパックの展開を強化しています。きっかけは、昨今の味付き高級だしパックブームです。従来は、だしパックというと、鰹節や昆布など素材のみを配合した素材型がほとんどで、だしパックでだしを引き、お好みで醤油や砂糖、みりんなどを加えて味を整えるという使い方の商品が主流でした。


 これに対し、近年人気が高まっている味付き高級だしパックは、素材のほかに醤油や砂糖などの調味料が予め配合されていて、だしパックだけで味付けまでできるという商品です。原材料産地のこだわりや、うま味調味料を無添加にするなど、安心・安全、ヘルシーさを訴求した商品が多く販売されています。


 それまでのだしパックが「手軽にだしを引ける」という簡便さを重視した提案だったのに対し、人気の味付き高級だしパックは、家庭でも手軽に本格的な味付けが実現できるという点をアピールしています。これが料理への関心が高い、三〇代から四〇代の人たちに受け入れられたのではないでしょうか。

「簡便だから」だけではなく、「おいしいから」使う。素材へのこだわりが、おいしさの納得感を高めている面もあると思います。手軽に、プロの料理人のようなおいしい料理が作れるとなれば、誰でも人に勧めたくなるでしょう。こうした価値観は、クチコミで広がる部分が大きく、それが味付き高級だしパックブームの人気が続いているひとつの要因になっているのだと思います。


 ただ私たちから見ると、果たしてこれらは「本物のだし」と呼べるものだろうか、という気持ちがありました。鰹節専門店として納得できる品質を持った味付き高級だしパックが作れないだろうか、そんな思いから、商品化に取り組んだのが、にんべんの味付き高級だしパック「薫る味だし」です。



「薫る味だし」の開発にあたって、最もこだわったのが香りです。家庭で鰹節だしを引くと、ほっとするようなだしの香りがキッチンやダイニングに漂います。きちんとだしを引いている料理屋に入ると、ふわっとだしが香ってきます。ところが既存の味付き高級だしパックでだしを引いても、そうした香りをあまり感じることがありません。だしを引けば鰹節のやさしい香りに包まれる、そんな当たり前の幸せな景色が広がるようなだしパックを目指したかったのです。

「薫る味だし」の開発は難航しました。だしパック単体で味が決まるだしパックですから、醤油や砂糖などの調味料を配合しなければなりません。ところが粉末の調味料素材と、鰹節をそのまま混ぜるとだしパック全体が湿気てしまうのです。


 鰹節は乾燥食品ですが、完全に乾燥しきっているわけではありません。削り節や削り粉には、一五パーセント前後の水分が含まれています。削り節や削り粉だけをパックする場合には問題ありませんが、塩や一般的な粉末食品のように水分が数パーセント未満の食材と一緒に密封すると、鰹節の水分が悪さをしてベタついたり風味が劣化したりしてしまい、品質を保つことができないのです。


 一般的に、味付きだしパックのような商品では、鰹節などの水分を含む素材は、混ぜる前に熱をかけて水分を飛ばしてから使われます。高級タイプの味付きだしパックでもこれは同じです。しかし、この方法では水分の影響は避けられますが、水分と一緒に鰹節の好ましい香りまで飛んでしまいます。従来の味付き高級だしパックに香りがあまり感じられないのは、そのためです。


 鰹節本来の風味を保ちつつ、水分の問題を解決するうまい方法を見出せないまま時間ばかりが流れていきました。


 試行錯誤の日々が二年ほど続いていたある時、まったく別の商品を検討していた開発担当者から、思い付きで工場に持ち込んだ鰹節サンプルに「面白い結果が出ました」と報告を受けました。


 彼が持ち帰ったサンプルを半信半疑で評価してみると、水分の影響をしっかり抑え込んでいるにも関わらず、鰹節本来の豊かな香りがしっかり保持されていたのです。この時ばかりは開発メンバー全員が色めき立ちました。二年間もブレイクスルーできずに悩み続けていたのですから当然です。


 結果からみればコロンブスの卵のようなアイデアでしたが、この発見によって私たちが目指す「だしがしっかり香る」味付き高級だしパックの実現に道筋がついたのです。


 ここから商品化までは、コストの許す限り品質を追求する作業が続きました。鰹節以外の原材料にも気を配り、「つゆの素」の製造委託先でもある、ちば醤油のプレミアム醤油「下総醤油」や、だしとの相性がとてもいい「クリスマス島の塩」を使い、きわめてシンプルに素材のおいしさを追求しました。うま味調味料や酵母エキスなど、味を補強する素材を一切使わずに、満足度の高いおいしさを提供することを目指したのです。


 ようやく完成したにんべんの味付き高級だしパックには、「だしが香る空間の豊かさ」をイメージした「薫る」という言葉を選んで、「薫る味だし」という名前を付けました。


 芳醇な鰹節だしの香りとともに、プロの料理人が作るような本格的な味付けが楽しめる「薫る味だし」は、だし素材だけのだしパックと同様に豊かな香りを保ちながら、同時に味付けまで整うという、鰹節専門店のこだわりを追求した商品になっています。


 うま味素材で味を補強していない「薫る味だし」は、人によって物足りないと感じることもあるようです。その一方で、本物のだしの香りを高く評価してくださる方もいて、「飲み比べたら、すぐにわかる」「こっちの方がいい」といった声もたくさんいただいています。

「薫る味だし」の開発には大変苦労しましたが、鰹節の価値を改めて見つめ直す、とてもよいきっかけになったと思っています。製法を根本から見直し、原材料にこだわり、仕上がりの風味を徹底的に追求した「薫る味だし」は、にんべんの新たなフラッグシップと呼ぶにふさわしい商品のひとつになりました。

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