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天皇は暗殺されたのか 150年後に明かされる明治維新の真相と南朝の闇
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ルポ・エッセイ
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プロローグ――天脈拝診日記抄

『天皇は暗殺されたのか 150年後に明かされる明治維新の真相と南朝の闇』
[著]大野芳 [発行]二見書房


読了目安時間:24分
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〈翌十二日朝、いつもの如く(みつ)(おさ)は天皇お起床前の時刻に、昨夜はお体にお障りなかったかと心配しながら御所(さん)(だい)、早々に支度を整えて控の間へ参進してお召しを待った。側近からは特に話がないので、お身体にご異状はなさそうだと胸をなでおろした〉



 右の一文は、滋賀県近江八幡市の医師・()()()光孝が滋賀県医師会報に、昭和五十年九月号から一年半にわたって連載した、宮廷の幕末史「(てん)(みやく)拝診日記」のさわりである。表題にある「天脈」とは、天皇の脈であり、(こう)(めい)天皇を指している。


 ここに登場する光順は、宮廷の()()・伊良子光順であり、筆者・光孝の曽祖父にあたる。


 冒頭の「翌十二日朝」は、慶応二年(一八六六)十二月十二日である。


 前夜――。


 (ない)()(どころ)(御所内の神鏡を祀った、のちの(かしこ)(どころ)の庭において臨時御神楽が行われた。臨時とはいえ、毎年十二月の吉日をえらんで冬の邪鬼を祓う恒例の宮廷神事であった。陛下は、黒船来航以来うち続く数々の憂愁を、なんとか打ち祓おうと願っていた。


 陛下の(しゆつ)(ぎよ)をめぐっていくらかやりとりがあった。光順は、風邪気味の陛下を心配して、代理をお立てになられたらどうか、と女官に進言したらしいのである。


 たとえ大事な宮廷神事とはいえ、(みず)()()までして出御に及ばない。嘉永七年(一八五四)に御所が焼け、以来、宮廷ではつとめて火の気を控えていた。まして大寒の夜である。万が一を(おもんぱか)っての進言であった。


 陛下は、聞き入れなかった。冷水で身を清めると、()(つね)()殿(てん)に戻って正装した。鈍い赤黄色をした衣装は、夜目にもあざやかだったに違いない。


 午後九時、立派な冠をつけた陛下は、内侍所に出御し、お手あぶりすらない寒々とした板の間の、固い藁の円座に着座した。


 戸を開け放した内侍所のまえにはかがり火が焚かれ、内庭に建てられた白木の神楽舎に、高家公卿がずらりと着座している。中央の広場で横笛、(ひち)(りき)()(ごん)(しやく)拍子が「(にわ)()」、「()()(だん)拍子」などを厳修すれば、陛下も「榊」の曲を和琴で奏でた。神事はさらに夜を徹しておこなわれるが、陛下は、「榊」を奏したあと早めに入御。そして楽人は、いささか不審と憂慮をいだきながら見送ったのである。


 伊良子光孝が「天脈拝診日記」で描きだしたのは、その翌朝のようすである。


 この連載は、医史学者のみならず幕末史家も注目した。宮廷の御典医・伊良子光順は、宮中の風習・行事などを描いた『幕末の宮廷』に、

〈伊良子も上手、高階が上手、小林も上手〉


 と書かれた評判の名医であった。高階については、後述する機会もあろう。




 光順がつけていた孝明天皇最期の拝診記録の存在は、一部の史家には知られていた。


 半紙大で、表紙に「御所 ()(ほう)(そう)()(ふし)並ニ()(きよう)()(きん)()日記 慶応二年寅年より卯年(慶応三年)中 光順 ()(びかえ)」とある。それを「手控」と呼ぶことにする。


 いつものように午前七時まえに参内した光順は、(おとこ)()()()(控室)に入った。


 男居の御間には、(もうし)(ぐち)というのがある。奥と表とをむすぶ一畳ばかりの小部屋である。これより奥は男子禁制、外部からの闖入者や病原菌が持ち込まれるのを防ぐのが申口である。すべての女官は、御所内に起居している。


 その申口から、「ただいま参着致しました」と、光順は奥に告げる。


 下級女官の()(すえ)が奥に伝える。やがて許可がおりる。

「お召しーっ」と、御末の涼やかな声がかえる。

「かしこまりました」


 一礼して薬籠(薬箱)を引き寄せると、光順は申口から奥に入る。


 廊下を(すり)(あし)で清涼殿へとわたる。ここが御常御殿である。陛下の寝所を(よんの)()殿(とど)といい、欄間のあたりがぬり壁になっている。その北側に御局の部屋、西に(あさ)()の御間、東に()(ふた)()、南面が(ひの)()(まし)のある広い母屋である。

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