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京都人の舌つづみ
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美味しい京の野菜

『京都人の舌つづみ』
[著]吉岡幸雄 [発行]PHP研究所


読了目安時間:2分
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 京都に暮らしていて、食に関して何がしあわせかというと、野菜がじつに美味(おい)しいこと、それに新鮮であること。つまり朝、畑から()ったものが、お昼までには手元に届いて、早ければ昼食に、遅くともその日の夕食に供されるということではないかと思っている。


 それというのも、昔から「京に田舎あり」といわれるように、街中から二、三十分も車で走れば各所に田や畑があって、そこで(しゅん)の野菜がつくられているからである。


 京都へおいでになった人から、京料理をいただくとき、どんな野菜が出てくるのかが楽しみで、またその味がとても繊細でいい、とよくいわれる。そんなとき、私は冗談で、「京都の農家には、千年以上も前からお公家さんに野菜をつくってきた歴史がありますから」と答える。


 つまり、京都に都が(うつ)された平安京のころは、まだ十分な貨幣経済が発達してはいなかったが、洛中には東と西の(いち)が立っていて、さまざまな物産が商いされていた。近くの畑で栽培された野菜もその一部をなしていたのである。


 いまでも京都の街中を歩いていると、郊外の農家の人がリヤカーや軽自動車に採れたての野菜を積んで売り歩く光景をよく眼にする。


 私の工房のある伏見区向島というところは、巨椋(おぐら)(いけ)の干拓地を奥にひかえた農耕地で、いまでは軒を接して建売住宅や高層アパートが建ち並ぶ住宅地になって、昔の面影はなくなったが、それでも畑や田圃もかなり残っていて、そんな農家の玄関先には、その日の朝に収穫した野菜類が並び置かれている。私は、百円玉を握り締めて、買いに行くことがよくある。


 このようなことは京都だけでなく、かつてはどこでも見られた風景であり、いまも全国の町や村を旅すれば、朝市や、物売りの人たちをよく見かける。もちろん、これは日本に限ったことではなく、中国でも、ヨーロッパの田舎町でも、そして南米のペルーでも、私は、そんな場所を何度も訪ねた。その地で採れた野菜や魚などを売りさばく市場をのぞくことほど楽しい観光はないのではないかと思っている。


 その土地の近くで収穫したものをその日のうちに運んできて店先に並べ、それを客が買って帰って調理して食べる。これほど美味しくて、そして健康的なことはない。遠来の珍味もたまには舌を楽しませてくれるけれど、常日ごろの食はこうあるべきだと思うのだ。

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