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メンヘラの精神構造
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生き方・教養
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第5章 メンヘラの精神構造を分析

『メンヘラの精神構造』
[著]加藤諦三 [発行]PHP研究所


読了目安時間:33分
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●ネガティブ・ナルシシズムという心理


 メンヘラの精神構造について、もう少しナルシシズムを考えてみたい。


 ナルシシズムには二つのタイプがある。もちろん二つには「孤独と恐怖」など共通したものがある。



 フロムはナルシシズムという言葉の他に、ネガティブ・ナルシシズムという心理を説明している。


 フロムはこの種のナルシシズムは、「特にうつ状態であらわれ、物足りなさ、非現実的及び自虐的な感情を特徴とする(註78)」と述べている。


 確かに人は、うつ状態の時には妙に自己卑下する態度をとる。そういう人はもともと自分がない人たちなのである。なによりも生きる楽しみがない。


 自分のことを「私は卑怯で、利己的で、イヤな奴です」と極端に自己卑下する人がいる。


 周囲から見ると単に気が弱いというだけで、それほどひどくはないが、自分が自分をこき下ろす。


 それは一つには自分の道徳的基準の高さを誇示するためでもある。自己卑下する裏で自分の価値を回復しようとしている。


 つまり自己卑下の隠されたメッセージは「私はこんなに立派です、こんなに高い規範意識を持っています」というナルシシスティックなものである。



 うつ病者の「私が悪い」と言う感情は、ナルシシズムの裏返しとしてのネガティブ・ナルシシズムであろう。


 悪いことの原因をすべて自分のせいにする傾向もネガティブ・ナルシシズムである。


 つまりナルシシズムというのは自己陶酔ではあるが、自信の裏付けがない。


 だから抑うつの傾向などが出るといっぺんに自己陶酔の反対の自己蔑視になる。



 私たちは良く「粗食を差し上げる」と言う。それは相手から見て「粗末な食事ではないか」ということである。


 自分に価値を見い出せない時にはこのような表現になるに違いない。


 愚妻も、愚息も、粗食もその点では同じである。相手の奥さんとの比較、相手の息子との比較である。

●「いい人」ではなく、厄介なナルシシスト


 しかし、もうひとつ大切な注意事項は、この種の人が自分自身を「良心的な人」と思っていることである。


 彼らは良心的な人ではなく、単なるナルシシストなのである。

「外部から見ると、非常に気を使っているように見えるが、事実こういう人は自分自身、自分の良心、他人の自分に関する批評などに関心をもっているのである(註78)」


 フロムはこの二つのナルシシズムに共通するのは外的世界に対する関心の欠如であるという。


 彼らは他人そのものには関心がないから、人に自分を認めさせる方法も分からない。


 そこで「良心、良心」と叫びながらうずくまって泣いているようなものである。泣いているのだから外界に関心がいくわけがない。


 私はこれらの人々は「良心主義者」であると思っている。「良心主義者」とは「国家主義者」から考えた言葉である。


 ナチスのような国家主義者は「国家、国家」「ゲルマン民族、ゲルマン民族」と叫びながら、実は国家のことなどなにも考えていないし、大切にもしていない。


 これらの人は国家を叫びながら心の中でボロボロと泣いている。良心や、正義や、国家を叫ばなければ寂しさが消えないのである。叫ばなければ虚無感が消えない。


 人が外の世界に目を向けられるのは心が満足している時である。心理的に成長した時である。自分が満足していれば自然と関心が外に行く。

「良心主義者」も「国家主義者」も孤独で欲求不満なのである。


 もちろんナルシシストには、これ以外にもたくさんの「主義者」がいる。例えば「教養主義者」である。



 ネガティブ・ナルシシズムといわれる心理はすでに説明した。ナルシシズムと正反対で、自分のものをすべて過小評価しがちな傾向である。


 例えば「私の作った料理だから美味しくない」というのがネガティブ・ナルシシズムである。


 まさに合理的な判断を歪めることは、ポジティブなナルシシズムと同じである。


 それは私のものであるということゆえに優れているというナルシシズムと同じコインの表と裏との関係である。


 私の作った食事であるがゆえに素晴しいというナルシシズムの裏側として、私の作った料理であるがゆえにダメであるというネガティブ・ナルシシズムがある。


 ナルシシストは過大評価と過小評価の矛盾を抱えたパーソナリティーである。


 私はこのネガティブ・ナルシシズムは自分を頼りなく感じる不安から生じるものだと思っている。自分を頼りなく感じる不安なナルシシストが陥る傾向の一つがネガティブ・ナルシシズムであろう。


 もちろん自分のものに執着しているというナルシシズムは同じである。ネガティブ・ナルシシズムは相手に対する迎合である。

●「密かに」称賛され続けることを望む


 ナルシシズムには二種類のナルシシズムがある。これは今まで説明してきた人たちばかりではなく、他の学者の主張にもある(註79)。


 ナルシシストは称賛を求める、褒められることを求める。しかもその特徴は「受け身的に」求めることである(註76)。


 これはフロムがいう謙遜の裏に傲慢があるということに通じる。あからさまに優越や才能を誇示しないが、気づかれないように密かに称賛を求めている。


 この種のナルシシストはもっとも質が悪い。あからさまのナルシシストのほうがまだ気分が良い。


 これを「隠されたナルシシズム」という。

「私なんか、私のような者が」と言いながらも、称賛を求めている。

「私のような者が」と言いながら、しっかりと高い立場を要求する。


 男性に対して「私のような者が」と言いながらも、隠れたるメッセージとして結婚を要求し、しっかりと結婚するような女性である。


 肉体的精神的ヒポコンドリー症に存在するナルシシズムは、見分けにくいが、虚栄心の強い人のナルシシズムも同じである。



 自分に対する称賛を求めるけれど、他者の意見に注意を払わない。そして軽蔑的な無関心を示す(註81)。


 無関心で「相手にしていない」と言うよりも、「私は、あなたのような人を相手にしないわ」という侮蔑的な態度の無関心である。


 ナルシシストは、批判に敏感ということはすでに何度も指摘している。

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