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トップアスリートたちが教えてくれた 胸が熱くなる33の物語と90の名言
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ルポ・エッセイ
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Story01 目標が絶望的になったとき、どうするか?

『トップアスリートたちが教えてくれた 胸が熱くなる33の物語と90の名言』
[著]西沢泰生 [発行]PHP研究所


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Word01


楽しくなんて、
できるわけないじゃん!


(あさ)()()()

(プロフィギュアスケーター)



 2006年のトリノオリンピックは、日本の女子フィギュアスケートにとって、記念すべき大会でした。


 (あら)(かわ)(しず)()さんが、アジア選手として初めての金メダルを獲得したのです。


 荒川さんが背中を()らせて滑ったイナバウアーのシーンは、当時、何度も報道され、「イナバウアー」は流行語大賞も受賞しましたよね。


 フィギュアスケートが空前の盛り上がりを見せたこのオリンピックに、年齢制限のために出場できなかったのが浅田真央さんでした。



 オリンピック前の全日本選手権では女子シングル史上初となる2度の3回転アクセルを決め、2位という結果。成績は申し分ないものの、国際スケート連盟が定めた「オリンピック前年の6月30日までに15歳」という年齢制限に、わずか87日足りず、オリンピック代表を逃したのです。


 もし、浅田真央さんがあと3カ月早く生まれていたら、フィギュアスケート初の金メダルを日本にもたらしたのは真央さんだったのかも。そして、その年の流行語は、「トリプルアクセル」だったかも……。


 ほんの少しのことで未来は変わってしまう……。運命のいたずらです。

「小さい頃から、練習中でも、家にいても、五輪で金メダルを取りたいと思ってました」という彼女。表には出しませんでしたが、悔しさはあったはずです。



 そんな真央さんにとって、4年後のバンクーバーオリンピックは、「金メダルを取るための大会」だったでしょう。事実、大会後のインタビューで、「バンクーバーに入るまでは、この五輪が1つの集大成になる、という思いが強かった」と語っています。


 しかし……。


 結果は、ライバルのキム・ヨナさん(韓国)に及ばず、銀メダル。


 ショートプログラムは完璧。それだけでなく、フリーでもトリプルアクセルを2度成功させました。それなのに、アクセルよりも簡単な3回転フリップと3回転トーループを失敗してしまったのです。


 このミスについて、「本当に悔しい」と彼女。


 しかし、大会後、母親から「銀メダルってすごいんだよ」と言ってもらったこともあり、銀メダルの重さを実感。

「終わってみたら、やっぱりこれは通過点なのかなと思います。これは次のステップなのかな」と、次のオリンピックへと気持ちを切り替えたのでした。



 しかし、その4年後。ソチオリンピックで彼女を待っていたのは、さらに大きな試練だったのです。



 2014年2月19(日本時間20日)。浅田真央さんはソチオリンピックのスケートリンクにいました。


 (ねら)うは1つ。金メダルのみ!


 真央さんのショートプログラムの滑走は、出場選手30人中で30番目でした。


 彼女の直前には、地元ロシアのソトニコワさんが、首位のキム・ヨナさんに続く高得点を出したばかり。


 会場は大歓声に包まれ、その()(いん)が残っていて、まだ「異様」な雰囲気。


 そのあたりから、オリンピックの魔物が何かを狂わせたのかもしれません。


 緊張した表情で滑り出した真央さん。練習では成功していた冒頭のトリプルアクセルでいきなり転倒してしまいます。


 後半のコンビネーションジャンプも、2回転ループの単発に終わってしまうという、普段ではありえないようなミスを連発。


 結果は……、本人も(ぼう)(ぜん)となる16位!


 彼女のフィギュアスケート人生のなかで、もっとも低い順位が、まさかのオリンピックの大舞台で出てしまったのです。



 演技後、インタビューでの真央さんは放心状態でした。


 インタビュアーの質問に、「自分でも終わってみて、まだなにも……わからないです」「明日は自分のフリーの演技ができるようにしたいと思います」と返すのが精一杯……。


 しかし、もう何をしたって時間を戻すことはできません。



 いつもは寝つきがよいのに、ほとんど眠れないまま翌朝になります。


 夜にはもう、フリーの演技をしなくてはならないという残酷すぎる現実。



 そんな真央さんに、実姉でありタレントの浅田(まい)さんから電話があったのは、フリー当日の公式練習のあとでした。

「楽しんでやりなよ」という姉の言葉に、真央さんの抑えていた気持ちが爆発します。


「楽しくなんて、できるわけないじゃん!」



 のちに、真央さんは、このときの電話について、こう言っています。

「舞に(モヤモヤした気持ちを)ぶつけられたことで、吹っ切れたじゃないですけど、強い自分にまた戻れたかなって」


 心のなかに(うず)巻いていた後悔の念を思い切り吐き出すことで、会場に入るときには、「今まで助けてくれた人たちに感謝の意味を込めた最高の演技をしよう、やるしかない」という気持ちに変わることができたのです。


 フリーの演技では、冒頭のトリプルアクセルに成功しました。


 これで気持ちがノッた真央さん。女子史上初となる全6種類、計8度の3回転ジャンプをすべて成功。142・71点をたたき出し、自己ベストを更新したのです。


 演技を終えた瞬間には、涙があふれ出しました。



 最終順位は6位でした。


 しかし、演技後、真央さんはこう言っています。

「昨日はすごく悔しい思いをして、心配してくださった方もたくさんいると思うんですけど、今日はこうして自分のなかで最高の演技ができたので、恩返しができたと思います」


 結局、2度のオリンピックとも、金メダルには届きませんでした。


 しかし、この日の演技は、まぎれもなく、浅田真央の集大成の滑りだったです。


「起きてスケート、食べてスケート、寝てスケート……、今までは、だいたいそういう生活でした」という言葉もある真央さんにとって、「オリンピックの金メダル」は、人生をかけた目標だったはずです。


 しかし、その目標が、初日のショートの演技で、ほぼ絶望的になってしまった。


 あなたにも、人生のなかで、このようにずっと目指してきた目標が絶望的になる瞬間があると思います。


 そんなときは、このソチオリンピックでの真央さんの姿を思い出すと、気持ちを切り替えることができるのではないでしょうか。


 1つの夢が絶望的になっても、後悔のモヤモヤした気持ちなんて、さっさと吐き出してしまう。


 そして、悔しさをバネにして、新たなモチベーションを見つける。


 そこには、最初の目標よりも、大きな素晴らしいものが待っているかもしれません。


Word02

「メンタルが変われば行動が変わる」

(なが)(とも)(ゆう)() プロサッカー選手

イタリアの名門クラブ、インテルで8年間プレーするなど、世界で活躍する長友さんの言葉。明治大学のサッカー部時代、ケガで試合に出られないときは、スタンドで応援太鼓を叩いていたとか。「気持ちを切り替えて、できることをやる」ですね。


Word03

「反省することは反省する。

でも一度寝たら忘れる」

(ふる)()(あつ)() 元プロ野球選手

反省をして未来に活かしはしても、がっかりした気持ちを次の日に引きずりはしない。ヤクルトスワローズの名キャッチャー古田さんは、イイことを次々と取り入れることから、毎年のようにバッティングフォームを変えていたそうです。


Word04

「オリンピックに出たいし、出られるのは嬉しいけど、若手のチャンスをつぶしている、という面もある。だから僕は、いろんな人の思いを背負ってソチに行かないといけないんです。それ相応の覚悟が必要だと感じています」

(たか)(はし)(だい)(すけ) フィギュアスケート選手

全日本選手権3位だった()(づか)(たか)(ひこ)さんではなく、ケガのため5位だった自分が、バンクーバーオリンピック銅メダルや「世界ランキングが上」などの実績を理由にソチオリンピック代表に選ばれたときの言葉です。トップアスリートは、ときに、たくさんの人たちの思いを背負い、そして、それをよい意味のプレッシャーにして、自分の力に変えます。「選んでもらった以上、結果を出さなければ」とのぞんだソチで、髙橋さんは6位入賞を果たしました。フィギュアスケート日本代表選手が、オリンピックで3大会連続入賞(8位・3位・6位)は史上初の快挙でした。


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