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ルポ 外国人ぎらい EU・ポピュリズムの現場から見えた日本の未来
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ルポ・エッセイ
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第2章 オランダ──「寛容になりすぎた国」?

『ルポ 外国人ぎらい EU・ポピュリズムの現場から見えた日本の未来』
[著]宮下洋一 [発行]PHP研究所


読了目安時間:24分
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 本当に良い国だ。この国を訪れる度にそう思う。何が私をそう思わせるのか。南仏とスペインという、南欧地域に長年住んでいる身からすると、この国の人々は、礼儀正しく、衝動的でなく慎重だ。目を合わせてもいがみ合う空気がない。私に安心感と居心地の良さを与えてくれる。それがここ、オランダである。


 ドイツに侵略された第二次大戦の記憶もあり、オランダは戦後から、人種や民族に対する非差別社会を築き上げ、その成功モデルを世界に示してきた。一九五〇年代からは、トルコやモロッコ出身の外国人を労働移民として迎え入れた。石油危機後は、スリナムやインドネシア出身者も増加し、彼ら労働者の家族も母国から呼び寄せ、移住させた。


 人口一七三八万人のうち、約二〇%を占める移民は、失業や貧困化してもオランダ人同等の権利と生活保護を受けられるばかりか、現地語と母国語による学校教育も享受できた。それは「多文化主義」(オランダ・マイノリティ政策)と呼ばれた。


 しかし、半世紀を経て、社会は変貌した。誰もが夢見た多文化共存の理想国家は、九〇年代後半から、徐々に崩壊し、移民は孤立の道を歩み始め、二〇〇〇年以降は、極右と称されるポピュリストたちが頭角を現していった。


 多文化主義の成功、そして失敗。その理由はどこにあったのか。どの国よりも先進的かつ寛容であるはずのオランダ人が、いまや反EU感情さえもむき出しにしている。なぜそこまで崩れてしまったのか。この国の長閑(のどか)な田園風景を眺めるだけでは、目に映らない問題を知ることはできない。まずは、首都・アムステルダムに出かけてみることにした。

極右政党の躍進


 オランダの政治システムと、近年の選挙の動きを簡単に振り返りたい。オランダは、立憲君主制で国家元首はウィレム・アレキサンダー国王。スペインや周辺の北欧諸国同様、憲法で制限され、国王は政治的権限を持たない。アレキサンダー国王が王位継承する前までは、四代にわたって女性が国家元首に君臨した。


 議会は、第一院(上院)と第二院(下院)によって構成される。下院は合計一五〇議席で、四年に一度の下院議員総選挙が国民の直接選挙で行われる。上院は合計七五議席で、国内の一二州議会が四年に一度、議員を選出するため、間接選挙の形をとる。


 二〇一七年三月十五日に行われた総選挙では、マルク・ルッテ首相の自由民主国民党(VVD)が三三議席を獲得して第一党になったが、前回選挙から八議席を失っていた。急進右派のヘルト・ウィルダース党首の自由党(PVV)は五議席伸ばして、二〇議席を勝ち取った。この選挙では、三期連続のルッテ首相がウィルダース党首に敗退を(きつ)すると(ささや)かれていたが、国民は反移民政策を強調する自由党にブレーキをかける形となった。


 ルッテ首相と連立を組んできた労働党は、この時、三八議席から九議席へと急激な後退を見せた。これは、二〇一五年の難民大移動によって起きた社会の不安や、左右両政党によるエリート政治不信などが重なり、直接的な訴えに刺激を受けた国民がウィルダース党首の政党や、四議席から一四議席へと躍進した「グリーン・レフト」党への投票に流れたものと考えられた。


 二〇一九年三月二十日に行われた州議会選挙では、総選挙で頭角を現した若手党首、ティエリー・ボーデ率いる「民主主義のためのフォーラム」(FvD)が一二州のうち五州で第一党に上り詰め、上院議員の議席数をゼロから一三議席へと増やした。


 同党も、反移民とEU離脱を掲げており、特に若者たちの間で人気を集めている。そのため、ウィルダース党首の自由党は九議席から五議席へと後退したが、この二人が手を組めば、オランダの反EU構想は、ますます加速していくことは疑いの余地がない。


 ところが、二カ月後に行われた欧州議会選挙では、欧州懐疑派が親EU派の政党を前につまずいた。中道左派の労働党が一八%の得票率で六議席を獲得しトップになり、ルッテ首相のVVDは一五%で四議席に留まった。ボーデ党首のFvDは三議席で、ウィルダース党首のPVVは議席を得られない結果に終わった。

移民寛容政策の成功


 前回、私が訪れたチェコ共和国は、大量移民を阻止する構えを取るが、オランダは、すでに五人に一人が移民家系のルーツを持つ。いわゆる、金髪長身というオランダ人のイメージは、すでに数世代前の話と言えよう。

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