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それはデートでもトキメキでもセックスでもない 「ないこと」にされてきた「顔見知りによる強姦」の実態
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ルポ・エッセイ
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1994年版はしがき

『それはデートでもトキメキでもセックスでもない 「ないこと」にされてきた「顔見知りによる強姦」の実態』
[著]ロビン・ワーショウ [訳]山本真麻 [発行]イースト・プレス


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ロビン・ワーショウ



 本書の第2版が刊行されると聞き、すっきりとしない喜びの気持ちを抱いている。作家としては、言葉や意見が力を持ち、大切にされつづけていることは喜ばしい。同時に、このメッセージを必要とする存在が今も多いことに心が痛むのだ。


 本書の執筆は、顔見知りによるレイプの真実を伝えるというシンプルな考えから始まった。私の調査と執筆内容、数多くの女性の体験談、メアリー・P・コス博士による厳密な調査を通して、友人、恋人、教会の同輩、クラスメイト、元恋人などからのレイプ被害に遭った女性に私は伝えたかった。これまでに被害を告白したり話題にしたりしていなくても、最もよくある類のレイプ被害にあなたも遭ったと認識してほしい、と。初版に対する心のこもった手紙をたくさんいただき、この本は目的を達成できたのだとわかった。


 もうひとつ、性別やレイプ被害の有無、レイプ被害に苦しむ知り合いの有無に関係なく、すべての人にこれを知ってほしかった。レイプされた女性の大半が、加害者男性と顔見知りだったことを。


 大半が。レイプ。顔見知りの男性。


 本書執筆当時、この基本的な事実の一つひとつがどれほど猛烈な批判を受けるか、見当もつかなかった。顔見知りによるレイプの現実を認めたがらない男性も女性も存在して、いくつか共通点を持っていた。女性への強い疑いの目、共感する心の欠如、自分の思い込みに反する統計データへのすさまじい軽蔑心だ。レイプ、性、ジェンダーロールについて私や他の人が書いたり述べたりしたことをひどく誤って解釈して、公の場で持論を展開するレイプ否認論者もいる。いんちきな仮説に基づいた批判を口にしてつまらない思想のもとに戦いつづけている。ともあれ、とりあえず一定の支持と注目を集めてはいる。


 良い面を見ると、顔見知りによるレイプとデートレイプを巡る世間の議論の大半は、受容と関心をより広める結果に繋がった。公表された事例は全国的に話題や議論の的となった。最高裁判事候補クラレンス・トーマスの公聴会でのアニタ・ヒルの証言が、セクシュアルハラスメント関連の議論に火を付けたのが良い例だ。ヒル対トーマスの論争が世間の関心を集めた結果、より多くの女性が過去や現在のハラスメントを届け出るようになり、真実を語る決意の高まりと、報告する環境の改善が見て取れた。また、世間の認識が深まるにつれて顔見知りによるレイプの告発数は増え、事件の立件を買って出る検察官の数も増えている。


 それでもまだ、顔見知りによるレイプを訴える女性の話を疑ってかかる陪審員は一定数いる。罪を犯した男性を非難するのではなく、女性の言動や女性であること自体を批判する。顔見知りによるレイプにまつわる知識は増えても、いまだに世論は否定と非難というトーク番組お決まりの捉え方へと簡単に流されてしまう。何年経っても、この2つからは逃れられない。


 そして相も変わらず、顔見知りによるレイプは大学に限定された中流階級の問題と見なされている。この偏見が、異なる年齢層の女性や大学を出ていない女性、貧しい大学生、別の人種や民族出身の大学生のレイプ被害の軽視に繋がった。顔見知りによるレイプといえば大学生という一般的なイメージは、もはや拭い去れないのかもしれない。コミュニティに根ざした適切な調査が、キャンパス内で顔見知りによるレイプに遭う危険性は一般社会で遭う危険性ほど高くないと示していても、現代の調査の多くは大学生を対象としている。


 大学という温室に注目が集まった結果、学術団体はお得意の批判を集めやすい行動に出た。若者の間に蔓延する顔見知りによるレイプへの対処として、多くの大学が反レイプ教育プログラムを開設したのだ。多くの学生組織がこれを取り組みとして不十分だと感じ、大学側の動機に不信感を抱いている。おおっぴらな活動を行い、ときに騒ぎ立てながら、より良い取り組みをと訴えている。学生組織の予算が減額されると内輪もめが生じ、中心メンバーが活動できなくなり、学生たちの怒りは激化する。学生組織に属さない者は、大学はあまりにもレイプやその他ジェンダー関連の問題にばかり注意を向けていると憤慨する。大学経営の悪評高い自己犠牲ぶりが加速する。性行為や攻撃的な発言を抑制する規則を巡り、このような対立は数々の大学で今も見られている。


 最近の出来事を見ていると、一部の大学が世論を先導していたベトナム戦争時代を思い出す。若者はすべきことをした。権威を疑問視して異議を唱え、反撃にも遭った。両極端の過激な政治思想を持つ学生がいた。それでも大多数は、学ぶことを選び、耳を傾けて判断を下した。


 あの頃と同様、大学が国に教えを施している。今回の問題は顔見知りによるレイプだ。1992年の高等教育の再授権法のもと、連邦政府から補助金を受ける大学は性的暴行に関する方針の明文化が必須条件とされるようになった。これにはいくつかのメリットがある。制度化を伴って性暴力に反対することで、被害者には大学が被害者を支持する対応をとる(べきである)ことを伝え、加害者にはその行動が悪であり罰則に値することを伝えられる。学校に方針作成を求めることで、学校理事会や評議会が意図的に無視してきたかもしれない問題について考えさせる効果も望める。


 けれども多くの一般人は、ベトナム戦争のときとは違い、顔見知りによるレイプは大学の中のみの問題と思いがちだ。この軽視の姿勢こそが、レイプの存在自体を疑う風潮に繋がっている。近年話題となった3つの事件、ウィリアム・ケネディ・スミスとパトリシア・ボーマンの事例、マイク・タイソンとデジレ・ワシントンの事例、ニュージャージー州の知的障がい者の少女に集団暴行をはたらいた事例は、いずれも顔見知りによるレイプでありながらキャンパス外で発生したのだから、存在を疑うのはおかしな話だ。この3つの事件は、顔見知りによるレイプの現実認識に法廷でも一般人の意識においても影響を与えつづけるであろう問題点に光を当てた。


「私は青い染みなんかじゃない。人間です」パトリシア・ボーマンは1991年にテレビカメラの前でそう述べた。ウィリアム・ケネディ・スミスが犯したレイプ事件に無罪判決が下された数日後のことだ。裁判中謎の映像では、ボーマンの顔は染みのようなデジタル処理で覆い隠され、名前部分の音声はビーッという音で消された。顔と名前を自分の支配下に取り戻すためにボーマンは公衆の面前に出ることを選んだのだと、私は思う。


 スミスを相手取る訴訟は、裁判開始のずっと前からボーマンを裁く場にもなっていた。著名なケネディ家の一員であるスミスに対するボーマンの主張に、調査官はしつこく質問を重ねた。違法ドラッグの使用、ボーマンの精神状態、そして9年前にアレルギー専門医に料金を支払わなかった理由までを追及した。しかしこの徹底的な調査よりもはるかに酷かったのが、飢えたメディアが紙媒体と電子媒体の両方で行ったボーマン公開解剖だった。結局この事件の主役はケネディであり、嘆かわしいほど月並みな事件だったにもかかわらずメディアの騒ぎようは異常だった。たいていはスミスを、医学生でケネディ家の男らしさ(ご存じのはず)を継ぐプレイボーイの医学生だと書き立て、ボーマンの生い立ちを細部に至るまで極端かつ批判的に公表した。


 国民は、全国一、もしかすると世界一著名な新聞『ニューヨーク・タイムズ』紙から、ボーマンの両親の離婚、ボーマンが高校時代に「多少血気盛ん」だったこと、「職を転々と」したこと、そして実子の父親と婚姻関係にないことなど下世話な詳細を知るところとなった。極めて批判的なトーンで書かれた『タイムズ』紙の記事には、「フロリダ州レイプ事件で調査中の女性、一攫千金か」という見出しが付けられた。言いたいことは明白だ。労働階級出身の女性がレイプ被害でケネディ家男性を起訴する動機を疑っていた。


 さらに『タイムズ』紙は、性犯罪を申し立てる側の個人情報を保護する自社方針に反し、記事にボーマンの名前を掲載した。同紙は言い訳として、スキャンダルの掲載で有名なタブロイド新聞2紙がすでに実名を報じていたこと、NBCニュースが実名を公表していたことを挙げた。『サンフランシスコ・クロニクル』紙、『デモイン・レジスター』紙、ロイターのニュースサービスがこれに続いてボーマンの名前を報道し、他の新聞社はこの動きを批判した。


 こうして、スミス対ボーマンの戦いと同時進行で、レイプ被害者の実名報道に関する議論が国全体で巻き起こった。実名報道を支持する意見は、主に大手メディアによる利己的な主張だった。レイプ被害者の実名公表については以前から報道業界で議論されてはいたが、世間の注目の的となっていたこの事件でボーマンの実名を出すことが私利に繋がらなかったとしたら、『タイムズ』紙などがわざわざこのタイミングで方針変更をしたかどうか怪しいものだ。競争市場の圧力が真の動機だと認める代わりに、一部の編集者は、報道機関は知っている情報を発表すべきだと言い張った(おそらくそう信じている者もいた)。大変結構な意見だが、報道機関が情報を隠したままでいることも数え切れないほどあるではないか。一部の弁護士も、告発者が匿名でいるのはおかしいとしてレイプ申し立て者の実名公表を支持した。ごもっともではあるが、法廷が女性の個人情報を把握している時点ですでに匿名ではない。これは皮肉になるが、実名を公表されるかもしれないと思った被害者が不起訴を選ぶ事件がどれほど多くなるかも被告側弁護士なら予測できるはずだ。結局レイプは今も変わらず、被害者に深刻な社会的汚名を着せるものである。


 その後えせフェミニストの主張が登場し、実名公表は他の女性にレイプ告発の勇気を与えると、実名を出さない人の罪悪感を煽った。私が思うに、女性本人が望むのであれば表に出て名前を公表すべきだが、その判断は必ず女性本人が行うべきだ。執筆家キャサ・ポリットは申し立て者の同意なしに実名を公表すべきでない数多くの理由を、彼女らしい巧みで明瞭な文章にまとめあげた。1991年6月に『ネイション』誌に寄せたエッセイに「実名公表と、被害者をとがめる風潮とは、もはや切り離せない」と記している。


 1991年12月、スミスの裁判の日には200人を超える記者が記者室にひしめきあった。『ニューヨーク・タイムズ』紙は「編集者は女性のプライバシーを効果的に保護する意思だ」として再びボーマンの名の公表を差し控えはじめた。裁判はテレビ中継された。


 証言台でボーマンはこう証言した。スミスとはバーで出会い、上院議員エドワード・ケネディの甥とは気付かずにダンスをして、浜辺沿いのケネディ家まで車で送るよう頼まれ、ボーマンが応じた。2人は砂浜を歩き、キスをして、そこでスミスがボーマンに襲いかかってレイプした。ボーマンの答弁は途切れ途切れで一貫性に欠けていた。同様の状況でスミスに暴行を受けたことがあると主張する3人の女性が証人として発言するのを、判事は許可しなかった。


 次の週、スミスがこう証言した。ボーマンとダンスをし、キスをして、ボーマンの方から車で送ると申し出た。ボーマンが混乱して分別を失っているふりをしていると感じたが、構わず性行為をした。スミスが別の女性の名を呼ぶと、ボーマンが「キレて」スミスを叩いた。その後スミスは泳ぎに行き、数分後にボーマンと顔を合わせるとレイプだったと責め立てられた。ボーマンの身体に後から現れたあざについては原因が思い当たらない。


 陪審はわずか77分でスミスに無罪の評決を下した。ボーマン側にほかに信頼に値する証人がいなかったことと、身体的証拠が決定的とは言えないことが、ボーマンの主張に合理的な疑いを生んだと法律評論家が分析した。評決の8日後、パトリシア・ボーマンは正体を隠すことなく全国放送のテレビ番組に出演した。「私は人間です」パトリシアはそう言った。「恥じるようなことは何もしていません」。スミスがレイプをしたと再度主張し、起訴したことを悔いていないと述べ、こう続けた。法廷に立つことは「自分の尊厳を取り戻す手段でした。たくさんの人々が私を信じてくれました」。


 最後に付け加えた。「私は自分を信じています」。



 ウィリアム・ケネディ・スミスの事件が報道されてはいたが裁判開始前だった1991年7月、別の有名人男性がレイプの罪で告発を受けていた。20歳でヘビー級のチャンピオンに輝いたマイク・タイソンが、出会ったばかりの美人コンテスト出場者女性をレイプして起訴されたのだ。スミスとは異なり、タイソンは有罪となった。


 表面上は、この2人の被告は裕福な有名人である点を除いて共通点はないように見えた。タイソンはストリートチルドレンとして育ち、少年時代初期にはすでに熟練の強盗となっていた。ボクシングの実力を認められて有名トレーナーの家で鍛錬を積み、チャンピオンへの道を歩む。高校からは退校処分を受け、性的な面での素行の悪さなどから問題ばかり起こしていた。25歳で逮捕されたとき、タイソンの稼ぎは6000万ドルにのぼっていた。対照的にスミスは、富以上に権力を持つ名門家庭に生まれ、裕福で恵まれた子ども時代を過ごした。寄宿制私立学校、大学、医科大学と進学した。


 だが2人への申し立て内容は似通っていた。ボーマンとワシントンの証言から見るに、男性側は自分には性行為をする権利があり、相手女性の意思は大して重要ではなく抵抗も無視して良いと思い込んでいたふしがある。タイソンは、過去の暴力、圧倒的な力の強さ、自己弁護によって女性軽視の態度を育んできた、セックス依存症の危険人物として捉えられた。タイソンがアフリカ系アメリカ人(スミスは白人だった)であるがために陪審は有罪判決を出しやすかったのだと信じる人もいた。ただ裁判終了後に、2人の黒人陪審員のうち1人が「人種の問題ではありませんでした」とコメントしている。


 デジレ・ワシントンは18歳で大学1年生、ロードアイランド州出身で、ミス・ブラック・アメリカのコンテスト出場者として1991年にインディアナポリスを訪れた。ワシントンは他の出場者と一緒にタイソンと会い、カメラに向かってポーズをとってほしいと頼んだ。タイソンがワシントンをデートに誘い、ワシントンはホテルの部屋の電話番号を教えた。深夜0時を過ぎてタイソンは電話をかけ、自分のリムジンに乗らないかと誘った。


 タイソンはリムジンの中でワシントンにキスをしようとした。ワシントンがのけぞると、「真面目な子だな」と言ったそうだ。そしてタイソンは、ホテルの自分の部屋から電話をかけなくてはならないと言った。その部屋でタイソンはワシントンを掴みかかり、もみ合いになった末にレイプした。緊急治療室の医師は、ワシントンの傷はレイプ時のものとみて矛盾がないと指摘した。タイソンの運転手も、女性がタイソンの部屋を出たときひどく取り乱した様子だったと証言した。


 タイソンは罪を否定し、ワシントンも性行為に乗り気だったと述べた。被告側はワシントンは金銭目的だと主張した。タイソンが未熟で女好きであるという噂は有名だったのだから、デートの誘いに応じた時点で性行為に同意したも同然だと力説した。


 タイソンはレイプと逸脱行為の罪で有罪となった。その後ワシントンは顔写真と名前の公開に応じ、『ピープル』誌の表紙を飾った。1992年3月、懲役6年を科されたタイソンの服役が始まった。


 タイソンは有罪判決を不服として上告し、その後の顔見知りによるレイプの判決に影響を与えうる流れを生んだ。タイソンの弁護士でハーバード大学法学部教授のアラン・M・ダーショウィッツは合衆国最高裁にこの件の再審査を要求した。強姦被害者保護法、つまり州と連邦の法律が特定の状況を除いてレイプ原告者の性経歴を法廷で公表させないしくみに異議を示したのだ。ダーショウィッツをはじめ複数の人が、この法令は合衆国憲法修正第6条に反していると考えていた。修正第6条は、被告人は告発人に対して異議申し立てを行うことができ、完全な弁護体制を整えることができると定めるものだ(タイソンの最初の裁判での弁護団はワシントンの性経歴の証拠公表を希望していた。ワシントンは父親に叱られたくないがためにレイプされたことにした、またこの嘘は性行為中に思いついた、と主張するためだった)。


 強姦被害者保護法の制定以前は、性行為に同意した証拠として女性の性経歴が用いられるという女性にとって不利な決まりがあった。見知らぬ相手によるレイプ事件では正しい被告に罰が科されるかが争点となるが、顔見知りによるレイプやデートレイプでの基本的な争点はたいてい、性行為が同意のもとに行われたかどうかだ。法的保護なしでは、女性側の自衛の甘さを理由に屈服させられる可能性が高い。これが多くの女性と告発者に泣き寝入りを余儀なくさせてきた。


 強姦被害者保護法に反対する異議申し立ては、近年いくらか成功を見せている。1993年、タイソンが有罪判決を受けたインディアナ州法は、子どもへの性的暴行事件では違憲とされた(タイソンの事件とは何ら関係はない)。また、ミシガン州控訴裁判所は1991年、レイプ罪の原告女性が過去に別の男性に対して性行為を誘発するような言動を示していた場合、被告側はその証拠を公表できると州法で定められていると解釈した。


 最高裁はタイソンの事件の再審を受け付けなかった(本書執筆時点では下級裁判所がタイソンの別の上告申し立てを審議している)。とはいえ、強姦被害者保護法が連邦と州の裁判で今後も批判されつづけることは間違いない。



 州法の強姦被害者保護法の薄弱さは特に顔見知りによるレイプの事件に適用されて浮き彫りになると、1992年に全国の注目を集めたニュージャージー州の裁判が示している。核心にあるのは、1989年に起きたグレンリッジ郊外の閑静な街に住む十代の少年13人と、顔見知りの17歳の少女との間の出来事だ。少年らは少女に、一緒にメンバーの自宅地下室に来たらある少年とデートさせてやると約束した。地下室で少年らは少女に服を脱ぐよう指示し、自慰を促し、少年数人に対する口腔性交を求めた。少女は従った。その後、少年数人が少女の膣にほうきの柄、「Fungo」と呼ばれる細い野球のバット、棒を順に挿入し、見ている者は「もっと突っ込め!」と煽った。


 事件の中核にある事実を知ると、この一連の恐ろしい行為はいっそう許しがたいものとなる。少女は軽い知的障がい者でIQは64程度、社会生活機能は8歳程度だった。友達に頼まれたことには必ず応じる子だった。少年たちはそれを知っていた。精神的に不自由だったということは、単に十代の少年が妄想しがちな不健全なサディズム的性行為を、知り合いの従順な少女に実現したどころではない。これは立派な集団レイプである。


 ところが検察は難しい問題に直面する。顔見知りによるレイプの事件が裁判で有罪判決を得ることが増えてはおり、勝利の鍵は主に、女性が「ノー」と言ったら「ノー」(同意の意思はない)と陪審に納得させることにあった。たとえ相手男性が顔見知りで、女性が進んで相手の領域に向かったとしてもだ。だがグレンリッジの事件の起訴に際しては、この十代の少女は事実上「イエス」と言いはしたが、「イエス」(同意)の意思を込めることはできないため同意にはならないと証明しなければならなかった。傍聴人の多くは明らかに結果が出ている議論だと見たようだが、法廷で突きつけられた詳細は原告にあまりに不利なものだった。


 婦女暴行罪と共謀罪の裁判に、ケビン・シャーザー、カイル・シャーザー、クリストファー・アーチャー、ブライアン・グローバーが被告として出廷した。裁判開始当時、3名が21歳で1名が20歳だった。公判前に判事が、女性側の強姦被害者保護法は男性側の公正な裁判を受ける権利に道を譲るべきであると規定し、これが被告側を大きく後押しした。少女が性行為に同意できない旨を原告側が主張するには、少女の性経歴が重要となってくると判事は述べた。被告側が少女の過去の性活動を証拠に用いたかったのだ。


 冒頭陳述以降ずっと、被告側弁護士は少女を性に奔放な人物として表現した。自ら進んで性行為をして、経口避妊薬を服用し、性的接触を「切望」していた。弁護士は、少女が音楽の授業中にシャツをまくり上げていたこと、複数の運動部の生徒に言い寄って自分は性行為をするし楽しんでいると話したことを挙げた。出廷した心理学者は、これはむしろ少女の傷つきやすさの現れだと指摘した。


 少女は21歳になろうとしていたが、証言台で子どものような振る舞いと返答を見せた。検察官は、少女は性行為の「手順」は理解しているがそれへの同意が何を意味するかは理解していない、特に少女が少年たちをいまだに「友達みたいな人たち」と呼ぶところからも理解の欠如は明らかだ、と主張し少女の話しぶりがこれに説得力を加えた。なぜ少年たちにやめてと訴えなかったのかと検察官から問われた少女は「気を悪くしないでほしかったから」と答えた。


 陪審に良心の呵責はほぼなかった。少女が知能的に未熟であるとみなし、少年たちを最も重い罪に問うた。この事件では州法の強姦被害者保護法は踏みにじられたが、検察官により性的同意の定義に新たな余地が加わった。これはきっとこの先別の女性の役に立つはずだ。



 レイプ被害に遭った女性のほとんどは顔見知りに襲われた。女性が大学教育を受けていようと、美人コンテスト参加者だろうと、知的障がいを持つ社会的弱者だろうと、この真実は変わらない。この真実はとてつもなく恐ろしいことなのだろう。ほかに何の理由があって、一握りの中傷者がこの事実を否定し、それでいて世間からの熱烈な関心を得られているのだろうか。


 もしかすると私たちは、結局は大した前進はしていないのかもしれない。1991年に出版されたスーザン・ファルディの名著『バックラッシュ』(新潮社)には、1980年代に女性が勝ち取った勝利一つひとつに対し、決まってその効果を弱める反発が起きたことが書かれている。この「女性を敵とみなす宣戦布告なしの戦争」は、フェミニズムとは女性を不幸にし、経済的、社会的、法的、教育的、健康的、政治的な男女不平等の排除という面倒な仕事を切り捨てる思想だと非難した。女性が成功を収めると、バックラッシュ(否定的な反動)が裏で罰を与える。女性が声をあげると、バックラッシュが鼻であしらう。メディアはバックラッシュの声を世に拡散するが、それは視聴者の関心を得られるからに過ぎない。「バックラッシュの10年間は、女性進出を妨害する痛々しく長期的な運動を生み出した」とファルディは書いている。


 反発の動きはここ10年間も健在だ。バックラッシュとして持ち上げるレイプ否認論によれば、顔見知りによるレイプとデートレイプはほぼ発生していない。否認派の理論はこう続く。いかなる侮辱行為も性行為後の後悔もすべてレイプと呼び、暴行に数えるのは問題だ。女性が嘘をついているか、レイプの「新しい」定義が間違っている、と。さらには、顔見知りによるレイプの認知度向上に尽力する人を女性の敵、フェミニズムの敵と称する。性行為排除、恋愛排除、男性排除を狙っている、誇張したデータで女性を怖がらせて無力さを植え付けている、貞操帯の復活か少なくとも1950年代の再来を望んでいる、などと批判する。そして言わずもがな、私たちをヒステリー扱いする。


 レイプ否認派は常に私たち女性の中にもいて、大きな声をあげる。だから被害者は顔見知りによるレイプ被害を告白できず、人々の耳にも近年までほとんど入ることがなかった。本書出版以降も、レイプの現実を否定する声はあちらこちらから届いた。前の晩の性行為を後悔する女性の声を集めて嘘くさい記事を作るなんて、と雑誌編集者に言われたり、知り合いの男性にレイプされたと言う女性はたいてい嘘をついている、と飛行機で隣り合った退役軍人省の精神科医に自信満々に主張されたり。顔見知りによるレイプが本当に起きていること、それが見知らぬ相手からのレイプよりもずっと多いことを受け入れないことが、常に社会の標準だった。私たちが書籍の形で真実を突きつけることで、長く保たれてきたその思い込みをいくつも壊すことができた。


 レイプ否認論者からの非難の多くは、本書に統計学的な支援をしてくれたメアリー・P・コス博士と彼女の調査結果に向けられてきた。ツーソンにあるアリゾナ大学医学部Department of Family and Community Medicine(家庭・地域医療学科)の終身在職権を持つ教授であるコスは、アメリカ心理学会のViolence Against Women Taskforce(女性に対する暴力対策本部)の共同議長を務めている。世界銀行の女性の健康コンサルタントや、アメリカ上院司法委員会と上院退役軍人業務委員会の専門家証人を務めるなどして、その広範な研究と専門知識を高く評価されている。


 アメリカ国立精神衛生研究所から資金提供を受けた、顔見知りによるレイプに関するコスの研究によると、女子大学生の4人に1人がレイプまたはレイプ未遂の被害に遭っており(調査対象の女性3187人中15%がレイプ被害経験者)、レイプ被害経験者のうち84%が加害者と顔見知りだった(本文とあとがきでこの調査と結果についてより詳しく説明している)。この調査結果は論文審査を必須とする専門誌の精査を受け、公表する価値ありと幾度も判断されている。専門家の協議会、学術書、招待論文でも発表されてきた研究だ。


 大学キャンパスに関する研究を行う他の研究者も、コスが発表したレイプ経験率15%と近似する調査結果を得ている。最近行われた成人女性に関するコミュニティベースの調査では、コスのデータよりもさらに高いレイプ経験率が確認された。そのひとつが1992年にロサンゼルスで実施され、学術誌『Journal of Social Issue(社会問題ジャーナル)』で発表されたもので、白人女性の20%、アフリカ系アメリカ人女性の25%がレイプ被害を経験していた。


 執筆家ステファニー・ガットマンは、リバタリアン雑誌『リーズン』に掲載した記事の改作として、1990年に『プレイボーイ』誌にコスの研究への批判を寄せた。ガットマンはコスの研究に対し、基本的なレイプ否認論を次のように展開した。まず使用されているレイプの定義が広すぎる。ある設問の表現が、女性がアルコールやドラッグを摂取するのは男性から与えられるからだと決めつけている。そして女性が自分の体験をレイプと呼んでいなくても、その女性はレイプ被害者に数えられている(研究によると、レイプ被害に遭った女性のうち自分をレイプ被害者と認識しているのはわずか27%だった)。


 そこに、学術的な肩書きを武器にじきに後顔見知りによるレイプの否認派の後援育成役となるニール・ギルバート教授が登場する。1991年春、カリフォルニア大学バークレー校の社会福祉学教授だったギルバートは、社会政策誌『The Public Interest』にコスの調査結果への反論記事を寄せ、その中で「性的暴行という妄想病」が流行っていると表現した(『ロサンゼルス・タイムズ』紙の記事によると、ギルバートの意見に対抗するデモの準備に関わった学生の話では、ギルバートは講義で「本当のレイプとデートレイプを比較するのは、ガンと単なる風邪を比較するようなもの」と述べたらしい)。ギルバートは1991年6月の『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の社説面にもコスを批判する記事を寄せた。1993年6月にはもう一度その権威ある社説面にて、連邦法の女性に対する暴力法の発議を非難し、再びコスの研究結果を嘲笑した。顔見知りによるレイプの現実を否定する持論を繰り返し、そのようなレイプ事件は警察にほとんど届けられていないため存在するはずがないと主張した。さらに、レイプ被害者のうち42%が加害者と後日再び性行為をしたというデータを指し、これをレイプと捉える人がいるのだろうかと疑念を唱えた。


 レイプ否認論の出版物は、1993年のケイティー・ロイフの著書『The Morning After: Sex, Fear, and Feminism on Campus(後悔の朝:キャンパス内のセックス、恐怖、フェミニズム)』出版の頃にピークを迎えた。レイプを、ありがちな性行為後の後悔を告発したにすぎないものと表現した書名だ。若い女性でもある著者は、デートレイプなどは存在しない、なぜなら身の回りでそのような経験を聞いたことがないから、と高らかに宣言した。このお粗末な本はメディアからの好意的な注目を集めた。『ニューヨーク・タイムズ』紙は特に好意的だった。同紙の格式高いサンデーマガジンのカバーストーリーにロイフの著書を抜粋し(見出しは「レイプの嘘がフェミニズムを裏切る」)、同紙の日刊にはロイフを「勇敢」と評した高評価のレビューを掲載した。絶大な影響力を持つ日曜版書評コーナーの第一面批評欄は、「大胆な」本とさらなる賛辞を送った。


 ロイフはバックラッシュの波に乗り、フェミニストが女性を駄目にしていると主張した。レイプ否認派の独断的見解からくる信条を大げさに語り、自身の意見を少しだけ添えて。自分の人生と身体の主導権を常に保持する方法を教えることで女性を支援するというレイプの意識喚起教育を、女性が性的欲求を持たない弱くてもろい生き物というイメージを植え付ける教育だと解釈していた。顔見知りによるレイプが存在すると主張する人は、純潔喪失の神話を創り上げ、女性に性的受動性という型にはまった役割を押しつけているとロイフは強調した。


 本書とコスの調査結果もロイフの標的となった。あまりにぶっ飛んだ解釈だったので、私や本書に言及されているとは私も気付けなかったくらいだ。かつての大学が学生生活をどう管理していたかを解説した一節を引用して、ロイフは「社会的規制の厳しかった時代へのノスタルジア」と嘲笑的に述べている(私の両親が読んだらなんとも愉快だと思うだろう)。また、学校が「少なくとも男女別の寮に住む選択肢を学生に与える」という私の提案は、大学生活を全面的に「1950年代に押し戻そうとする」考えだと評していた。そして意図的な侮辱と思われるのが、知り合って間もない相手とのデートではレストランなど人目のある場所に行くよう私が助言した部分に対し、ロイフの祖母(ロイフの記述によれば、自分は「マニキュアやヘアサロン、明け方に行き場なくさまよう世界に暮ら」しながら、ロイフの母親に暗い夜道を避けろと言い聞かせた人)のようだと非難した点だ。


 ロイフは、レイプ被害者やカウンセラー、研究者と直接話して自身の考察を確かめることをほぼしていない。コスを非難するために、ギルバートの論をただ引用しただけだ。コスの論文や出版物を読んだ証拠も示さずに(コスと直接話したことすらない)、コスの研究結果を歪めて伝えた。女子大学生の4人に1人が14歳以降にレイプまたはレイプ未遂を経験しているというデータを、「性行為の4回に1回は意思に反するもの」というあまりにも馬鹿げた内容に変えてしまったのだ(これだと女性が行う性行為のうち25%がレイプとなる可能性があることを意味する!)。この読み間違いからもわかるとおり、ロイフは社会科学者でも研究員でもなく、執筆当時は英文科の学部生だった。にもかかわらず、ロイフの本を承認した発行者は、科学的な資料を評価するロイフの能力を疑いもしなかったようだ。


 顔見知りによるレイプの存在を否定する論には、単純に説得力がない。まず、コスの調査では「レイプ」という用語の定義を広く設定してはいない。意味の柔軟性も持たせていない。調査で挙げられた事件の一つひとつが、北アメリカで最も多くの法が定めるレイプの定義、「力、危害を加える脅迫、同意の意思を示す精神的・身体的な能力の欠如(酩酊状態を含む)を利用して行われた望まない挿入行為」に当てはまるかを判断した。一部の大げさな学生がレイプと呼びながらも実際レイプではない例があることを、コスも私も認識している。レイプへのより広い定義の適用を支持する資料も時折あるものの、体験について尋ねた今回の調査には採用していない。私たちも広義で捉えてはいない。性行為後の後悔はレイプではない。法が定めるレイプの定義には適合しない性的な侮辱行為も、レイプではない。


 レイプの法的定義には、アルコールやドラッグの影響で判断力を失った被害者に対する望まぬ挿入行為も含まれる。女性が性行為を拒否できないよう意図的にそれらを飲ませる男性もいるからだ。ロイフやその他レイプ否認派は、この事実を認めるということは、女性を自分の考えを持たず無抵抗で我が身を守れない子どもと見なすこと(まさにそれが一部男性の目的だ)、そして女性が自ら飲酒して酔い潰れ、レイプされた場合の事件の「共謀」性を認めないものと受け取ったようだ。レイプ否認派はこう豪語する。なぜ男性は飲酒時の行動に責任を負う必要があり、女性はそうではないのか。


 女性はときに意図的に酒類を「与えられる」と述べることは、女性は飲酒するしないを選択する能力を持たないという意味にはならない。アルコールに関する設問でも他の設問と同様、法の定義に従って暴行の内容を表現し、回答者が自分の経験を正確に回答できるようにした。ギルバートたちは、飲酒に関する設問によりコスの統計データは大きく水増しされていると言いたいようだが、それならばと仮にその設問を除いたところで、4人に1人のレイプ被害率が5人に1人に変わるだけだ。レイプの法的定義に沿った設問を除く必要はまったくもってないのだが。


 女性側の「共謀」に関して言えば、飲酒して酔っ払ったせいで吐いたり出勤できなくなったりするのは自己責任だ。しかし現代社会では、犯罪行為の責任はその罪を犯した者にある。酔っていたためにレイプ被害に遭っても「自業自得」ではないが、酔っていたために運転して他人を怪我させたり死なせたりした場合は有罪だ。同様に、酔ってレイプをした男性は他人に危害を加えた時点で法的に有罪であり、被害者が酔っていたとしてもそれは変わらない。


 女性が自分自身をレイプ被害者と呼ばなければ、どうやってレイプ被害者数を数えられるだろう。人は自分が被害を受けた犯罪について語るときに適切な法的用語を使わない傾向があると、刑事司法の専門家は認識している。しかし自分の体験に適した呼び名がわからないからといって、その事件がなかったことにはならない。コスの調査への回答者のうち、レイプの法的定義に該当する経験をした女性の90%が、自分に起きた出来事は次のいずれかに当てはまると考えていた。レイプされた、何かしらの犯罪ではあるがレイプと認定されるかわからない、性的暴行を受けたが犯罪とは知らなかった。被害を受けたとは感じていないと答えた女性はわずか10%だった。明らかに大多数が、その経験を表す正確な法律用語を知らなくとも、危害を加えられたと感じている。何を隠そう、本書のタイトル[原題は『I Never Called It Rape』]は私がインタビューした女性たちから幾度も聞いた言葉からとっている。何か酷いことが我が身に起きている認識はありながら、知り合いも同様の経験をしているのだからと、自分の経験をレイプとは呼ばなかったのだ。


 レイプ否認派は、レイプ被害を受けた女性がなぜ同じ相手と再び性行為に及ぶのかと疑問を呈していた。恋人にレイプされた女性の場合は、その後の性行為は同意の上で行われたかもしれない(私がインタビューをした中には、レイプ加害者と付き合った、または結婚した女性までいた。レイプの経験を「正当化」するために)。多くの女性が、自分の気持ちがはっきりとすれば状況は良くなるかもしれないと思い、自分を責める気持ちからレイプ犯と再び会っていた。さらに悪いことには、レイプ被害に遭った女性の38%が被害当時1417歳であり、多くにとってはレイプが初めての性行為となった。さらに経験の少なさが災いしてか、再度レイプされるケースが多かった。2度レイプされてやっと、ほとんどは相手男性と会うのをやめた。


 最も不快なロイフの主張のひとつに、顔見知りによるレイプとは「南部のお嬢様がブロンクスの配管工のせがれとデートする」ときに起きる階級間の「コミュニケーション不足」だ、というものがある。北部のお坊ちゃまが配管工の娘をレイプした場合も同じことであろうため、ここにロイフの階級への偏見が見てとれる。コミュニティベースの調査によると、貧しい家庭や労働階級の女性もその他の女性と変わらない頻度でレイプ被害に遭っている。


 さらに、知識は女性を制限するのではなく自由にするという私の意見を、ロイフは見逃している。顔見知りによるレイプの可能性を認識している女性は、危険な事態を回避したり、レイプに至る前に逃げ出したり、反抗したりできる可能性が高くなる。教育が無抵抗を助長しないのは明白だ。知り合って間もない相手とふたりきりになれと女性にリスクを負わせる内容でもない。知識で備えよという提案は、社会的規制の時代を復活させるのではなく、女性が男性と過ごす時間の主導権を対等に握る助けとなるものだ。相手男性がそのような対等な関係に関心がなかったとしても。


 コスや他の研究者による調査が露わにした件数と比較すると、顔見知りによるレイプがほとんど警察に通報されていないのは事実だ。知り合い同士の間で発生するレイプは広くイメージされるレイプよりもかなり多く発生していると法執行機関が推測するなか、犯罪専門家の認識では届け出られたレイプのうち顔見知りによるものは非常に少ない。レイプ否認派の理論が生き残っているかぎり、女性はレイプを告発しても疑われ嘲笑されるだろうと恐れるばかりで、結果届け出ない選択をしつづける。



 顔見知りによるレイプを話題にすることが、周囲の人間の楽しい気分を本当に台無しにしているのだろうか。私はそうは思わない。


 性行為は楽しむものだ。だからこそ、顔見知りによるレイプやデートレイプに傷つくのではないだろうか。本来ならリラックス感や快楽、見返りを求める気持ち、喜び、思いやりなどを生み出す2人だけの社会的で性的な世界に、暴力、接触の強要、個人の権利の否定を刻みつけるから。


 誰もがレイプのない世界を、知り合いとの間にレイプなど起こらない世界を望んでいる。それでも結局発生するレイプを終わらせるには、見て見ぬふりをすればいいのだろうか。顔見知りによるレイプについて教育するお堅い教育係となればいいのだろうか。危険について伝えることで女性に無抵抗さを植えつけているのだろうか。どれも違う。


 私たちは男性対女性の対立構造を作りたいのではない。真の平等と敬意の上に成り立つ善良なひとつのまとまりでありたい。けれどそこにたどり着くには、さらなる努力が必要だ。


 情報は女性に力を、男性に共感をもたらす。すでに手にしている人もいる。手にしたいと望む人もいる。残った層こそ、私たちが気にかけるべき相手である。


ロビン・ワーショウ 1994年5月

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