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フランスの天才学者が教える 脳の秘密
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生き方・教養
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第2部 脳を知る

『フランスの天才学者が教える 脳の秘密』
[著]イドリス・アベルカン [翻訳]広野和美 [発行]TAC出版


読了目安時間:1時間14分
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第1章 脳って何?





 心と体は互いにどのように影響し合っているのだろう? どのようにして、体は心を生み出しているのだろうか? 体は心のひとつの状態、そして心は体のひとつの状態なのだろうか?


 神経科学では意識と脳の関連性について議論されているが、今のところ心の状態は、神経に完全にはフィードバックされていないと考えられている。しかし、このことは証明されていないし、簡単に証明できるものでもない。


神経はコンピュータのようなもの?


■ 神経の回路


 ごく簡単にいうなら、神経とは低濃度のイオンを含む水溶液で満たされた、線維の塊だ。人間の脳はしばしばコンピュータにたとえられるが、情報伝達の仕組みは脳のほうがはるかに優れている。コンピュータの場合、すべての情報が0か1、つまり信号のあるなしに変換される。しかし人間の神経はそうではない。

“ファジィ理論”とは、アゼルバイジャンの数学者ロトフィ・ザデーの考案によるもので、0と1の間に連続性があるとする理論だが、人間の神経も元の電気信号の強さによって、あいまいに信号を伝えていく。つまり、現代のコンピュータ技術よりもはるかに変化に富んでいるのだ。


 ニューロンのシナプス前細胞は、カルシウムイオンが流入することで興奮性または抑制性のさまざまな神経伝達物質を吐き出し、シナプス後細胞もさまざまな受容体でそれらを受け取って細胞内にナトリウムイオンや塩化物イオンなどを流入させる。


 生命体はこうした非常に多様な信号を伝えることができる。つまり、神経が張りめぐらされた人体は、オンオフの切り替えしかない半導体よりも複雑で多様性に満ちているのだ。


■ オートポイエーシス的システム


 チリの生物学者ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラが提唱した“オートポイエーシス”は、生命システムを定義する概念だ。自分自身でつくった境界内で自らを生成するシステムは、すべてオートポイエーシス的といえる。たとえば生きた細胞の場合、細胞膜は、細胞の活動に必要なイオン濃度を維持するために新陳代謝をし、それによって、自ら新たに細胞膜の成分をつくっていく。


 星もまた、オートポイエーシス的といえるかもしれない。なぜなら、星は内部で核融合してエネルギーをつくり出し、境界があることによって存在しているからだ。生物が自己複製するように、星にも再生システムがある。超新星が爆発すると衝撃波が発生し、周囲の物質が圧縮されて別の星が誕生したりする。だからいつの日か、星は生きていると見なされるようになるかもしれない。


 たとえ星に認知能力があるとしても、人類が生存している間に観察することはできないだろう。私自身は、おそらく星にもコミュニケーション能力や認知能力があると思うが、その現象を調査するには現在の人間の科学のスパンは、あまりにも限られている。


■ ボリショイ・シミュレーション


 科学の進歩によって天体の現象が少しずつ明らかになってきたが、それでも宇宙という複雑な生命体の構造については、わずかな概念がもたらされたにすぎない。なぜなら、物体を手でつかんでもすべてを知ることはできないように、物体を私たちの科学で理解しようとしてもすべてがわかるわけではないからだ。ダークマター(未知の物質)やダークエネルギー(未知のエネルギー)の存在に基づいた、宇宙に関するシミュレーションも同様の問題を抱えている。これは、NASAのスーパーコンピュータ、プレアデスを使って実施されているもので“ボリショイ・シミュレーション”と呼ばれている。


 ボリショイ・シミュレーションは、とりわけ詳細な構造に至るまで宇宙を推測している点で、素晴らしい。特に銀河の分布について、これまで何度も予測されてきたような不確かなものとはかけ離れている。現在では、宇宙は生態系のように互いに交錯した複雑な階層をつくり、ラニアケア超銀河団のような星の超巨大な集まりを伴いながら、さらに大きな集団をなしていると予想されている。おそらく、脳の中に含まれるニューロンの数よりはるかに多い宇宙の星同士の優雅な関係が、いつか発見される日がくるだろう。


 星に認知能力があるかという質問は、認知の仕組みそのものを問いかけるものだ。しかし、このテーマはあまりに壮大だ。投げた石に向かって叫んでも、石の軌道が変わることはないが、走り去っていく人に向かって叫べば、その人の行動を変えることができる。それが認知されたことの証だ。だが認知の現象についても、まだ十分にはわかっていない。


 研究者や哲学者たちが認知を言葉で説明しようとした時代もあった。しかし、言葉は人間の知性の中に含まれるが、言葉の中に人間の知性が含まれるわけではない。常にこのような悲劇的な誤解によって、私たちは未知のものと既知のもの、習熟していないものとしているもの、創造者と被創造者との間に大きな違いはないと考えようとしている。同様の誤解が、哲学の分野でも長い間まかりとおってきた。その結果、理論的に厳密に類型化できない研究は哲学とはいえないという考えが生まれた。


 1893年、ドイツの哲学者で論理学者のゴットロープ・フレーゲは、数学は論理学に還元できるとして『算術の基本法則』第1巻を刊行したが、イギリスの同じく哲学者で論理学者のバートランド・ラッセルがその本の中に、“ラッセルのパラドックス”(“自分自身を含まない集合”のすべての集合は、自分自身を含むかについてのパラドックス)を発見した。ラッセルはこれを解消するために階型(かいけい)理論を考案し、対象を“型”の階層に分けることで、対象とその対象を含む全体、つまり中身と容器が混ざらないようにした。


 しかし、私たちの知性は自分が扱う対象を“型”の階層で分けたりしないものだ。たとえば、私たちが書く文章は当然のことながら雑多な構成をしている。同じ文章の中に、同じ次元で“私”と“私を含むあらゆる人々”を入れることができる。脳の機能とはそういうものだが、コンピュータの場合はそうはいかない。


認知は倹約家



 たとえばイタリアのローマについて考えてみよう。私たちはローマのありのままの姿、歴史や眺望、道路や住んでいる人々といったあらゆる情報を知っているわけではないため、表面的で主観的ないくつかの側面をかき集めることになる。こうしてできあがるのが、いわゆるステレオタイプだ。アメリカのジャーナリスト、ウォルター・リップマンが著書『世論』(岩波書店)で最初に用いた“ステレオタイプ”とは、私たちの習慣や好み、希望といったものがうまくあてはまるかたちで世界を表現したもののことをいう。


 ステレオタイプが存在するのは、アメリカの心理学者スーザン・フィスクとシェリー・テイラーの言葉を借りれば、人間の脳は最小限の知的作業ですまそうとする“認知的倹約家”だからだ。


 脳は近道や決まりきった考えのほうが好きで、安易さと真実のどちらかを選ばなければならないとすれば、たいていは安易さを選ぶ。脳はできるだけ少しの努力ですませたがるため、ほとんどの人は意識して考えたり、見たり、聞いたりする対象を広げようとはしない。これが人間の尽きることなき悪の根源だ。


脳はひとつの世界


■ 脳の経済


 私たちの脳を理解するために、脳をひとつの世界として考えてみよう。その小さな領域のひとつひとつは世界の国々の都市であり、ニューロンは住民ひとりひとりだ。ある住民がサービスを生み出して他の住民に渡し、譲り受けた住民はそれを加工したり改良したりする。いうなれば脳の活動は、ニューロンによる世界的なサービスの商取引だ。


 私たちの知的活動のために考案された機能は、グローバル化された経済の中で生まれる製品やサービスと同様にとても複雑だ。コンピュータの場合、設計やソフトウェアの開発はカリフォルニアで行われ、部品はタイや韓国や日本でつくられ、組み立ては中国で行われているとしても、もしドライブの製造場所がわからなければ、結局どこでつくられたということはできない。それに対し、脳の中でサービスを生んだり、組み立てたりしている主な工場は特定できる。


 現実世界において、ひとつの工場がさまざまな販路を持ち、別のいくつもの工場にサービスを提供しているように、脳の各領域もそれぞれひとつのサービスを担当し、いくつもの目的のためにサービスを提供している。


 たとえば読み書きの能力は、ホモ・サピエンス・サピエンス、つまり現生人類が生まれたばかりの時にはまだ脳に備わっていなかった。それは、複数のニューロンのサービスが組み合わされることで生み出された製品なのだ。このような工夫は今後も続くだろう。


■ ニューロンの“基礎製品”と“完成品”


 脳の各領域の基幹産業は変更することができない。プルキンエ細胞(運動や動作で中心的な役割を果たす小脳の、主要な神経細胞)のサービスは変えられないし、ミラーニューロン(他者の動きを見た際、自分も同じ動きをしているかのように反応する神経細胞)のサービスもやはり決まっている。しかし、意識に関する知的活動、たとえば思考や暗算、歌、読解、ゲームなどはすべて、脳のさまざまなサービスが組み合わされて提供されている。そのことをもっと自覚すれば、私たちは新しい認知回路をつくり出すことができるかもしれない。


 世界経済には、ミクロ経済(消費者または各世帯の経済活動)、メゾ経済(産業や地域の経済活動)、マクロ経済(国家または世界の経済活動)があるように、ニューロンにもミクロ経済(ひとつまたはいくつかのニューロンの活動)、メゾ経済(脳の各領域の活動)、マクロ経済(脳全体、意識の活動)があるといえる。


 ニューロンの活動を経済活動になぞらえるなら、脳の各領域で提供される基本的なサービスはニューロンの“基礎製品”であり、読解や思考のように、意識に関する組み合わされたサービスはニューロンの“完成品”ということができるだろう。


■ 脳の都市計画


 パリは、ジョルジュ・オスマンの都市改造計画によって整備された街並みが現在もほぼ残っていて、6階程度の高さの建物にはさまれた数本の大通りを中心に都市が構築されている。人間の大脳新皮質もちょうど6層になっているため、ここでは脳をパリのオフィスビルになぞらえて考えてみよう。


 このビルの各フロアにはそれぞれ弁護士事務所、クリニック、広告代理店、ベンチャー企業などが入っていて、オフィスでは多数の社員が働いている。そのなかのひとりが隣の席の同僚と交流し、互いに刺激し合ったり、いっしょに仕事をしたりする。また時には、別のフロアの人や世界の果ての人たちとも交流をしながら、同じことをしているかもしれない。


 実は私たちの脳もこのようなやり方をしている。共同で働く場合、近いニューロン同士のほうが交流しやすい。ただ人間と同じように、ニューロンも同僚とだけでなく遠方と交流することもある。


 都市に関していえば、世界経済において、たとえばイギリスのケンブリッジのような都市の役割や生産の多様性を正確に定義するのは難しい。ケンブリッジは確かに小都市だが、サービス部門では世界的に大きな影響力を持っているからだ。脳の特定の領域についても同じことがいえる。松果体は米粒ほどの大きさだが、その役割はきわめて重要で、松果体がなければ私たちは眠ることも夢を見ることもできないだろう。だが松果体の役割は、まだすべてが解明されたわけではない。


■ 大脳皮質の区分


 ドイツの神経科学者コルビニアン・ブロードマンは、神経細胞を染色して大脳皮質を細かく区分した。ブロードマンによれば、大脳皮質は52の領野に分けられる。たとえば7野は頭頂葉の体性感覚連合野にあたり、そこには自分と対象物との位置関係を定義するサービスに重要な役割を担うニューロンがある。ブロードマンの脳地図は一見複雑に見えるが、52の領野ということは地球上に存在する国の数よりずっと少ない。ユーラシア大陸だけでもブロードマンの領野のおよそ2倍の国がある。


 大脳皮質には、前頭葉と頭頂葉を分ける中心溝をはさんで、前頭葉側にブロードマン4野にあたる一次運動野、頭頂葉側にブロードマン3、1、2野にあたる一次体性感覚野がある。これらの領野については、地球の北半球から南半球へ各国の名前を挙げていくように、中心溝の上方から下方へ番号順にたどっていくことができる。


 そんな脳地図については、2016年に重大な進展があった。神経科学者マシュー・グラッサーらの国際研究チームが、アメリカ国立衛生研究所が主導するヒト・コネクトーム・プロジェクトで得られた210人の脳の画像データを用いて、新たな脳の地図を作成したのだ。それにより大脳皮質は、すでに知られていた83の領域に新たに発見された97の領域を加えた、180の領域に分けられることになった。グラッサーは“領域内は類似しているが隣とは異なる”という点を基準として、それぞれを分けたと述べている。


 新しい脳地図について、アメリカ国立精神衛生研究所のグレッグ・ファーバーは“1500年の世界地図はどんなだったか、1950年の世界地図はどんなものだかわかりますか? 解像度と質の点で、私たちは1500年から1950年に移行したのです”と絶妙な表現をした。この比喩は、実に的を射ている。というのも、確かに人間の脳は、しわくちゃの世界地図のようなものだからだ。今回の発見によって最新版の地図には、これまで知られていなかったたくさんの国が書き加えられた。

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